166:エルフ独立同盟
「……さすがにそろそろ頃合いではないか?」
薄暗い部屋の中、中年を思わせるエルフの男が口を開いた。
「うむ。訳の分からぬ慣習に縛られていた我々が、いよいよ開放される時が来たのだ」
彼らの言う『慣習』とは、すなわち古の戦いにより汚染された大地を封じる結界の維持である。
幼き頃より話を聞いてきた彼らであったが、彼らは実際にその戦いを目にした訳でもなければ結界の実物を目にした訳でもない。
過去、幾人もの者達が結界の実在を確かめるために外へと赴いたが、誰一人としてそれを拝む事無く帰還してきた。
それは単に彼らが現地へたどり着く前にモンスターに敗走しただけの話であるが、当人達はプライドからか「成果は無かった」と誤魔化している。
同胞の話をあまり疑わない彼らは、そういった話を真に受け『結界』は既に風化した伝説のようなものだと解釈するようになっていった。
特に若者達は結界を維持する儀式に関しても単なる伝統行事程度にしか受け止めておらず、儀式を行う事自体を面倒に思う者も少なからず存在した。
「……若き者達よ。君達はどう思うかね?」
彼らと対面する位置に座る若いエルフ達に話が振られる。
「仰る通りです。我らは今と言う時代を生きているのです。いつまでも古き伝統に縛られ続ける謂れはありません」
「一体魔力を捧げてどうするってんだよ。良く分からねぇ事のために無駄に疲れたくはねぇな。面白ぇ訳でもねぇし、ウゼェだけだ」
女性のエルフが振られた話に肯定の意思を見せる。同時に、横に居た男エルフが口を開く。
まさに今時の若者なのか衣服を着崩しており、口調も非常に砕けたものだ。
「だいたい『多くの魔力が必要』ってんなら、何で俺達だけが割を食ってんだよ。人間や亜人達から絞れるだけ搾り取ればいいだろが」
「確かにな。手っ取り早く人間なり亜人なりを捕獲して来れば早かろう。あの魔導師は何故エルフのみにこだわるのか……」
口調の砕けたエルフに同調したのは、彼とは逆に衣服を丁寧に着こなし眼鏡も装着した知性的な男エルフ。
タイプは正反対だが、昔からよくウマが合い、行動を共にする事が多い二人だった。
「都合よく前々からちょくちょくと人間や獣人共が押しかけてきてるじゃねぇか。いつもあの魔導師が追い払っちまうけどよ」
「そうは言いますが、貴方達は我々の里にあのような野蛮な者達を招き入れたいですか? そもそも、里のエルフに協力させる対価としてあの魔導師に異種族に敵対するよう条件を出したのは我々ですよ」
新たな里の代表に他種族への敵対的な意思を表明させる。それは、代表に異種族達のヘイトを集めるためであった。
彼らの目的は、いわば『本国とのつながりを断つ』事であり、本国より来た者は排除する必要がある。
そのためにも、ラウェンを四面楚歌にしなければならない。他種族からは徹底的に敵として見られ、同胞の中からも良い目では見られない。
そんな状況下で考えを同じくする同胞達と一致団結してラウェンを討つ。そこまでしなければならないほどに本国の魔導師は強い。
「……む。そう言われると耳が痛いな。だが、招き入れるというよりは魔力源として捕えておく感じなのだが」
「どちらにしろ同じです。所詮あのような者達から絞り出される魔力など、我々の里を汚す不純物でしかありません」
若い男エルフ達は自分達の魔力を使うくらいならば他種族の魔力を使えばいいと主張する。
一方で女エルフは人間や亜人達を野蛮な存在と見ており、宿す魔力もまた不純物でしかないと主張する。
儀式を迷信だと思う若者達の間でも、異種族に対する見解には差異が生じていた。
「議論に熱が入ってきたようだが、一つ言っておこう。我々は上位存在に最も近い誇り高き種族。他種族と慣れ合う事などあってはならない」
「魔力云々の話もそうだ。我々が供出するか、異種族から搾り取るかの問題ではない。そもそも、この儀式自体を廃しようというのが我らの目的だ」
「現在に至るまで我らを辺境の者と見下してきた本国の者達。今更になって場を仕切るために人を寄越すなど……侮辱も甚だしい」
中年エルフ達が語るエルフの誇りとは、ラウェンが語った事とは真逆。他の種族を下に見て高圧的に振る舞うという、驕りでしかない。
古来より続く使命と儀式を軽視し、本国への逆恨みを募らせ、道を間違えようとしているエルフ達。彼らを止めるものは、今この場には存在しない。
「我らは今こそエルフとしての誇りを取り戻し、古い慣習を廃して本国から独立した第二の国を立ち上げる!」
「次だ。あの魔導師が次に集会をおこな――」
「た、大変です!」
扉がいきなり大きく開かれ、薄暗い部屋へと強い光が差し込む。
暗い状態に慣れていた会議参加者達は、その光に思わず目を閉じてしまう。
「ぐあっ!? な、なんだいきなり……会議中だぞ!」
「申し訳ありません! ですが、それどころではないのです!」
「まぁ待て。礼儀を失するほどの慌てようだ、余程の事があったのだろう」
その場に跪く若いエルフ。彼こそが、いきなり部屋へと駆け込んできた者だった。
彼にとって、目の前に居る中年のエルフ達は上司とも言える存在だった。
「魔導師を監視していた同胞がやられたとの事です。通信をやり取りしていた者からの報告です」
「なに? 監視していた者と言えば、あの魔導師にすら気付かれぬ隠密の使い手だぞ」
「同胞が残した最後の言葉によると何処からか飛んできた『果物ナイフ』が死因だったようです」
「果物ナイフ……?」
想像もしていなかった死因に、話を聞かされたエルフは思わず口を閉じてしまう。
遠方からの監視している者が倒される場合、大抵は魔術による長距離狙撃が一般的だからだ。
視認できないほどの超長距離からナイフを投擲されるなど、聞かされるまでは手段として浮かびすらしなかった。
「おそらく、魔導師の連れ込んだという人間達の仕業だろう」
「馬鹿な。人間共にそのような芸当が……」
「迎え撃った者達の話では、あの魔導師の魔術が一切通用しなかった者もいるそうだ。他に恐ろしく探知に秀でた者が居たのだろう」
「同胞達がそう言うのであれば、疑う余地は無いか。だが、この地方にそのような者達が居るなど聞いた事がない」
「業を煮やした異種族共が相当な金を積んで用意したに違いない。世界に目を向ければ、想像もつかぬ程の者達が存在する」
「むぅ。奴が里に人間共を招き入れたのは、正面から敵対するのは得策ではないと判断したという事か」
古からの慣習を廃し、本国から来たエルフを討ち取って本国との関わりを完全に絶ち、新たなエルフの国を興す。
そんな目的の下で動く彼ら――エルフ独立同盟の前に、人間が思わぬ形で障害となって立ち塞がる……。




