014:出立に向けて
「それでリューイチさん、パーティの名前はお決めになりました?」
「あぁ、俺としては『流離人』って名前にしようかと思ってるんだが」
「なるほど、やはり『さすらい』という呼称は人気がありますね~。つけたがる人が多いんですよ」
「……そういうものなのか?」
俺はル・マリオンにおける冒険者のパーティ事情など全く知らないので、良くわからない。
「リューイチのために説明しておくと、かつて『さすらいの風』という凄腕の冒険者パーティが存在したんだよ」
「たった五人の少数精鋭ながら、個人個人が上級魔族と渡り合えるほどの強さで、世界各地で国難に立ち向かった伝説のパーティです。ランクはもちろんSですが、Sの中でも特に群を抜いた存在でした」
なるほど。故に、それに肖ろうと『さすらい』という単語を使おうとする人が多い訳か……。俺の場合は偶然なんだがな。
二人して『存在した』とか『存在でした』という過去形で語られているから、今は存在しないパーティなのだろう。
「この支部から誕生した『さすらい』を冠するパーティだけでも『さすらいの太陽』『さすらいの牙』『SASURAI』などがありますからね……」
アイリさんが登録パーティのリストを見せてくれた。自分が言うのもアレだが、なかなかカッコつけた名前だな。
前二つのパーティは俺にとってはお馴染みの平仮名と漢字で見えていて、最後のはアルファベットで書かれているように見える。
あくまでも俺に分かりやすく変換されて見えているだけなんだろうが、実際の所はどういう形で表記されているんだろうな。
「他には前衛の戦士達が主軸の中堅パーティ『紅蓮』、後衛の女性達が多い初心者パーティ『コーラルフォレスト』、あのガランさんのパーティ『ダイナマイッツ』辺りが、最近うちで活躍している面々ですね」
ダイナマイッツ……なんかムキムキのオッサン達しか居なさそうなパーティ名だな。
創作物だと、絶対と言っていいほど一組はそういうむさいオッサン達のパーティが存在している気が。
「さて、余談はこのくらいにして『流離人』で登録しますが、宜しいですか?」
「お願いします」
横でリチェルカーレも一緒に頷いてくれた。
「では、こちらのカードをお受け取り下さい」
事前の説明で聞いていた通り、白色の金属板を手渡される。
ツェントラール首都スイフルのギルドで発行された事が記されており、後は名前とパーティ名が書かれている。
パーティ名は俺にはちゃんと漢字で表記されているように見えるが、やはり他の人から見た場合はこの世界の文字に見えるんだろうか。
他に描かれているのは冒険者ギルド協会のマークのみ。アイリさんに見せてもらった際も思ったが、実にシンプルなものだった。
「そう言えば、カードにはステータスやスキルとかは書かれていないんですか?」
「ステー……? なんですか、それ」
おや、異世界モノでは定番の要素を知らない? この世界にはそう言った概念が無いのだろうか。
自分の能力を数字で表したものや、自分の使える魔術や技術を記したものだと伝えても、アイリさんは首を傾げるばかりだ。
しかし、代わりにリチェルカーレがそれに反応してくれた。
「能力の数値化は数百年前に行われていた試みだね。アイリが知らないのも無理はないよ」
「そうなんですか……。一体、どういうものだったんです?」
「例えば、リューイチの体力を二十、力を十、防御力を五みたいな感じで表すんだ。最初は能力を視覚化出来て便利だと言われたんだが……」
「……だが? 何か問題でも発生したのか?」
「大問題だよ。何せ、能力の数値が全く以て意味をなさなくなってしまったんだからね」
曰く、体力が百ある者が攻撃力二十のナイフの一突きで殺された。
曰く、体力が残り一しかないのに数多の敵の猛攻に耐えて苦境を乗り切った。
曰く、防御力五十の者が攻撃力十の者による攻撃で致命傷を負った。
「人には、簡単には計りきれないような潜在能力や不確定要素がある。この数値はそこまでを拾いきれなかったんだ。そうなると、もうこの数値は信用できない」
向こうの世界でも散々議論されてきた『HP1って具体的にどういう状態?』や『攻撃力防御力ってなんなんだ?』的な問題が表面化したのか。
あぁいうのはゲーム上において状況を再現するために用いるからこそ意味をなすものであって、実際に用いようとすると破綻するもんな……。
「一応は当時存在した古代遺産『神のデータベース』による値の算出だったんだけどね。さすがに全能ではなかったようだ」
神のデータベースとは、文字通り神がこの世界に関するありとあらゆる記録を収めているデータベースの事であるらしい。
現在の世界の情報がリアルタイムに記録され続けており、生物の一個体、人間の個々人に至るまでありとあらゆる内容が記録されているという。
その個人の記録に能力が数値として書かれており、専用のプレートに記録を転写する事で能力の数値を知る事が出来たのだという。
「凄いものがあるんだな……。それは今どうなっているんだ?」
「何処かの博物館にでもあるんじゃないかな? 役立たず扱いされて御役御免だと聞いてるよ」
役立たず……だって? 世界に関するありとあらゆる記録を収めたデータベースなんだぞ。
使いようによっては非常に有用だし、悪用も出来てしまう。まさか当時の人達は能力の数値しか見ていなかったのか?
