167:エルフの里の集会
エルフ独立同盟が会議を行った翌日の事。ラウェンから唐突に『これから集会を開く』という告知がなされた。
次の集会を作戦の決行日にしようと考えていた彼らだったが、さすがに翌日開催は唐突過ぎる。
しかし、一刻も早い作戦完遂を願う彼らは、この唐突な集会の意味を深く考えないまま行動を開始してしまった。
「皆様、お集まり頂きましてありがとうございます。そして、定例から外れた集会の開催を申し訳なく思います」
広場の壇上でラウェンが挨拶する。いつもは彼女が一人で壇上に立ち、里の者達に話をするのがお約束だった。
だが、今回は様子が違っていた。普段は広々と開いている壇上に席が用意されており、幾人もの人物が腰を下ろしている。
ラウェンの向かって左側には、マントとフードで身を隠した人物が二人。一方の右側には、ラウェンが招いたという人間達が座っていた。
これが、この集会に顔を出していたエルフ達……特に、同盟所属のエルフ達に火を付ける事となった。
他種族を見下す彼らにとって、人間が自分達より高い場所――壇上に居るという時点で、既に侮辱以外の何物でもない。
ましてやエルフ達は立たされているのに、人間がまるで賓客の如く座らされているという事実に怒りを増す。
拳を握り込む同盟のエルフ達。今すぐにでも爆発させてやりたい気持ちを懸命に抑え込む。
仕掛けるタイミングは今ではないと己に言い聞かせ、その時が来るのを待つ。だが――
「その人間達は一体どういう事ですか!?」
一人の若い女性エルフが先走り、いの一番に怒りをまき散らす。
彼女もまた同盟の一員だった。しかし、この行動に顔をしかめたのは他ならぬ同盟の者達だ。
段取りが狂った。予定にない行為のせいで、この先事態がどう動くかが読めなくなった。
「あぁ、話を振って頂いて助かります。彼らは協力者です。今後、儀式は彼らの力を借りて継続する事とします」
ラウェンは女性の怒りを軽く流し、その言葉をきっかけとして話を進めていく。
だが、続けて出た言葉が女性エルフをさらに怒らせる事となる。
「人間達の力を借りる……? 古来より続く伝統の儀式に、不純物を取り込むおつもりですか!」
「俺達が協力してきたのは何だったんだ! それでいいなら最初からそうしろ!」
便乗して他のエルフ達も文句を言い始める。
「喜ばしい事ではありませんか。あれほど嫌がっていた魔力の供出を、もうしなくて済むのですよ?」
しかし、ラウェンはにこやかな笑みを崩す事無く言葉を続ける。
彼女は里の者達から、魔力を提供する代わりに他種族と敵対行為を取るように迫られていた。
今までは、彼らの言葉を呑まなければ必要な魔力を得る事すら出来なかったのだ。
「べ、別に嫌がってなど――」
「嫌がっていないとは言わせませんよ。ならば、あのような条件を課す必要などないはずです」
「ぐ……」
攻勢に出るラウェン。今の彼女には、絶対の勝利が約束されている。
今まで結界を維持するためやむなく下手に出ていたが、もはやその必要はなくなった。
「だ、だが儀式を他種族の力で汚す事は許されないのでは……」
「別に誰の力でも良いのではありませんか? 貴方達に言わせれば、所詮儀式は形だけのものですから。そこに意味などないと仰るのであれば、力の大元を問う事にも意味はないでしょう」
新たに抗議してきた男性エルフも黙らせる。
「皆様にお見せ致しましょう。エレナさん、お願いします」
「はい。では早速、アプリーレ!」
ラウェンに呼ばれたエレナが立ち上がり、早速アンティナートを起動。
一人の人間が生み出すとは思えないほどの凄まじい法力が彼女の目の前に凝縮していく。
法力が形となり、淡い緑色の球体が生み出され、徐々に肥大化する。
やがて広げた両手よりも大きくなった所で、一気に抑え込んでバレーボール程の大きさへと縮める。
先程の大きな球体より濃い、輝く緑の球体が出来上がった。メロンソーダを思わせる色合いだ。
余波が暴風となって吹き荒れ、エルフ達の中にはその場に立っていられず転倒してしまう者も居た。
「この力は、それこそ国一つが滅びの危機に瀕しても一瞬で立ち直る事ができる程の圧倒的なものです。これだけの力があれば、結界は何十年と持つ事でしょう」
ラウェンは、エレナが作り出した塊をうっとりと眺めている。
よくよく見れば、エルフ達までもがその圧倒的な法力の輝きに魅入っていた。
「しかもこの力は高位の神官によって生み出されたもの。私がわざわざ変換せずとも、最初から強い聖性を宿しています。使う事に何も問題はありませんね」
言葉を返すエルフは居なかった。しかし、集会はここで終わりではない。
「……それで、いつになったら事を起こすのですか? 先程からかなり挑発していたつもりですが」
ストレートに切り込むラウェン。そう、この集会は彼女が自身を狙う者達に事を起こさせるための舞台だ。
そこまで言われて、ようやく同盟のリーダーである中年の男が声を張り上げた。
「貴様! よくも我々をコケにしてくれたな! これだから本国の者は嫌いなのだ! 皆、かかれ!」
細身の剣を手に、前方へ突き出すようにして突撃の命令を発する男。
「今こそ我らの自由のために!」
「他種族との馴れ合いなどごめんだね!」
「今の今まで全く里に目を向けてくれなかったくせに!」
同盟の仲間達が、皆思い思いの不満を口にしながら壇上に居るラウェンに向けて突撃したり魔術を放とうとする。
『……止めなさい』
しかし、彼らの行動が実を結ぶ事はなかった。
「うぐっ……!?」
「な、なに……?」
「か、体が動かん……!」
壇上に居た身を隠していた二人組のうち、小柄な方がつぶやきと共に右手を正面にかざしていた。
同時に、フードの奥で赤く光る何か。最初は蛍の光の如き淡い輝きであったそれが、瞬く間にまばゆい光となって辺りを照らす。
光と共に発せられる衝撃波が集会場を駆け抜ける。そして、それがその者の顔を隠していたフードをめくりあげる……。
中から現れたのは、広場に集まる者達と同様に長耳を有するエルフの少女だった。
可愛らしさの中に美しさを兼ね備えたその容姿は、美しき者が多いとされるエルフの中でも一際に目を惹いた。
その顔立ちは幼げでありながら、凛とした顔つきが少女らしからぬ不思議な威厳を感じさせる。
森の中を抜ける風が腰まで伸びた金髪を揺らす度、その髪が如何に手入れの行き届いた美しいものかを感じさせる。
そんな髪を彩るのは煌びやかなティアラ。だが、ティアラよりも見た者の目を引くのは――少女の額に輝く赤い宝石の存在。
この赤い宝石こそが、会場をまばゆく照らし、衝撃を発した大元であった……。
「これより、この場はわたくしが取り仕切らせて頂くわ」




