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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第五章:砂漠の国ファーミンの大混戦
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150:暗殺者養成組織

 あちゃあ……。ワタシとした事が思いっきりドジっちゃったなぁ……。

 長い間余所の国に居たせいで、ワタシの古巣――組織がどういう所なのかをすっかり忘れちゃってたよ。

 間違っても「おかえりー」なんて暖かく出迎えてくれるような事なんて決して無いのに。


 故郷に帰るつもりで気軽に「ただいまー」なんて戻って来ちゃったから、こんな事になっちゃった……。



 ◆



 砂漠の国ファーミンは多種多様な民族が混在し、その長達による共同運営で成り立っている国である。

 しかし、完全なる意思の統一は出来ておらず、実体は『部族の数だけ小国が存在する』ような混沌とした状態。

 そんな国において、数少ない長達の意見が一致したのが強大な戦力を養成する総合組織の設立だった。


 元々他の国と比べて人数の少ないファーミンにおいては、個の力を強める事で数の差を埋めようと考える者が多かった。

 各部族においても伝統競技や昔ながらの狩猟、命を懸けた戦いの催しなどを通じて力を付けていたが、それにも限界があった。

 たとえ非人道的な手段を用いてでも圧倒的な強化を施さねば、敵国の練度の高い兵達を薙ぎ払う事など出来ない。


 幸か不幸かこの国には貧しい者が多く、孤児以外にも天涯孤独となってしまい、心配する身内など居ない者達が多々溢れている。

 そう言った者達を言葉巧みに勧誘、時には強引に拉致し、一か所へ集めて地獄の如き修練を課し、一騎当千の強者達を作り出そうとした。

 しかし、皮肉にもその方針がただでさえ少なかった人員をより減らしてしまい、軍隊と称せるほどの人数が残らなかった。


 唯一幸いだったのは、その修練の甲斐あってか残った者達は今までの強者と比べても比類なき強さを体得していた事。

 ならばと長達は方針を転換し、もっともっと厳しい修練を課して更に人数を絞り、より強い個体の少数精鋭を生み出す事にした。

 数人から十数人で国の中枢にまで潜り込み、要人を始末出来る……暗殺者養成組織としての再スタートだった。



 ◆



「ふん、腑抜けが……。任務の末に果てたのかと思っていたが、まさか敵国で飼われて犬に成り下がっていたとはな……」


 手を上に伸ばされる形で枷をかけられて座らされているマイテの前で、マントとフードに身を包む者が言葉を漏らす。

 声質からして、その者は男だった。男と並ぶような形で、幾人もの同様の格好をした人物が並び、マイテを見下ろしている。

 彼らこそ、この組織の上層部の者達であり暗殺者達の教育者。そして、国内屈指の実力者達でもあった。


「任務もこなせず、敵国でのうのうと生き延び、挙句の果てに何事も無かったかのように戻ってくるとは、恥知らずもいい所だ」

「散るにしても任務を果たした上で華麗に散るのが我らの美学。その真逆たる貴様には、今一度我らがどういう存在なのかを叩き込まねばなるまい」

「かつては部隊の隊長まで上り詰めた者がこの様とは……。育成をしていた身としては何とも恥ずかしい限りだ」


 マイテの顔面に蹴りが入る。他の者達も続いて罵倒のような言葉と共に、何処かしらに一発攻撃を叩き込んでその場を去る。

 ここへ捕らえられてからマイテはこうした扱いを受け続けているが、一週間過ぎた今も同様の事が続いている。

 組織においてこれは『心を砕く儀式』であり、対象の心が完全に壊れた所で、また一から暗殺者たる矜持を叩き込む。


(やれやれ、あの人達も馬鹿だよねー。アタシをいかなる拷問を受けても決して折れないように育てたのは他でもないアンタらじゃんかー)


 マイテは顔面を原形が無くなるほどにまで腫らし、手足も少なからず折られており、身体中も痣だらけの状態だ。

 そんな状況でもヘラヘラと笑って余裕そうな態度を崩さないのは、皮肉にもこの組織による地獄の修練が結実した形であった。

 かつてはこの組織の隊長にまで登り詰めていた彼女だ。常人なら発狂するような状況であっても、平然としていられる。


(最初に警戒心を解いていたのがマズったなー。物凄い人数で不意打ちしてくるんだもんなー)


