169:女王様がやってきた
「……と言う訳で、連れてきたよ」
再び転移で現れたリチェルカーレの横には、同じくらい小柄な少女が同伴していた。
サラサラフワフワの金髪を腰まで伸ばし、白を基調としたロングドレスを身に纏っている。
額にはティアラを輝かせており、明らかに高貴な身分と思われる者だ。
「あ、貴方様は……まさか……」
「知っているのかラウェン?」
我ながら、思わず食い気味に反応してしまった。世代だから仕方がない。
「し、知っているも何も、この方は……我らが国・イースラントの女王様ですよ!」
エルフの国はイースラントと言うのか。しかし、その語感は聞き覚えがあるな確か、アイスランドの正式名称がそういう呼び方だった気がする。
アイスランドと言えばエルフ信仰が根強い国で有名だ。その度合いは、工事を巡る裁判でエルフの存在を認め、中止の理由として挙げる程。
エルフに所縁のある地球の地名がこちらの世界でエルフの国の名として使われている……。もしかして、エルフの国の設立に異邦人が関わっている?
「お初にお目にかかる人も居るみたいだから挨拶させて頂くわ。イースラント女王、レジーナ・プエラ・アルフヘイムよ」
そして、俺の世界の神話におけるエルフの国名が女王の姓……か。色々と気になるところだな。
「そこの人間、わたくしを注視しているようだけど、そんなに珍しいかしら?」
「いや、あぁ……すいません。エルフは皆様美しいですが、さすが女王ともなると群を抜いておられるなと」
考え事をしていた言い訳の如く主張してしまったが、嘘は言っていない。
「ふふ。少なくとも美しさを称える心は本心ではあるようね。よろしい、飴玉を差し上げるわ」
女王が俺の元へと歩み寄ってきて、俺の手に飴玉を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
じっと俺を見つめてくる女王様。そ、そうか……飴玉の感想が欲しいのか。
包み紙を解いて口の中に放る。こいつぁ凄い。様々なフルーツの味を一つにまとめて凝縮したような。
濃厚でありながらもしつこくなく、さわやかな味わいが口の中に広がっていく……。
「こんな飴、初めて食しました。虜になりそうな、俺の世界では決して味わえなかった不思議な味です」
「それは何よりだわ。エルフの秘伝、ご堪能頂けたかしら」
口の中に残った飴を堪能していると、横からラウェンが俺の肩を指でつついてきた。
「リューイチさん、貴方……女王様から飴を頂けるなんて。な、なんと羨ましい……」
「ラウェンも欲しいならもらえばいいじゃないか」
「他種族の方からすれば気安く感じる事なのかもしれませんが、エルフにおいて女王様は絶対の存在。そのように気安くお声がけをするなどとても――」
彼女によると、女王が臣下及び国民のエルフ達に飴を渡すのは滅多にない事であるらしい。
そのため、エルフ達の間では女王から飴を賜るのは至上の名誉となっており、飴を頂くために人生を賭ける人も居るという。
当然の事ながら、ラウェンはまだ飴をもらった事がなく、飴がどのような味なのかすら知らないとの事だ。
「……ラウェン・ゼルフヴェルト」
「はっ、はひ!?」
俺と話している最中、いきなり女王から声をかけられ、文字通り飛び上がって驚くラウェン。
「事情は伺っているわ。貴方、一人で解決しようとギリギリまでこの事をアルヴィに伏せていたようね」
「も、申し訳ございません! す、全ては私の身勝手な――」
「わたくしは、全てのエルフを等しく愛しているわ。もちろん、それは貴方もよ」
その場でひざまずき、臣下としての礼を示すラウェンの手を引いてゆっくりと立ち上がらせる女王。
「もっと頼りなさい。愛する『娘』が困っているのであれば、わたくしは喜んで手を貸すわ」
「女王……様……。うっ、うぅっ……」
ラウェンの腰へと手を回し、優しく抱きしめる女王。今まで抑えていたであろうものが零れ落ちる。
しかし、女王の背が低いためか年下の子がラウェンに甘えているようにも見えてしまう。
「ところで、そちらの女性は……シルヴァリアスかしら?」
女王が次に目を向けたのはレミアだった。シルヴァリアス呼びという事は、冒険者時代に関わっていたという事か。
全国各地を飛び回って、時には国の依頼で加勢もしていたというし、エルフの国も例外ではなかったんだな。
「はい。さすがに女王の前では全て筒抜けですね……。今は本来の名であるレミアとして活動しています」
「当時は全身鎧を纏った上に体格を変化させて声まで変えて、何から何まで偽りだらけだったわね。何か心変わりでもあったのかしら?」
「えぇ。もしよろしければ、私の手を取って頂けますか?」
レミアはその場に膝を付き、右手を女王に向けて差し出す。女王はその右手を両手で包み込むようにして握る。
「……そう、それは何よりね。貴方は今の姿の方が輝いているわ」
「ありがとうございます。また旅の過程でイースラントを訪れた際にでも、改めてお話をさせて頂きます」
「その時を楽しみにしているわ。今度は素の姿のままで、貴方の話を肴にお茶をしましょう」
何となく察したぞ。俺に対する最初の反応といい、レミアが差し出した手を握った途端に全てを把握したようなこの感じ。
おそらくだが、女王は読心が出来る。離れていれば何となく感情を察する程度だが、直に触れていれば詳細を知る事が出来ると言った所か。
そんな推測をしていると、女王がこちらを見て軽く笑ったが……実は全て筒抜けというオチだったりはしないよな?
