152:砂漠の国の深刻な事情
俺達はツェントラールとファーミンの国境へとやってきていた。
コンクレンツ帝国との境目と同じく川の国境であったが、そこに掛けられていた橋の規模は段違いだった。
広さで言えば数倍はある。しかも、両サイドに露店がずらりと並んでいる。まるで商店街だ。
「ファーミンは他の国と違って国境沿いに大きな町があるんだ。その町から、こうやって商人たちが出張ってきているという訳さ」
俺が田舎者丸出しでキョロキョロしているからか、リチェルカーレから助け舟が出される。
「商魂たくましいな……。だが、人の流れを見る限りそうするだけの価値はあるって事か」
さすがにツェントラールの市場ほどではないが、行きかう人々は多く、閑古鳥が鳴いているような店はほとんどない。
飲食店や酒場もあるのか、青空の下で酒を片手にご機嫌な者達の姿も見受けられた。ここだけ見ると平和だな。
歩きながら色々な店に目をやっていると、ふとある店の人物が気になった。子供のように背が小さいのに、筋骨隆々な中年男性……。
「なんだ、あんちゃん。ドワーフを見るのは初めてか?」
……しまった。じっくりと見過ぎたか。
「別に怒ってる訳じゃねぇさ。この地方じゃ、亜人種なんざファーミンくらいしか居ねぇだろうからな。珍しがられるのは良くある事だ」
「そうなのか? すまないが、俺は異邦人だからその辺の事情をを良く知らないんだよ」
「異邦人……別の世界からやってきたとかいう人間か。亜人種よかよっぽど珍しいじゃねぇか」
ドワーフが店から出てきて俺の周りをくるくる回ったり、あちこちつついてみたりして、俺を観察する。
「けど見た目は人間と変わらねぇんだな。中身が違うって事か……?」
そりゃあ住む世界が違うとはいえ、一応は俺達も『人間』ではあるからな……見た目に関しては同じだろう。
ただ、今の俺の場合は元々の肉体とは違う『造られた肉体』だから、中身は別物と言っても良いのだろうが。
「さっきこの地方ではファーミンにしか亜人種が居ないって言ったが、この世界は亜人種が当たり前に存在する世界じゃなかったのか?」
「あー、それなんだけど、君はこの地方についての地理は把握しているかい?」
リチェルカーレに言われ、頭の中で地図を思い出す。今までに何度か見ていたから、割とハッキリ覚えてるぞ。
「確か西側から北東にかけてが険しい山脈に覆われていて、北東から南にかけては海が広がっていたな」
「そう、人間では到底超えられないほどに険しい山脈と、受け入れ口がコンクレンツにしかない海。そして、南から西にかけては超えるのも至難な砂漠がファーミンを覆っている」
「地図で見た限りだと、ファーミンの南西部には地図の端に至るまでの大きな砂漠が広がっていたが、何処まで広がっているんだ?」
「この地図に載っている分の砂漠より大きな砂漠がさらに広がっていると思ってくれればいい。総面積は、下手したらこの地方を超えるだろうね」
そりゃあとてつもない大きさだな。サハラ砂漠とどっちがデカいんだろうな……。
だが、そんな広大な砂漠が広がっているとなると、南西部からファーミンへ訪れる人は皆無と言っていいだろう。
「……まさに陸の孤島だな。だが、それなら外部からの来報者が一番多いはずのコンクレンツ帝国で亜人を見なかったのは何故だ?」
「単純な理由さ。亜人がこんな地方にわざわざ来る用事なんて無いんだよ。元々彼らの住む地域の近くには、より資源が豊富で大きな国々があるからね」
「身も蓋も無いな。となると、この国に居る亜人達は外部から来たのではなく、昔から居付いているって事か……」
「その通りだ。俺達は何百年かの昔に、この地方の人間達によって招聘された亜人達の末裔だ。以来、故郷には戻らずこの地に住み続けている」
招聘――という言葉を用いた以上、丁重にお客様扱いでこの地へ呼ばれたという事になる。
外部の者が自発的に来るような用事が無いような地へわざわざ招くのだからこそ丁重にもてなしたのだろうが、その目的は……なんだ?
