162:焼け! 森
「えい」
軽く放られたファイヤーボール。しかし、それが木に触れる前に撃ち落とされる。
地面に突き刺さったのは水で器用に形作られた矢だった。森に潜むエルフが放ったのだろう。
「第二弾、いくよ」
今度は数十個のファイヤーボールが一気に生成され、再び森へと放たれる。
先程と同じ水の矢が沢山飛んでくるが、いくつか空振ったものもあったようで、若干数の着弾を許してしまう。
メラメラと燃え出す木。慌てて一人の男が木の中から飛び降りてきて、手から直接水を放出して消火する。
「き、貴様は馬鹿なのか!? 今までに幾人もの野蛮人共が来たが、さすがにこんないきなり火を放つ者など居なかったぞ!?」
半袖半ズボンの動きやすい服装をした金髪の男が木から下りてきた。耳が鋭く尖っており、エルフの特徴が見られる。
やはり男はイケメンだ。となると、女性達も美女美少女揃いに違いない。こちらの女性陣と比べてどうなのか気になるところだ。
「はいはい。ぼやいている間にもどんどん火の玉は増えるからね。頑張れ頑張れ」
リチェルカーレは男の言葉など知るかと言わんばかりに、容赦なく火の玉を生成していく。
既に数百個と言うレベルをとうに超えているが、彼女は生成を止めず、ますます数は増えていくばかり。
彼女の頭上に浮かぶ火の玉に向けて、森の中から多数の水の玉が打ち出されるが焼け石に水だ。
もはや水を矢に変えている余裕も無いのだろう。一手間を省く事で、その分多くの水の玉を作る方向に切り替えたか。
だが、リチェルカーレの圧倒的な生成速度には追いつかない。数十個の火の玉が消えたかと思うと、直後には数百個が生み出される。
唯一姿を現している男性エルフも次々と水の玉を生成して、火の玉の数を少しでも減らそうと撃ち続けるが、焼け石に水だ。
「全てを撃ち落とそうなどとは考えるな! ラウェン様が到着されるまでの間だけでも耐え凌ぐのだ!」
どうやら、ラウェンなる者が彼らのボスらしい。これだけ騒ぎになれば、さすがにボス自ら出て来るって事か……。
しかし、大声でボスがやってくるまでの時間稼ぎをしていると宣言するのはどうなんだろうか。
「おや。どうやら待つまでも無くご到着のようだね」
リチェルカーレが空を指し示す。直後、森の上に巨大な竜が召喚される。全身が水で形成された蛇状の姿……まさか、あれも魔術か?
俺達を魔術障壁が包み込むのとタイミングを同じくして、水の竜が威嚇とばかりに雄叫びをあげ、敵を食らいつくさんと一気に下降してくる。
圧倒的な量の水に呑み込まれる俺達。災害とはまさにこんな感じなのだろうか。障壁が無ければ成す術もなく死んでいた気がする。
◆
「これは一体何事ですか!? 衛兵が大慌てで駆け込んできましたが……」
「ラウェン様!」
男性エルフの横に降り立つ女性エルフ。華美なローブに包まれた姿が男と比べて高貴さを感じさせる。
右手には大きな木の枝をそのまま利用したかのような自然味あふれた杖が握られており、先端に緑の宝玉が光っていた。
腰の辺りまで伸びた金色の髪がサラサラと風になびき、彼女の周りには男性エルフを魅了する良い香りが漂う。
「彼らですか。愚かにも我らが森に火を放ったという人間達は……」
「は、はい。森へ侵入するでもなく、我らと交渉するでもなく、いきなりでした」
「……前々から目障りでしたが、ついに手段を選ばなくなりましたか」
ラウェンが部下達をその場に置き、侵入者達のもとへと歩み寄っていく。
(我が魔術の前では無力とはいえ、近場にあれだけの炎を生み出す魔導師は居なかったはず。他所から来た冒険者でしょうか?)
上空に展開されていた炎を一気に消すため、水を竜と化して放つ魔術で先制した。
しかし、彼女は見ていた。相手がこちらの攻撃を認識し、魔術障壁を展開するその瞬間を。
目論見通り炎を消し、そのまま人間達を一掃しようと魔術を叩き付けたが……。
(……やはり、この程度では動じませんか)
叩き付けた水によって荒れた草原の中心部。侵入者達は無傷のままその場に立っていた。
◆
俺達の周りの地面が大きく荒れている。あれだけの勢いで水が叩き付けられたのだから当然ではあるが。
森を大切にするというエルフも、草原に関してはどうでも良いのだろうか……?
気が付けば、それをしでかしたであろう女性のエルフが俺達の方に向って歩いてきている。
「人間達よ。エルフの森に向けて火を放つ……それがどういう意味か、ご存じですか?」
エルフは美しいと言われていたが、本当に美しいな。そんな美しい顔に静かな怒りを滲ませ、彼女が問うてくる。
既に杖を構えて魔力を練り始めているあたり、どう答えようとも振り上げた手を下ろす気はなさそうだが……。
「我々にとって森は……そして木々は聖域に等しい。エルフにとっては、己が身を汚されたかの如く許しがたき事です」
「へぇ、だったらどうするんだい? 炎を放って森を燃やそうとしたこのアタシを殺すかい?」
挑発的な言葉を返すリチェルカーレ。いつも通り偽悪的な振る舞いをするが、どうやら冗談が通じなかったらしい。
リチェルカーレが炎上した。挑発的な言葉に怒りを買ったという意味に加えて、物理的に炎に包まれるという二重の意味での炎上だ。
「そう言えば、数本ばかり焼かれた木がありましたね。彼らと同じ末路をたどりなさい……」
地面から間欠泉の如く吹き上がる炎の柱。俺を含む他の者達を器用に避け、ただ一人のみを確実に包み込んだ。
皆が心配そうに声を上げて彼女の名前を口にするが、俺はコンクレンツで見て知っている。リチェルカーレに魔術は効かない。
「なかなかに練られた魔術だね。けど、この程度じゃアタシには届かない」
案の定、彼女は炎の中でも余裕だった。まるで周りを包んでいる炎が存在していないかのような振る舞い。
「そんな!? 魔術障壁も展開せず、炎の中で平然としているだなんて……」
「エルフだったら良く見れば分かるんじゃないかい? 今のアタシがどうなっているか」
「良く見れば……。う、嘘! そんな、そんな……。それは、その術は……」
何を見たのか、ラウェンが驚愕に顔を歪ませる。
「……師匠の秘術、コンヴェルシオン! どうして!?」
「師匠の? なるほど、キミの言う師匠に目星がついたよ。キミはアルヴィ……あの子の弟子だね?」
「し、師匠をそのように呼ぶとは何と無礼な! あの方は王族の方々にも劣らない、エルフにおける至宝です。侮辱は許しませんよ!」
驚愕から一転、再び怒りの表情へと変わる。目の前の脅威が、師匠への侮辱で上書きされたようだ。
「リチェルカーレはあの人の師匠とやらを知っているのか?」
「あぁ、キミは異邦人だから知らないだろうが、人間達の間でも伝説として名が伝わっている程の存在だよ」
「当然でしょう。師匠は賢者ローゼステリアとその弟子達の中で、今もなお存命の存在。生きる伝説と言っても過言ではありません」
ドヤ顔で語るラウェン。そこまで聞いて思い当たったのか、レミアが心当たりを口にした。
「……まさか、『魔導を極めし者』アルヴィース・グリームニル様の事ですか?」