まぁ、世界が荒れる要因にしかならないから、変な部分に気付かなくて助かったとでも言うべきなのだろうが。
「ちなみに、レベルという概念は存在するのか? ある程度敵を倒したら能力が上がるってやつ」
「残念ながらそのような便利なシステムは無いねぇ。ただただ地道な修行の日々が能力を上げて行くのさ」
どうやらレベルの概念もないようだ。元々の世界と同じく、地道に頑張る事で色々鍛えられていくって事か……。
残念ながらそういう部分は本当にファンタジーらしい。まぁその辺は創作の産物だと割り切るしかないな。
「……とにかく、それ以降人の能力を数値でどうこうするのはナンセンスとされたのさ」
「リチェルカーレさん、凄いですけど……何故そんな事を知ってるんです?」
「アタシは世のありとあらゆる知識を探求するのが生き甲斐だからね。その辺の歴史もバッチリだよ」
魔術や能力に関しては、パーティ間における自己申告制にしたらしい。表面的に晒される事による駄目能力の差別や有用な能力の悪用を防ぐためだという。
それにより能力隠しや虚偽申告などの問題も産む事になってしまったが、前述の問題からの自衛でやっている人も居るため百パーセントの悪ではない。
しかし、その事が要因で被害――自身が隠している回復能力を用いれば目の前の命を救えるのにもかかわらず、隠す事を優先にして見殺しにしてしまったなど――を生み出してしまった場合には重い罰則が課される。
「解説ありがとうございました。ギルド職員なのに知識不足で申し訳ない限りで」
「あまり表沙汰にされていない事だから仕方ないさ。知っているのは各ギルドでもマスターくらいじゃないかな」
色々気になる部分はあるが、そろそろ本題を切り出さないといけないよな……。
俺は掲示板から剥がしてきた依頼書四枚をアイリさんに渡した。
【森での薬草採取 首都スイフル~イスナ村間の森 Eランク】
【瘴気に冒された犬『魔犬』の駆除(常時依頼) 首都スイフル~イスナ村間の街道 Eランク】
【近隣に現れる盗賊団の排除 イスナ村 Dランク】
【素材回収用 オーク一体の確保(死体の損壊が少ないほど報酬アップ) 首都スイフル近辺 Dランク】
「薬草採取やモンスター駆除はともかく、いきなり盗賊団排除って大丈……夫ですよね。リチェルカーレさんが居れば」
すんなり受諾された。普通だったら色々アドバイスやら、無謀な依頼に対しては苦言やらがあるらしい。
リチェルカーレのアレを見ているからか、何か言う事すら無駄なのだと悟ったのだろう。
「採取した薬草やモンスターの討伐を証明する部位は、定期便でここへ送付して頂くか、出先の支部へ提出してください。モンスターの死体を丸々送る場合は、専門業者を手配致します」
定期便というのは、街道を行き来している商人の馬車などだ。郵便物のように配送してもらう事が出来るらしい。
また首都スイフル以外にもギルドの支部が置かれている場所があり、そこへ納付する事でもいいらしい。ギルド内独自の流通ルートで依頼元の支部へ送られるのだとか。
さすがにモンスターの死体を丸々送るのは、通常の方法では無理があるようだ。人間大くらいまでなら何とかなりそうだが、巨大なやつとか困るもんな……。
「ちなみに常時依頼とは常に出されている依頼の事で、通常の依頼と異なり明確な達成基準はありません」
そりゃあそうか。この世界が在り続ける限り、モンスターの出現は永続的に続く事態だ。
