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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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151:何処にでも存在し、何処にも存在しないもの

「……む、これは一体何事だ!?」


 さらに別の者が部屋の前までやってきた。先程の者達と同じくフードをかぶっており、声は男のものだ。

 ただ、先程の者達とは異なるのは、無警戒に中までは入ってこず部屋の外から話しかけている点。


「その銀髪……。そうか、戻ってきたのだな、スゥ」


 男がフードをめくると、下からは頬がこけた痩せぎすの顔が現れた。年にして三十に迫る頃を思わせる。

 顔のパーツ自体は整っており、肉を付ければ間違いなくイケメンであろう。肩まで伸びた長めの髪が良く似合っていた。


「やはり、教官でしたか。姉様を餌にして私を呼び寄せ、姉様と同じように制裁でもするつもりでしたか?」

「それは違うぞスゥよ! 確かにマイテは恥晒しとして制裁しているが、君は無事に奪還したかった」

「敵に捕らえられた私を……ですか? 一度でも敵に捕らえられた者は組織の恥晒しとして制裁されるのではなかったのですか? それこそ、姉様のように」

「我が権限で不問とする! 君は組織始まって以来の稀代の才能だった。そんな事で終わらせるのは実に惜しい!」


 彼はスゥが組織に所属していた頃、彼女の所属するグループを指導していた男だった。

 言うまでもなく教官を務めるだけあってその実力はお墨付き。一隊長となっていたマイテでも一筋縄ではいかない。

 もちろん、スゥではかなうはずもない相手だった。そう、組織に所属していた頃の彼女のままでは。


「捕えられていると聞いたから、まずはあちらの同情を引くような内容にして解放させられたら……と思っていたが、実にあっさりだったな」


 教官と呼ばれた男がマントを取り去ると、そこには痩身ながらも限界まで鍛えられた肉体があった。

 彼は決して病気や栄養失調などで痩せているのではなく、極限まで無駄を省いているのだ。

 部屋へと入るなり目線を忙しく動かし、端から見れば何もないような場所に対して拳や蹴りを振るう。


「これで罠を張ったつもりだったか? 愚か者共が引っかかっているようだが、この私のレベルとなると通じぬぞ」


 教官と呼ばれる立場だけあってか、既に展開されていた罠を見抜き先んじて破壊してみせた。

 しかし、彼は気付いていなかった。そして、スゥも気付いていなかった。罠以上の脅威が、既にこの部屋の中にある事に――


「ぐあぁっ!? な、なにが……?」


 何の前触れも無く教官の胸部から生える刃。そこには赤き血が滴っている。言うまでもない、彼自身の血だ。


「馬鹿な。全くわからなかった……。これは、一体……」


 疑問を呈するのと同時、闇の中から染み出すようにして『それ』は現れた。


「スゥさん、メイド長の教えをお忘れですか? 敵ならば即仕掛ける、基本ですよ」

「……っ。ご、ごめんなさい」


 物騒なことを語るのは、紅色のセミロングが可愛らしい、ロングのメイド服姿の少女。

 姿だけを見れば、とてもこのような場所に居ていい存在ではない。まず、闘争とは無縁に感じるだろう。

 だが、教官と呼ばれた男はその見た目に騙される事無く、少女の本質を敏感に感じ取った。


「……この、怪物が」


 男のセリフは、空しくもそれが最後となってしまった。いくら凄腕の暗殺者と言えど、心臓を穿たれていてはそう長くはもたない。 

 前のめりに倒れた彼の背には、突き立てられたショートソードの柄が墓標のように立っている……。



 ・・・・・



「ひぃっ! なんだ! 何がどうなってんだよ!」

「居る……居るはずなんだ! そ、そうでないとこの状況に説明が付かない!」


 別の区画では、教官も一流の暗殺者達も暗殺者の卵達も、皆揃って惨劇の渦中にあった。

 近くに居る者達が何の前触れも無く首をかっ裂かれ、噴水のように血を吹いて倒れていくのだ。

 最初は頭のネジが外れた誰かが暴走したのかと思っていたが、誰も大きく動いてはいない。


 しかし、ボサッとしている間にも次々と同じようにして同胞が倒れていき、ようやく皆は思い至った。

 今この場所に何者かが居る……。だが、一般人よりも遥かに優れた感覚を持つ彼らが一切その気配を感知できない。

 心を殺し、何事にも動じなくなっていたはずの彼らだったが、人が一人倒れる度、徐々に思い出していった。