◆
「貴方が駆り出された事は聞いていたけど、わたくしに察知される事無く侵入して密かに連れ出すとか、よくもやってくれたものね」
「迷惑かけてごめんなさいね、レジーナ。私の立場だと、どうしても大姐には逆らう事が出来なくて……」
「貴方は気にしなくてもいいわ。わたくしも似たようなものよ。対等な友人であるつもりが、いつも引っ張られている気がするわ」
女王に対して友人のような口調で返すアルヴィ。しかし、レジーナはそれを咎めない。
アルヴィは里において特別な立ち位置にあるため、エルフの中において唯一女王とフレンドリーに話せる存在だった。
レジーナはリチェルカーレにも声をかけて、少し離れた位置に移動して三人、小声で話を始める。
「それにしても、随分と個性的なお仲間達を連れているのね。まさか、貴方が冒険者登録をして外を出歩くとは思わなかったわ。どういう風の吹き回し?」
「既に気付いていると思うが、彼は異邦人でね。故にアタシにとっての未知が多いんだ。それらを知るためには彼に同行するのが一番という訳さ」
「なるほど。貴方らしい理由ね。確かに彼は面白いわ。貴方を引っ張り出した事といい、あの子達といい、なかなかの合縁奇縁と言えるのではないかしら」
レジーナが順に竜一、レミア、エレナ、セリンへと目線を動かしていく。リチェルカーレとアルヴィもそれらを同じく目線で追う。
「正直、出来過ぎているとも言えるけどね。彼女達はその気になれば一人一人が時代の主役になれる程の逸材だ」
「時代の主役に……。あの子達は、大姐がそこまで言う程の子達なのですか……」
信じられないと言った顔で、アルヴィが言葉を返す。
初対面で良く知らない彼女にとっては、一行はあくまでも『まぁ常人よりは出来るレベル』程度にしか映っていない。
魔導師としての才能は伝説級であっても、レジーナのように特別な『観る力』は備わっていなかった。
「そんな存在が、揃いも揃って都合良くリューイチの所……いや、ツェントラールという国に集まっていたというのは、さすがに出来過ぎだろう」
「何事にも偶然というものは存在しないわ。つまり、現状は誰かに仕組まれていると言える。そして、そんな事が出来るのは……」
レジーナが部屋の天井を見上げる。だが、彼女が実際に見ているのはその先……天上である。
しかし、リチェルカーレはそっとその行為を止めさせる。意外な行動に、レジーナは思わず目を見開いた。
「じっくりと見ない方がいい。向こうからは十中八九見られているだろうし、あちらを意識し過ぎると干渉されかねない」
「あら、無類の怖いもの知らずだと思っていた貴方にも怖いと感じるものがあるのね……」
「上位存在は文字通りアタシ達とは存在そのものが違う。強いとか弱いとかそういう次元の話ではないんだ」
リチェルカーレが思い出すのは、かつて魔導研究室でミネルヴァから『天罰』を受けた時の事。
彼女は日頃、気心知れた仲間が相手の時は障壁を解いて、ささやかなちょっかいくらいは受け入れるようにしている。
敵の攻撃をことごとく防ぐ彼女が、仲間のゲンコツや揺さぶりでダメージを受けているのはそのためだ。
しかし、ミネルヴァと対峙していた時の彼女は、上位存在が相手という事もあって最大限に警戒し、もちろん障壁も展開していた。
にもかかわらず、それを無視して確実に痛打を与えてきた。それで悟った。この地に生きる生命である限り、彼女の絶対的な影響下なのだと。
彼女は自分達に対してあらゆる干渉を行う事が出来る。逆に自分達が彼女に対して干渉する事は、当人が意図せぬ限り不可能。
「キミとエルフ達の関係と言えば伝わるかい? 覆す事の出来ない絶対的なものがあるんだよ」
「……なるほど。この上なく分かりやすい例えだわ」




