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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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159:長老会議

 ファーミン国内の大半を占める広大な砂漠に点在するオアシス。

 その中の一つ――ヒワールというオアシスには、何十人もの人間が入る事の出来る大きなテントがある。

 今、この場では会議が行われており、そこには各部族、各種族の長達が集っていた……。


 ――この集いこそ、『長老会議』と呼ばれるファーミンにおける最高意思決定機関であった。



「やはり、現時点で最も大きな問題と言えるのは砂漠の瘴気の件だろう……」

「うむ。古の大戦による戦禍だな。途方もない年月を経たのにもかかわらず未だ収まるどころか規模を増していると言うではないか」

「当時よりエルフの魔導師達が瘴気を封じ込める結界を維持し続けてくれているようですが、残念ながら現在の者達は当時の者達と比べて力が弱いのでしょう」

「はっ。結界の維持すらロクに出来んとは、昨今のエルフ共は本当に情けない。今もそうだ。他の異種族達が参加する中、奴らだけは顔も出さぬ」


 エルフに対する悪態をついた中年男性が、呆れた顔をして周りを見回す。

 広いテントの中、円陣を組むようにして直座りしている性別も種族もバラバラな数十人の姿が伺える。

 一番割合が多いのは人間であるが、その中でも肌の色や衣装の違いなどで個性が表れている。


「エルフ共は元々から排他的でプライドが高い奴らだったが、近年になって新たに赴任してきた魔導師の長がタチ悪ぃんだ。何でも『伝説の魔導師』だかの弟子とかで、一際高慢ちきでな……」

「我が一族の使者達が、結界維持の現状を伺おうと赴いただけで『汚らわしい獣人共が神聖なるエルフの森に近寄るな』と、攻撃を受け撤退してきた。以前は、会談の席くらいは用意されたものであったが」

「その魔導師の長の方針らしいな。俺達ドワーフの扱いも似たようなもんだ。元々ウマが合わなかったのは確かだが、緊急時くらい協力し合う程度にはこじれていなかったハズだ」


 周りの者達と比べて小柄な――それでいて、顔の彫りの深いドワーフの男性が苦い顔をすると、隣の者がそれに同調する。

 犬の顔をしているが、顔から下は他の人間と同じような構造の獣人だ。ただ、衣類から露出している手は体毛に覆われており、きちんと尾も生えている。

 その横には、一見すると人間だがよく見ると頭に犬の耳が映えた男性が座っている。彼らもまた獣人であるが、人間色の方が強いタイプだった。


「彼らは協力に不満気ではあったものの、露骨に排除するような真似はしなかった。新たな魔導師の長は本場のエルフの森から派遣された者と聞くし、この地に在住するエルフよりも遥かに選民思想が強いのだろう」

「同族のエルフ達に対してさえ、自分が伝説の魔導師の弟子である事や、本場生まれである事をマウンティングしているらしいじゃないか。王族のハイエルフでも無いくせに……」


 亜人の彼らは一様にエルフに対して不快な感情を示していた。特にドワーフとエルフは性質が正反対故に、古来より互いを嫌い合っている傾向が強い。

 獣人達は元々エルフ達に対して思う所は無かったものの、一方的にエルフ達から『獣臭い』と汚いものを見るような目で見られた事で反感を抱くようになった。

 他にその場に複数居た亜人の者達も、彼らの主張に強く頷いている。多種多様な種族が共存する国において、エルフは若干浮き気味であった。


「とりあえずは再び調査隊を派遣し、瘴気の状況に悪化が見られれば強引にでもエルフ達の所へ乗り込むしかあるまい。瘴気の拡散は奴らにとっても危機であるはずだ。背に腹は代えられぬという状況を分からせなければならぬ」