 ……恐怖。


 如何なる拷問にも屈しない。如何なる強敵にも臆しない。如何なる誘惑にも惑わされない。

 感情を捨てた『殺人マシン』と化していた彼らが、容易く『人間』へと戻っていく。

 見えないが確実に居る『何か』を倒そうと、人間に戻った彼らが勇気をもって刃を振るう。


「ぐあっ!? 馬鹿野郎! 錯乱するんじゃねぇ! 俺だ!」


 しかし、恐怖から闇雲に攻撃してしまった者が斬り裂くのは味方の身体だった。

 敵からの攻撃は必殺必中で仲間の命を奪う。だが、こちらからの反撃も必中で仲間に害を与える。


「やめろ! 迂闊に反撃するな! 同士討ちにさせられる!」


 そう叫んで生き残った仲間達に警戒を促すも、そう間を置かずして騒ぎを聞きつけた援軍がやってくる。

 事情を知らない彼らがまたこの異常な状況を体験し、その恐怖から無闇に刃を振るってしまい、仲間を傷付ける。

 そんな事がしばし続いた後、ある者が仲間から送られてきたサインを読み、打開策を閃いた事を知る。


 指を使い特定のパターンで相手の身体へ触れる事でメッセージを伝える、組織においてはお約束のサインだった。

 言葉に出せばバレバレの内容も、第三者では知りようがない方法で意思疎通が出来る。声を発せない状況で会話する手段だ。


(俺の首が裂かれた瞬間、俺ごと一斉に攻撃しろ。攻撃の瞬間、何者かはそこに居るはずだ)


 自己犠牲を前提とした攻撃。殺人マシンとして育てられた彼らは、目的のために己を犠牲にする事を厭わない。

 しかし、極限状況で『人間』に戻っていたためか、そのメッセージを伝えた当人は小さく震えていた。

 機械として効率を重視して下した判断ではなく、一人の人間として仲間のためを思って下した決断だった。


(……今だ、殺れ!)


 男の首が裂かれる。同時に、周りの者達が男――正確には、男に危害を加えたであろう何者かに向けて一斉に仕掛ける。

 いくつもの刃が男を貫く。しかし、誰の攻撃にも男を貫いた以外の手応えはなかった……空振りだ。

 結果として、全身から赤色を噴出する派手なオブジェが一つ誕生し、一人の男の命が無駄に消えて終わった。


 直後、男に仕掛けていた者達の首が一斉に引き裂かれ、多数の者が同時に地へと沈む。

 深く抉られた事で声すら出せず、思い出した『驚愕』という感情を表情で語りながら短い命を終える。

 この区画から完全に『人間の音』が消え去るまでには、それほどの時間はかからなかった。




 ……沈黙が場を支配するようになってからしばし、ようやく『闇』が形を成して顕現する。


「何処にでも存在し、何処にも存在しないもの……それがこの私です」


 

 ◆



「スゥさん、出来ますか?」

「……やります」


 その場に崩れ落ちたマイテを仰向けに寝かせ、寄り添うスゥが小さい声ながらも力強く頷く。


「姉様……いえ、『ご主人様』を救うためにご奉仕させて頂きます」


 スゥがマイテの身体に両手をそっと添えると、マイテの身体へ黄色いオーラ――闘気が流れ込んでいく。

 闘気はやがて彼女の全身を包み込み、程なくして淡い緑色の光へと変貌を遂げた。


「う、嘘!? これ回復魔術じゃん……。スゥ、いつの間に法力を使えるようになったの?」


 表面的な傷が、まるで逆再生されるかのように縮小していき、痣なども徐々に腫れがひいていく。


「しかも結構強力だし! 折れてる骨とかも治っていってるよ!? これって並の神官レベル超えてない!?」


 瞬く間に癒えたマイテは素早くその身を起こし、その場でシャドーをして身体を動かしてみる。


「……お見事でした、スゥ。合格に値します」

「ありがとうございます、メイド長」


 いつの間にかスゥの横に出現していた者から言葉が発せられる。

 黒いワンピースに身を包み、腰まで届くほどの長い黒髪をなびかせる美しい女性だ。

 薄暗い中に立っていると、ほとんど闇と一体化してその姿を視認しづらい。


「メイド? そういえばスゥも、そちらの人もメイド服だね」

「はい。私は任務に失敗してしまいましたが、メイド長の下でメイドとして新たに自分を磨き直す事ができました」

「なんか片言気味だった言葉遣いまで丁寧になってるし……今更だけどさ」

「メイド長や先輩の下で色々学びましたから。組織に居た頃の私とは別物だと思ってください」


 堂に入ったカーテシーを披露するスゥ。そこには暗殺者の面影など微塵も無かった。

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