 もしマイテが最初から全力でこの組織を壊滅させるつもりで乗り込んできていたならば、まともに敵となるような存在はごくわずかに過ぎない。

 しかし、彼女は実家へ戻る時のような緩い気持ちで来てしまった。その事が、数による攻めを捌き切れずに捕らえられる事となった原因だ。

 実家とも言える組織に戻ってきた彼女に対して向けられたのは、歓迎や労いの意思ではなく、任務をこなせず逃げ戻ってきたという失敗者への侮蔑だった。


(あーあ、エリーティでの日々で勘が鈍っちゃったかなー。古巣だし、もしかしたら……って思いがあったのかもね)


 隊長として全盛期の彼女であれば、いかなる状況であっても決して警戒を解かず、表向きに良い態度で接してきても裏に隠れた本性を見抜いていた。

 良くも悪くもエリーティ共和国へ拉致されて、そこでしばらく過ごすうちに人間らしさを取り戻した事で、ナチュラルになった事が仇となったのかもしれない。

 だが、彼女自身はエリーティでの日々を全く後悔していない。この状況下ながら、今の自分に至れた事を誇りに思ってすらいる。


(そう言えば、一人末恐ろしい子が居たなー。短い銀髪の……あの子程の実力なら、今頃どの部隊かの新しい隊長になってるだろうねー)


 ふと思い出すのは、彼女がまだ組織に居た頃の事。既に一部隊を率いる隊長になって、後進の育成も行っていたある日。

 年端も行かぬ少女ながらに、組織内でも上位に位置する彼女に対して肉薄してきた恐るべき才能の塊が現れた。

 マイテによる後進への指導は手加減をしていてもほぼ一方的な蹂躙であったが、その少女だけは戦いが成り立つレベルだった。


(思わず嬉しくなっちゃってつい本気出しちゃったんだよねー。徹底的に痛めつけちゃったけど、何故か翌日以降もワタシを指名してきたんだよねー)


 少女からの指名を受けて毎日毎日指導を繰り返した。最初は本気を出すと一方的になっていた戦いも、徐々に食い下がるようになってきた。

 さらに時が経過する頃には、いつしかお互いを『姉』『妹』として認識するようになり、両者にとってこの時こそが最も充実する時間となっていた。

 マイテが任務で外へ出ることになる時までその関係は続き、その頃には『妹』は同期達の中で群を抜くほどの逸材へと仕上がっていた。


(今頃どうしてるだろうなー。とっくに隊長になってるのかなー。ワタシよりも強くなってたら、戦ってみたいなー)


 などと、妹と認識していた後輩の事を考え始めた時の事だった。何処かで大きな爆発音が発生したのは。




 ・・・・・



「ファーミンから『君の姉が帰ってきた』と手紙が来たから戻ってきましたが、随分と情けない姿ですね。姉様」


 いつの間にかマイテの隣に何者かが出現し、そんな事を言った。

 褐色の肌に銀色の髪。フリフリが可愛らしいメイド服に身を包んだ少女……。


「……ワタシを姉と呼ぶ、まさか」

「そのまさかです。お久しぶりですね、姉様。スゥです」


 スゥは右手を軽く振っただけで鉄の鎖を切断すると、マイテの身体がその場に崩れ落ちた。

 いくら拷問で心が折れないように鍛えられていても身体の方は限界を訴えていた。


「ゆっくり休んでいてください。もうすぐ『先輩達』もやってきます」

「せん……ぱい……?」


 慌てたように何人かが部屋の中へと入ってくる。いずれもフードを着用している職員達だった。

 侵入者に気付いたのか、その場で並ぶようにして動きを止め、誰かが声を張り上げる。


「……何者だ!? この組織に侵入するとは命知らずなや――」


 声を張り上げた者は、最後まで言い切る事無く絶命した。フードもろとも、首が宙を舞う。


「命知らずはそちらです。敵が先に侵入していた部屋へ無警戒に突入するなど愚の骨頂。罠が張り巡らされていたらどうするのですか」


 呆れたようにつぶやいた直後、一人の心臓部に短剣が突き刺さり、もう一人が突然苦しみだしてその場に倒れてしまう。


「私は情けないです。この程度の組織にノウハウを教えられていたというのですか……」

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