146:忌々しき国の名
「はぁ、こんなもので良いだろう……」
演説を終えたジークがその場で腰を下ろし、大きく息を吐く。
「見事でしたぞ王子。さすがは次期国王でございますな」
「ほほ、もう国王ではございませんよ。ダーテ王国は解体されるのですから」
「おぉっと、そうだった。ならば、呼称は何とすれば?」
「この国が大国の一領土となるのでしたら『領主』辺りが無難かと」
「……領主、か」
老騎士二人の言葉に、拳を握るジーク。国民に宣言した以上、もうこの流れは止められない。
国民の新たなる生活を創り上げていく『責任者』としての重みが、彼の双肩に乗っかっているのだ。
せっかく友となった事だし、俺も可能な限り助けてはやりたいところだが……。
「そう言えば、新たな名と共に出発しようとか言っていたが、候補は決まっているのか?」
「いや、正直言うと決まっておらん。とりあえず忌々しき国の名前を捨てたいとは思ったのだが……そうだ」
勢いで決めた事だったらしく、まだ何も案すら考えていなかったか……。
「この際だからリューイチが名付けてくれ。異邦人ならではの、現地の言葉などでもいい」
いきなり無茶振りをしてくるな……。とは言え、その場の勢いで適当な言葉を言ったり、悪乗りで変な意味の単語を挙げるのは正直性に合わない。
「……わかった。ちょっと考えてみるわ」
そうだな。今までこの国は貴族の腐敗によってどん底にまで落ちていた訳だ。
革命を成功させて、新たに羽ばたくという意味でも『復活』を示すような単語はどうだろうか。
日本語そのままだと響きがアレだし、俺でも知っているような、英語辺りで何か――
リバイバル、リバース、レストネーション、リザレクション……ふむ。
「リザレ……リザーレなんてのはどうだ?」
「リザーレ? それには一体どのような意味が込められているのだ?」
「復活を意味する。正確にはリザレクションと言うんだが、そのままだと長いだろうと思ってアレンジした」
「いきなり無茶な振りをしたにもかかわらず、真摯に考えてくれて感謝する。使わせてもらおう」
無茶振りした自覚はあったのか。まぁそこは俺に対して期待してくれたのだと思っておこう……。
色々あった復活を意味する単語の中でも、リザレクションはキリストの復活など神話的な意味合いで使われるものだ。
今後の飛躍に期待して壮大なネーミングをさせてもらった。ボツにされてたら、正直凹んでいた所だった。
「……おや、戻ってみれば全て終わっていたようですね」
天使二人――いや、妻子に抱えられてスピオンが空の彼方から舞い戻ってきた。
俺達が王城でアレコレやっている間に、王都の様子を見に行き、暴走しているレジスタンスを鎮めたりしていたらしい。
元々は貴族の殲滅に乗り気ではなかったが、あまりにも非道な所業を見て抑えが利かなくなったとの事だ。
『しかも王都内は瘴気に満ちていましたから、ただでさえ凄まじかった憎悪がより増幅されて酷い有様でしたわ』
フィリアがただ一言『地獄』とだけ口にした。俺は光景を見てはいないが、そう言いたくなる気持ちは察せる。
レジスタンス達は正義を掲げて革命を起こしている。悪を討つという気持ちは、時に容赦なくそのリミッターを外す。
相手は悪なのだから、何をしてもいい。暴走した正義は、時に悪以上のおぞましい悪を正義面して行うのだ。
ましてや悪魔の如き所業を行ってきた相手だ。当然、それ以上の事をやり返そうとするだろう。
貴族の殲滅を煽ったのは俺達だが、リチェルカーレの奴……まさか、これを見越して?
