155:新興宗教発足?
あの日、女神が御降臨なされたのだ――そう、ある男が語る。
元・八柱教の信者であり、炎の教徒の一員だったという彼は、少し前の出来事を思い返した。
・・・・・
光の柱の中、美しく長い金の髪を逆立てた神官――否、女神がこちらを強い視線で睨んでおられる……。
嗚呼、我々は何と言う事をしてしまったのだろうか。あのお方は、決して我々が手を出して良い存在ではなかったのだ。
今まさに暴風の如く吹き付けるこれは法力の奔流。これ程の力が、一人の人間の出せる力であるハズがない。
「貴方達のやり方は目に余ります。この町に災禍を引き寄せた責任もありますし、私が制裁します」
「我らを災禍と呼ぶか! これだから異端の者は……。我らの領土から出て行けい!」
我らを率いる神官が足掻きとばかりに炎の魔術を放つが、彼女は飛んできた羽虫を払うかのように軽くあしらってしまう。
神官が扱う魔術は並の魔導師と比べて遥かに洗練されたものであり、あんなにあっさりと対処できるものではない。
「な、ならば直接引導を渡してくれるわ! 法力特化の神官は近接戦が苦手なのは知っているぞ!」
正直、もうやめろと言ってやりたい。我らが相対しているのは常識の埒外の存在だ。そんな簡単に行くハズが……。
元来、法力は身体能力強化との相性が悪い。力の変換効率で言うと、最も相性の良い闘気と比べて百分の一にもなると言われる。
と言うのも、法力は免疫機能の強化や治癒の促進など身体内面の向上に特化した力であり、法力の大半が自動的にそちらへ変換されてしまうため。
故に、その特性を活かし敵の攻撃をその身に受けては瞬時に回復させて防衛に徹する役割を担う、人間の盾とも言える使い手も存在する。
ただしそれは、従来の身体強化のように肉体を鋼と化す事なく、ほぼ人間のままの状態で敵の攻撃を受けなければならない事を意味する。
そのため、大半の法力使いは真っ当な神官として回復や補助役に徹する事が多く、人々の盾となる存在は極めて稀と言われていた。
身体強化を行える神官もいるが、その者達は元々別の道を歩んでいた転職組であり、法力適性が低いため護衛や取り締まりなどが主任務となる。
……直後に我々が見たのは、完膚なきまでに叩き伏せられ、その場に崩れる神官の姿だった。
わずか二秒ほどの出来事だっただろうか。神官は顔を悪魔の如く憤怒に歪め左拳に炎を纏わせて突撃。
しかし、彼女はかわしざまに右拳を神官の顎に当ててみせたのだ。これは完全に武術を知っている者の動き。
今思えばこの時点で神官の意識は失われていただろう。だが、彼女はそこからが容赦なかった。
ダメ押しとばかりに左拳で顎を追撃し、今まさにその場に崩れ落ちようとする神官の顔をさらに打つ。
驚く事に、ロングスカートながらに大きく足を振り上げての左回し蹴りだ。神官はもはやさらなる遠い世界へと旅立ってしまった事だろう。
だが、一瞬だけ見えた彼女の純白のショーツが、我々をも遠い世界へと連れ去ろうと誘惑してくるではないか……。さすがは、女神。
◆
レミアさんから習っておいた武術が役に立ちましたね。万が一のための自衛手段でしたが、これは意外と使えそうです。
百の法力で一しか身体能力が向上しないと言うのであれば、一万でも十万でも法力を使えばいい。
私のアンティナートならば、それが可能です。あとは、私自身がその力の放出に耐えられるよう鍛えるのみ。
(……とは言え)
その場で軽く足踏みをすると、大きな音が響くと共に石畳の道を破砕してしまいました。
意識して蹴り砕いたつもりは無いのですが、力を解放して常にこの状態では私自身が破壊者となってしまいます……。
ならば、もう一つの目標として多少の身体強化でも最大限の効率を発揮できるように追及するのが吉ですね。
「さぁ、他の皆様は如何なさいますか? 降伏するのであれば、慈悲を与える事もやぶさかでは――」
幾人か残っていた炎の教徒に向けて放った言葉でしたが、その直後に信じられない事が起こりました。
皆が皆、ズラリと私の前に並んだかと思うと、揃って跪いたのです。一体、何が――
「我らが女神よ! その大海の如き慈悲に感謝致します!」
「……はい?」
困りました。気付いたら炎の教徒達がおかしな事になっています。
「我々は貴方という存在に女神の姿を見出しました……。我らの信ずるべきは貴方にこそあると確信致しました!」
そう言って、彼らは何を思ったのか一斉に象徴たる赤い神官服を破り捨てました。
「もはや八柱教に居場所はない。我らは新たな道を行く!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!」」」」」
勝手に盛り上がっておられますが、彼らは神官服を破り捨てたため……パンツ一丁になってしまいました。
女性の前で何という格好を……。しかも皆さん、そのような事はそっちのけで瞳をキラキラと輝かせていらっしゃる。
「えっと、ミネルヴァ聖教に改宗……と言う事で宜しいのでしょうか?」
「否! 近年のミネルヴァ聖教は利己的に過ぎます。守るべき弱者から搾取し、教皇の懐を潤すだけの宗教など、吐き気を催す邪悪です!」
「……ミネルヴァ聖教の神官の身で言うのも何なのですが、確かに一部ではそういう傾向があります。では、どうなさるのですか?」
「決まっております! 貴方様を中心に据えた宗教を新たに立ち上げるのです!」
「なるほど。私を中心に新たな宗教を……って、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
何だか良く分からないうちにとんでもない方向へと話が進んでいますよ?
「あ、貴方様に女神を感じたのは彼らだけではございません! 我々もです! どうか、我らもその新たなる始まりに加えては頂けませんか……?」
私達の様子を遠回しに見ていた民衆の方までそんな事を言い始めてしまいましたよ?
「俺もだ!」「私も!」「ワシも……」
あぁ、その流れに乗ってどんどん他の方々が毒されていきます……。このうねり、止められそうにありません。
一体私はどうなってしまうのでしょうか。レミアさん、もういいですから早く戻ってきて……。




