160:交渉成立
「――! こ、これは……っ」
手渡された包みの中に入っていた人間の首を見た最長老は絶句する。
「当然ながら、貴方様なら……いえ、この場に居る皆様方であれば、この者が何者かお判りでしょう」
何事かと他の者達も席を立って包みの中身を見に来るが、一様に『それ』を見ては険しい顔となり席へと戻っていった。
さすがに場数を踏んでいる者達だけあってか、このようなものを見ても無様に吐き散らかすような者は存在しない。
「ま、まさか。カーティル……なのか?」
「馬鹿な! 奴はこの国最強の暗殺者にして切り札だ! こんな末路があってたまるか!」
顔が原形を留めていたためか、すぐに誰なのかが特定される。
「そう、最強の暗殺者にして切り札。暗殺者養成組織の長でもあるカーティル、その人です」
彼女はあえてすぐ特定させるため、わざと分かりやすい形で土産を用意したのだ。
「い、一体どうやって……」
と、一人が疑問を口にした途端、メイド長が空間に溶け込むようにしてその姿を消す。
直後、その者の背後に現れたかと思うと首の左右から巨大な刃で挟み込み、薄皮一枚切れるかの所で寸止めする。
「このような感じでしょうか。あと少し力を込めれば、同じようになりますが」
メイド長の右腕には異様に巨大な刃が装着されていた。二枚の刃が開閉する仕組みの大鋏だ。
数多ある武器の中でも独特で使いづらいとされている武器の一つで、実戦における使用者を見かける事は滅多にない代物だ。
しかし、人間はおろかモンスターの肉体さえ容易く切断できるその切れ味は、一部マニア達から恐れられている。
「わ、わかった! こうして彼の首がここにある以上……起こった事は認めなければなるまい」
最長老は自分達が誇る実力者があっさりと倒されてしまった事を受け入れた。
目の前の女ならばそれが出来る……。追う事すら出来なかったその動きを見て痛感する。
「……目的は何かね?」
「一つは、身内に手を出された事に関する制裁です。暗殺組織を抜け、私の下に来た子を狙う者が居ましたので」
暗殺組織から強引に人員を拉致しておきながら、実に面の皮が厚い物言いである。
しかし、そんな実態を長老会議の皆々が知る由もなく……。
「正直、この程度の練度で『最強の暗殺者』とか『切り札』などと呼称するのは止めた方が宜しいかと思いますよ。世に出すのは恥ずかしいレベルです」
「カーティルが、世に出すのが恥ずかしいレベル……?」
自分達の抱える『最強の暗殺者』がそう言われてしまって、一同が信じられない顔をする。
「私のような一介のメイドにやられるようではお話になりませんね。いっその事、メイドでも養成したら如何でしょうか?」
常識外れのメイドがそのような事をのたまうが、彼女以外のメイドを知らない一同は言葉を鵜呑みにしてしまう。
メイドは暗殺者をも凌ぐほど凄まじい存在――そのような認識を抱かせ、しまいには「時代はメイドだ」と言い出す者も現れる。
急遽各地へと使者が飛ばされ、早急なる『メイド養成学校』の設立が通達される事となった……。
「……もう一つの目的は、この国のツェントラールへの併合です」
「随分とストレートに来たものだ。戦争でもする気かね?」
「戦争……ですか。そもそも、あなた方に戦争が出来るのですか?」
今まで散々肥沃な土地を渇望してきたにもかかわらず、他国へ大規模な軍隊を送り込んだ事はないファーミン。
そもそも多種多様な民族種族が混在する国で、上手く統制が取れない。その上、軍を形成できるほどの人数を用意出来ない。
だからこそ少数精鋭に絞り、最終的に暗殺者養成組織が生まれ、搦め手で他国を攻めるようになったのだ。
「あなた方は国を形成してこそいますが、その実態は多種多様な少数集団の集まり。一人の下に統治されてはおりません」
「それは我々が集い、国を形成するにあたって最も重視している点だ。我々は一つ屋根の下に集ってはいるが、自分達の民族・種族を捨ててまで一つにまとまる気は毛頭ない」
「そう、あなた方はあくまでも自分達の『民族』『種族』を重視する。一人の統治者に仕切られる事で、それらの括りが破壊される事を最も恐れている」
どんな世界においても、いつの時代においても、侵略者によって文化を塗り替えられ、個性を奪われてしまった少数民族は存在する。
侵略者に殺害されなかったとしても、会話に自身らの言語を用いる事すら許されず、侵略者に合わせた生活様式を強いられる。
それはもはや生きているとは言えないのではないか――己が出自に誇りを持つ者達の中には、そう考えて自害してしまう者も少なくなかった。
「……むぅ」
人間も獣人もドワーフも、一様に沈黙する。皆、自身の出自を誇りに思っている者達ばかりだった。
「ご安心ください。私の提案は、あくまでも所属する国をツェントラールに挿げ替えるだけです。この地はファーミン領として、今まで通り活動してください。細部にまで統治の影響は及びません」
「美味い話には裏があると聞くが、我々にとってのメリットとデメリットを聞かせてもらおうか……」
さすがにすぐに頷いてしまうような馬鹿はこの場にはいなかった。
「メリットとしては、既に我が国の一部となったコンクレンツ、エリーティ、ダーテの力を借りられる事です」
「諜報から話は聞いていたが、よくも短期間でそのような事を成し遂げたものだ」
「今のままですと、他国同士と言う事で様々なしがらみがあり協力する事が難しいですが、自国の一部となれば惜しまず力添え出来ます」
テント内にざわめきが広がる。ファーミン国内は、他国への侵略を試みなければならない程に窮している。
周りの裕福かつ良き環境を有する国々が援助を惜しまないとなれば、国土の回復も夢ではない。
だが、それによって自分達の生きる世界が塗り替えられてしまうのではないかという恐れが消えなかった。
「協力するとは言っても、あくまでもバックアップです。あなた方が主導で動けば、生活のありようも大きく変わる事はないでしょう」
他所の介入によって国が塗り替えられるのは、何もかもを他所任せでやらせてしまうからだ。
介入者が友好国であるならば、自分達が活動を先導し、言葉通り『力を借りるだけ』にとどめておけばいい。
「デメリットとしましては、国の有事に際しては出動してもらう事となります。周りがファーミンの環境再生に協力するように、あなた方にも何かしらの協力をお願いします」
「うーむ……。話を聞く限りでは何も問題はないように感じる。正直、私個人としては同意しても良いと思うが……」
先程とは空気が変わり、全体的に同調するような雰囲気が広がっている。
自分達の存在が守られるのであれば、環境改善に繋がる決断には前向きになれるのだろう。
「しかし、まずは目先の大きな問題を片づけなければならんのだ……。それさえ片付けば、我々は案に従おう」
「わかりました。では、その件について伺いましょう」