「さすがに異邦人のあんちゃんでも、ファーミンがどんな国なのかって事くらいは知ってるだろう?」
「飢饉や疫病も蔓延するほどに生活環境が厳しいって聞いてるな。砂漠の国と呼ばれる通り、大半が砂漠だとも」
「そうさ。俺達はその環境を改善するために呼ばれたんだ。ドワーフは大地の民とも言われていてな、それ故に土や石の扱いには長けているんだ。だが――」
「……思った以上に成果が出ていない、だろう?」
ドワーフの言葉を遮るようにしてリチェルカーレが言い放つ。ドワーフも、その言葉に重く頷く。
成果が出ていない……か。言われてみれば、何百年か前に呼ばれていたにもかかわらず、国の大半は未だ砂漠に覆われている。
「すいませーん! お店の方は居ませんかー?」
「おっと、すまねぇな。店を放り出したまま話し込んでちゃいけねぇや」
開けっ放しにしていた店へやってきた客に呼ばれて、ドワーフの男性はそそくさと戻っていった。
重く頷いた様子からして、その先を語るのはあまり乗り気ではなかったようだし、来客は渡りに船だったのかもしれない。
無理に聞き出すのも気がひけるし、また誰か色々話してくれそうな人と出会ったらその時にでも聞くとするか。
「……そういやさっきから話に全く入って来ていないけど、エレナとレミアは?」
「そこだね」
リチェルカーレが指し示した先は、先程のドワーフの店だった。
二人仲良く並んで、民芸品を手に取ったりして店主と楽しそうに会話している。
突然現れた来客はお前らだったのか……。完全に観光客じゃないか。
再びドワーフの所へ行くのも気まずいし、二人とは現地で合流すればいいやと、俺達は先に進む。
途中で狼の顔をした獣人が売っていた肉の串焼きを買って食しつつ、出店を眺め歩きながら橋を渡っていく。
「で、思った以上に成果が出ていない……ってのは、どういう事だ?」
「さっき大きな砂漠の話をしたのを覚えているかい? 実はその中心部に大きな問題があるのさ」
確か、この地方の大きさを超えるかもしれないほどの大きな砂漠だったか。
「遥か昔、そこは侵略してきた魔族との一大決戦地になったんだ。その影響で、あの辺りは特濃の瘴気汚染地となっている。人間が立ち入ったらたった一呼吸で死ねるだろうね」
「そんなヤバい領域があるのかよ……。そんなのを放っておいたらこの世界が滅びないか?」
「だから当時の術者達が瘴気を包み込むように結界を張ったんだ。今も、その後を継ぐ者達が結界を維持し続けているよ」
「その結界がこの国の、いや……世界の生命線という訳か。維持を任された者達も責任重大だな」
「あぁ。結果が破壊されたら世界中に瘴気の汚染が広がってしまう。人の住めない世界、まさに魔界と同じ環境と化す」
魔界と同じ環境に……ん? そう言えば――
「それってまさにフィーラーが目的にしていた事だよな? 変に回りくどいことしなくても、その結界を破壊すれば手っ取り早かったんじゃ……」
「聞いたところによると、そいつは瘴気生命体だったんだろう? であれば、そんな事したら存在そのものが消滅してしまうよ。押し寄せる津波を前に、水溜り如きが持ち堪えられると思うかい?」
ダーテ王国を丸々覆う程の存在が、水溜りに例えられるのか……。封印された瘴気の規模、半端ないな。
考えてみれば奴はホイヘルと競おうとしたり、支配する事を楽しんでいた節があるな。自爆してまで任務を遂行する気は無かったか。
奴が馬鹿で良かった。任務のために自己犠牲をいとわないようなタイプだったら、手遅れになっていたかもしれないな……。




