154:炎の教徒達
「おや、リューイチ様ではありませんか」
「……やっぱ出てきたか」
「さすがに二度目は驚いて頂けませんか。残念です」
メイド長は突然現れる――と言う事を、以前城内を見て回っていた時に思い知った俺。
故に、こうやって思い浮かべでもしたらすぐにでも湧いてくるのではないかと踏んでいたが、まさにその通りだった。
「害虫の如き扱いをしないでください。私は唐突に湧いたのではなく、既に居たのです」
……読心術でも会得してるのか? この人。
「ふふ、こうして直接会うのはいつぶりだろうね。フォル・エンデット」
「私としては、正直避けたかった遭遇ですが……」
ニヤニヤしながらメイド長を見やるリチェルカーレと、煩わしそうに対面を望んでいなかったような言葉を返すメイド長。
ネーテさんの振り回されっぷりを見ると、メイド長が何となくリチェルカーレを敬遠するのも頷ける気がする。
「つれないねぇ。ま、お互いの連れが合流するまでの辛抱さ」
「そうですね。私も伝えるべき事を伝えましたら、王城の方へ戻ろうと思います」
なんか微妙にギスっている二人の傍で、俺はこの場に居ないメンバーを待たないといけないのか。
と言うか、さっきまでレミアもエレナも会話に参加していたハズなのに、いつの間に消えていたんだ……?
・・・・・
――時は少しさかのぼる。
「今回は戦うために来た訳ではありませんし、少しばかりのんびり出来そうですね」
「この国は他の国のように悪辣な支配者がいる訳ではありませんからね。まずは代表者達との会談を実現したい所です」
あくまでもファーミンへ来た目的は、ツェントラールの使者として改めて環境改善のための支援および援助の申し出をするため。
今まではなかなかその辺の折り合いがつかなかったため、ファーミンが望む形での助けを出す事が出来ず、信頼を失っていた。
それどころか、ファーミン側からは力業でツェントラールの資源や土地を奪おうとする者達が現れる始末で、双方の国に被害が出ている。
「……いい加減、この状況を変えねばなりませんね」
そう言ってレミアは急に方向転換し、エレナの腕を引いて露店の方へと歩を進めた。
◆
いきなり何事かと思いましたが、レミアは私の腕を引きつつ指で軽く腕の表面を叩いてきます。
この一定のリズムはメッセージサインですね……。これは『テ、キ、ヲ、ヒ、キ、ツ、ケ、ル』――敵!?
まさか、こんな町中で私達を狙う敵が? いえ、この国の主要な宗教を考えたらそれもあり得ますね。
……でしたら、これを引き受けるのは私の役目です。
私はレミアさんにサインで返します。『コ、コ、ハ、ワ、タ、ク、シ、ニ、マ、カ、セ、テ、サ、キ、ヘ、ド、ウ、ゾ』
『ム、チ、ャ、ヲ、イ、ワ、ナ、イ、デ』と返されますが『ワ、タ、ク、シ、ヲ、シ、ン、ジ、テ』と返して押し通します。
数瞬ばかりレミアさんと睨み合いになりましたが、間もなく彼女の方がため息をついて引き下がってくれました。
「申し訳ありませんが、私はこの先で必要なものを買ってきますね」
わざとらしく声を出して、別の露店の方へと歩いていきました。これで土台は整いましたね。
「ミネルヴァ聖教の神官よ。この国は、貴様のような異教徒が居て良い場所ではない」
ザザッと響く足音。同時に現れた六人の人影。私に声をかけてきたのは、その中心に居た燃えるような赤色の神官服を身に纏った禿頭の男性でした。
目の周りを覆うようにして炎の意匠が施されており、神官服の色も相まってまるで自身を炎そのものだと表現しているかのようです。
私達を取り囲むように並ぶ他の者達は若干色が薄めの赤い神官服を纏っていて、顔はベールで覆い隠されています。おそらくは配下でしょう。
「赤い服に炎の紋章。八柱教……炎の教徒達ですね。まさに燃え盛る炎の如く異教徒の排除に熱心だと聞きますが、動きが早いですね」
「我らは八柱教に仇なす異教徒を排除する。母なる精霊の炎が、邪悪なる者全てを焼き尽くしてくれよう……!」
「仇なすつもりは毛頭ないのですけれども……。私達は別件でこの国に用事があるだけですし、布教活動などは致しませんよ?」
「いかなる理由があろうとも、我らが聖地に踏み入る異教徒共は許さぬ。存在自体が良からぬ影響をもたらす」
異教徒共……と言いつつ、神官である私だけを狙ってきましたね。一人になるのを待っていたようですし。
他の方々は見た目だけでは何の信徒か断定出来ませんし、確実にミネルヴァ聖教の者と分かる相手だけを選んでいるのでしょう。
ですが、私はこのような所で討たれるわけにはまいりません。アンティナートの練習も兼ね、お相手させて頂きます。
「果たして、貴方達に焼き尽くせるでしょうか……全ての精霊の母、ミネルヴァ様のご威光を」
「この世は八柱の精霊様方が協力しお作りになられたものだ。精霊の母などという者が一人で作ったものなどではない!」
禿頭の神官が両手に炎を生み出します。八柱教の信者は精霊の加護を受けており、魔力を扱い魔術を行使できるのが特徴です。
しかし、その分本来の神官としての力は弱めで、法力の強さで比べるとミネルヴァ聖教の神官達には劣ります。
周りの部下達は禿頭の神官程の使い手ではないのか、両手を前方に掲げて何とか一つの炎の塊を生み出しています。
「異教の神官よ! 我らが炎に焼かれ、偉大なる炎の母の許へ逝くが良い!」
一斉に放たれる炎! 完全に殺意全開ですね……。
町中でこんな大胆に火を……大惨事になったらどうするのですか。
◆
「はーっはっはっはっは! 異教徒、滅びたりぃ!」
燃え盛る火柱を前に、禿頭の神官が大笑いする。その傍ら、部下の神官達は沈黙を貫いている。
彼らは上司ほど極端な思考をしていない。もし上司が居なければ、そもそも襲い掛かりすらしなかっただろう。
上司の言いなりにしか動けなかった彼らは、罪もない美しき神官の命を奪った事実に心が折れかけていた。
「……真なる光が滅びる事はあり得ません!」
炎柱を内側から裂くように現れるまばゆい光。瞬く間に炎に代わって光の柱が立ち上る。
その光景は、まるで女神が邪悪なる炎を斬り裂いて降臨したかのよう。
心が折れかけていた者達は思わずその場に跪き、フードの奥で歓喜の涙を流した。
「「「「「女神は、ここにおられた……」」」」」




