174:後の世に繋ぐ
戦地の近辺に作られていた集落にて存分に体を休めたアルヴィさん。
体調の全快を感じたのか、思い立ったが早々にあちらこちらを飛び回って様々な資材や書物などを集めまわった。
そして、彼女自ら工具類を手に取り、魔術を駆使しながら物凄い勢いで工作を開始する。
そういや魔導師ってのは『魔力を用いたあらゆる事柄』に精通した肩書だったっけ。
魔術の使用はもちろん、魔力を用いた格闘技・魔闘や、魔力を用いた加工技術・魔工もこなせる。
先程の戦いで魔術と魔闘を存分に振るっていたが、戦いが無い時は魔工をこなすんだな……。
驚くほどの手早さで台座を造り上げると、その上に五十センチはあろうかという大きな球体を置いた。
唐突に作られたそれは何かと問う人々にアルヴィさんは答える。これは結界を維持するための装置であると。
魔族を倒した直後に作った結界はあくまでもとっさのもの。完全なものに作り変える予定だった。
完全な結界。それは、認識を阻害する事でそこに結界がある事を分からなくさせるという特徴を持ったもの。
結界が目に見えていればそれを気にする者は必ず現れるし、いずれ好奇心からちょっかいを出し始める者も居るだろう。
故に、第三者にはそもそも結界の存在がある事を認識できないようにしてしまえば、余計な邪魔は入らなくなる。
もし結界に接近してもいつの間にか向きを反転させられるという幻術が施されているため、気が付けば引き返してしまっている。
仮に遠距離から攻撃を放たれたとしても、Uターンさせてそのまま相手に返す仕掛けを施しているという念の入れよう。
それはそれで噂になりそうなものだが、結界とは全く関係のない怪談のような話題として広がれば、結果として真実を隠蔽できる。
そんな結界を維持するための装置が、アルヴィさんが作った球体。力を蓄積し、結界のエネルギー源として用いる事が出来る。
言わば発動機の燃料タンクみたいなもの。エネルギーが切れそうになる度に補充をすれば、それこそ半永久的に維持する事も可能。
ただし、半ばで力を切らしてしまうと結界を一から再構築しないとならないため、持続が不可欠となる。
これまでは維持するために結界へ直接力を注がなければならなかった上、供給タイミングを計るため現場に留まる必要があった。
モンスターの出現もあるだろうし、不届き者が現れるかもしれない。しかも現場は荒れ地で戦いの跡地、決して環境も良い状態ではない。
しかし、この装置があれば集落に居ながらにして結界の維持が出来る上、周りへ注意を払う必要もなくなる。
『……と言う訳ですので、私はこの集落で結界を維持しつつ、根本的な解決を図るため穴を閉じる魔術の習得を目指そうと思います』
アルヴィさんが、装置珍しさに集まって来ていた人達に向けて言った。しかし――
『賢者様の弟子をこんな所に引き留めてなどおけませぬ……。貴方様は世界のために必要なお方。どうか、他に苦しむ者達をお助けください』
『幸い我らエルフ族には聖性を宿す資質を持つ者が多いですし、結界への力の供給は絶やさず続けていくと誓いましょう』
年季の入ったドワーフの男性が申し出、端正な顔立ちの男性エルフが胸に手を当てて誓いを立てる。
『集落の警備や物資調達は我々に任せろ。我らは共に戦場で戦った者同士、種族を超えた共同体だからな!』
『『『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』』』
獣人のリーダーらしき男の主張に、仲間達が雄叫びと共に答える。
同種族である獣人はもちろん、ドワーフやエルフ、その他少数種族も気持ちは同じだった。
『……わかりました。では、私は世界を巡る事にします。各地の人々を助けつつ、穴を閉じるための魔術の習得に励みます』
『空間魔術は魔術の中でも最高峰の難度と聞いております。幾星霜の年月が経とうとも、我らはいつまでもその時をお待ちしております』
集落の皆に送られ、アルヴィさんは飛び立つ。最後の最後、何度か背後を振り返りながら……。
・・・・・
――そこでアルヴィさんの記憶は途切れていた。
辺りを見回すとそこは変わらずエルフの集落の広場だった。俺は一体どれくらいトリップしていた?
「私は悲しいです。かつては種族の壁を越え、一体となって結界を維持していくと誓っていたのに、数百年後にはこんな事になっているなんて……」
アルヴィさんが嘆くと共に、閉じ込められたエルフ達の足元から水が沸き上がっていく。
まるで彼女の悲しみの強さを示すかのように、その水は容赦なくエルフ達の身体を巻き込み増え続ける。
(って、おいおい。ほとんど時間経過してないぞ。俺はほんの一瞬の間にあんな長い記憶を叩き込まれたって事か?)
さっき見たのはあくまでも彼女の記憶だからか、彼女が集落を発ってからの状況は全く分からない。
かつてはあれほど一致団結していた各種族達が別れ、そして敵対関係に……。いや、正確にはエルフの一方的な敵視だが。
アルヴィさんが悲しいと言ったのは、当時のエルフ達と今のエルフ達の落差を実際に見てしまったからだろう。
そんな事を考えている合間にも水位はさらに上昇し、ついには顔を覆い尽くす程になってしまった。
当然の事ながら息が出来ずに苦しむ事になるが、未だ身動き一つとる事が出来ないため、逃げる事もかなわない。
まさか、このまま全員溺死させてしまうつもりか……? 女王も黙って様子を見ているが……。
と、その時――。
ガラスが割れるような音と共に、一人のエルフを覆っていた囲いが砕かれ、中からどっと水が溢れ出た。
中から出てきたのは若い女性のエルフ……。びしょ濡れになった全身から水を滴らせ、荒い呼吸をしている。
エルフ達は等しく身動き一つとれないようにされていたんじゃなかったのか?
考えられる可能性としてはいくつかあるな。まずは、女王やアルヴィさんの術をも打ち破れる程の隠れた実力者。
もう一つは……そもそもエルフではなかったか。エルフにしか効かない縛りであるならば、他種族には何の問題も無い。
どちらにしろ、この人物が今回の件における大きなカギを握っていそうだな。一体、何者なんだ……?