レジスタンス達は作戦に乗り気ではなかったと言っていたし、無理矢理そういう方向へ捻じ曲げたか。
目線をそちらへ向けるが、当の彼女は死者の王と話しているらしく。こちらには意識が向いていないようだ。
◆
『先程の凄まじい法力……まさか、貴方が?』
フィリアさんがリューイチさんに話しかけるのと同じくして、ジュモーナさんが声をかけてきました。
やはりと言うか、気付いているようですね。人間の目は誤魔化せても、精霊の目を誤魔化すのは厳しいと言う事ですか。
「え、えぇ……。さすがに状況が状況でしたので、出し惜しんでいる場合ではないかなと」
『ふふ、なるほど。貴方の中に見える数多の光……それが力の源という訳ですね』
「……そこまで、分かるものなのですか?」
『さすがに詳細までは分かりませんが、人の目に見えないものが見えるのは確かですよ』
今後を共にするリューイチさん達にはもう隠しておけませんから、後に話そうとは思っていますが……。
それ以外にまでむやみやたらに話すのは危険そうですね。ジュモーナさんは退いてくれるでしょうか。
『そんなに睨まずとも大丈夫ですよ。深くは追及しませんから。ただ、私が光の精霊である事は覚えておいてください』
私達の使う法力は、魔術における光と近い関係です。故に、神官には光の精霊と関わりが深い人達も居ます。
そんな精霊達ですから、中にはもしかして私の秘密を知っているような古き高位の精霊が居るのかもしれません。
暗に言っているのですね。そういう方面から情報を知る事も出来るから、今は追及しないのだ……と。
◆
「なんだ。もう既にカタが付いた後だったか」
スピオン達に続き、空間の穴を抜けて現れたのはティア・ツフトだった。
何故か忍者娘のシャフタを抱えており、気を失っているであろう彼女を容赦なく床へと放り出した。
「あだっ!? わ、私は一体……」
「気が付きましたか?」
痛みで目が覚めたか。スピオンが腰をかがめ、シャフタに呼びかける。
「ス、スピオン様!? ど、どうしてここに……って! ここは何処ですか!?」
「落ち着きなさい。ここはダーテ王城です。どういう経緯かは分かりませんが、ティア殿が気を失った君を連れてきてくれたのです」
「ティア……? そ、そうだ! ヴェイデンの統治者が!」
「……なんだ? 呼ばれた気がしたのだが」
「ぎゃあー! 目の前に居るー!」
スピオンと並び、シャフタの顔を覗き込んでくるティア。
先程まで敵対していた相手が真ん前に居るという事実にシャフタは絶叫した。
「ス、スピオン様! そいつは敵です! 離れてください!」
「……と、言う事らしいが?」
「貴方、もしかして何も説明を……?」
「説明も何も、いきなり攻撃を仕掛けられたからな。こちらも応戦せざるを得なかったのだよ」
そう言葉を返すティアは笑みを浮かべていた。コイツ、先制された事を良い事に、そのまま戦闘に乗っかったな。
王の配下となっている彼女は、他の貴族達と違って魔族化が解除されていない。戦いに関する本能も強いままなのだろう。
「彼女は味方です。確かにヴェイデンの支配者ではありましたが、既にこちらへ寝返っております」
「……え?」
「事実だ。私は報酬に誓って、決してこちらの陣営を裏切る事は無いと約束しよう」
そう言って、彼女が懐から取り出したのは……俺の指だ。とりあえず手付けにと小指が渡されたんだったな。
奴にとって最高の褒美になるからと、王が戦闘で欠損した際の物を密かに確保しておいたものだ。
王の言う通り、異邦人の肉体は魔にとって至高の御馳走であるため、報酬として提示したら即断即決で忠誠を誓いやがった。
「なぁ、もう一人の主様よ。この指を食せるようになったら、いずれはその全てを頂きたいぞ……」
俺の小指に舌を這わせて悦に浸るティアが、肉食系バリバリの艶めかしい目つきで俺の方を見つめてくる。
どうやら報酬の提供元である俺に対しての執着も強いようで、色々な意味で食われかねない。
色っぽい仕草に対する興奮と得体の知れない恐怖が打ち消し合い、幸いにも息子は平静を保っていた。
……今後、俺はずっとこいつに狙われ続けるのか。