「最悪、エルフとの戦争すら起こり得るだろうな。結界を維持してくれている立役者に害を加えるなど、我らからすれば、自爆も良い所ではあるが……」

「今や好意的な協力すらも足蹴にされるのだ。例え、力で支配してでも我らと一体になってもらわねば困る。嫌がろうが何だろうが、全ては状況改善のためなのだ」


 彼らも彼ら自身で瘴気をどうにかしようと足掻きはしたが、門外漢ではいずれの策も雀の涙程度の成果しか挙げられていない。

 故にこそ、エルフ達の結界に頼りっきりになってしまっており、内心ではそれをずっと維持し続けているエルフ達に感謝すらしている。

 そのため出来る範囲でエルフ達のために協力してきたが、体制が変わりその協力すら拒まれ、溝が生じてしまった。


「しかし、皮肉なものですな。各々の部族、種族の個性を尊重し、一人のリーダーを置かず、かつ一つの大きな勢力を作らない決まりの我らが『一体となる』などとは」

「全生命の危機を前にして、四の五の言ってはおられぬ。どの部族であろうと、どの種族であろうと、生きたいという思いは一致しているだろう」


 苦渋の決断だと言わんばかりに重い言葉を述べたのが、本会議を取り仕切る立場にあり、この国で一番歴史の長い部族の長である最長老である。

 あくまでも『部族の歴史の長さ』が尊重されるため、最長老とは言っても最年長ではない。若くして長になれば、若年ながらにして最長老呼ばわりされてしまう。

 また、最長老だからと皆の上に立つ訳ではなく、立場は他の族長達と同じまま。ただ、会議において場を円滑に進める議長の役割を務めるだけに過ぎない。


「「「「「・・・・・」」」」」


 最長老の言葉を最後に、沈黙が訪れる。皆、充分に分かってはいるのだ。瘴気が拡散するという事は、つまりは生活圏を奪われるという事。

 瘴気の拡散を防ぐにしろ、新たな生活の場として他国の領土を狙うにしろ、一枚岩にならねば到底成せぬような難事ばかり……。


「……失礼いたします」


 会議が暗礁に乗り上げた、そんな時だった。


「何奴!?」


 真っ先に反応したのは犬顔の男だった。獣人だけあってか、その反応速度は他の者達の比ではない。


「お初にお目にかかります。私はフォル・エンデット。ツェントラールのしがないメイドで御座います」


 華麗なるカーテシーで一礼する。お手本となるかのような極めて美しいしぐさであったが、その完璧さが思わず一同に緊張を強いた。

 ロングのメイド服から白い部分を取り去った黒衣に身を包む、長き黒髪の女性。漆黒と称するに相応しい、全身を黒一色に包まれた姿。

 そのいでたちは、慣れぬ者には恐れを抱かせた。会議に居合わせた一同も、思わず唾を飲み込み、緊張で顔を引きつらせた。


「ツェントラールだと……? いや、そもそもどうやってここまで来た!? 長老会議は相当数の警備が居るはずだぞ」

「不思議と皆様、私の事を完全に無視するのですよ。それはもう、悲しいくらいに……。私はそんなに存在感が無いのでしょうか」


 詰め寄ってくる者に対して、のらりくらりとかわし核心には言及しないメイド長。しかし、嘘を言っている訳ではない。

 スゥを相手取った時のように、その場に存在しながらも存在していないかのような状態で、ただここまでやってきただけの話。

 彼女にとってそれは『特別に何かをした』事には値しなかった。故に、どうやってと聞かれても答えられない。


「皆、落ち着け。その者がどうやってここに来たかは今更だ。目的を聞かせてもらおう」

「そうですね。まずは皆様へのご挨拶代わりに、贈答品を……」


 メイド長がサラッと空間内から風呂敷包みを取り出し、最長老へと手渡す。何気なく使われた空間魔術に疑問を挟み込む者は居ない。


「ほほぅ、わざわざ気が利くでは――っっ!?」


 風呂敷包みを開き、最長老が目にしたのは……あろう事か、人間の首だった。

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