明確な達成ともなれば、それこそこの世から完全に該当のモンスターを殲滅し尽くすしかない。
「道中で該当モンスターを見かけたら退治してくださればオーケーです。討伐証明部位を少し割高で買い取らせて頂くのを報酬とさせて頂きます」
割高と言っても、百ゲルトが百五ゲルトになるくらいの差との事。あくまでも『ついでにやる』程度の人が多く、必死こいて数を狩ろうと言う冒険者は少ないのだとか。
塵も積もれば山になるとは言うが、この世界の冒険者達はそういう地道な事よりも、一匹当たりの額が多く実入りの良いモンスターを狙う方向で頑張るらしい。
「あと、盗賊団に関しては方法が指定されていませんので、捕縛でも抹殺でもお好きなように。ただし、後者の場合は討伐証明をお忘れなく」
定期便で盗賊の討伐証明を配送する場合は、首を送るって事になるのか……?
ギルドへ持ち込むにしても、生首を持っていくというのは何だか物凄い抵抗感があるぞ。
「あー、先に言っておきますが、間違ってもギルドへ死体およびその一部を持ち込んだり送付したりしないでくださいね」
「……ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょう。こんな場所へ人の死体を持ち込むなんて」
……確かにそうか。感覚が麻痺していた。
「ギルドへ報告して頂ければ憲兵を派遣しますので、そこで確認をして頂きます。討伐証明というのは、殺害するにしてもちゃんと判別できる形で残してくださいねって事ですよ」
「おい、リチェルカーレ。さっき役人に引き渡すのは面倒だとか殺して首とかを持って行った方が早いとか言ってなかったか?」
「さ、さぁ。何の事かなー」
明後日の方向を向いて下手な口笛をピーピー吹いてるぞコイツ……。
「あと、死体を放置とかしないでくださいね。モンスターが寄ってきて食い漁り、周辺にまで足を延ばし始めて町や村に被害が出ますから」
「……おい」
再びリチェルカーレの方を向くが、彼女自身はそっぽ向いたままこちらを見ようともしない。
遺体はモンスターが処理してくれるとか言ってたが、思いっきり駄目じゃねーか。
「何が『ありとあらゆる知識を探求するのが生き甲斐』だ。ギルドの依頼に関するルールは知らなかったのかよ」
「し、仕方がないじゃないか。ここしばらくは王城に引きこもりっぱなしだったんだ。昨今の事情に関してはまだ把握出来てない部分もあるんだよ」
「ここしばらくって……どれくらいだ?」
「んー、ざっと八十年くらいかな。ここに拾われてからはずっとだね」
彼女の秘密を知っているためか、その年数自体には驚きはしなかった。先々代の王の頃から居て、現国王も赤ん坊の頃から見てきたらしいからそれくらいの年数は経っていても不思議じゃない。
ただ、その間一回も城を出てなかったという点に関しては呆れる。アイリさんが「王城の研究室に引きこもりっぱなし」とは言っていたが、筋金入りだったか。
「さ、さーて、手続きは済んだ事だし冒険の旅へ出発しようか!」
「あ、ちょっ……おい」
いきなり俺の手を取って走り出すリチェルカーレ。
何とかアイリさんに「失礼します」と礼だけは出来たが、いきなり過ぎるぞ。
……先程の失態を誤魔化したな、コイツ。
と、俺達がギルドを後にすると同時、すれ違うようにして駆け込んでいく冒険者の姿があった。
先程見たオーガの角のBランク冒険者だった気がしたが、まぁ特に縁がある相手でもないしスルーでいいだろう。




