144:革命を終えて
『では、そろそろおいとま致しましょうか』
そう言ってレーゲンブルートが仮面を外すと、額に宝石がはめ込まれただけの無機質な顔が現れる。
『エレナと言ったね。今更だけど良かったよ。この宝石が砕かれなくて』
「それは、どういう……?」
『これは人形を動かすための魔力をたっぷり詰め込んであるんだ。破壊されたら、魔力が暴発していた所だったよ』
「ひっ……!」
レーゲンブルートが額を指さしながら、己の仮面を砕いた相手へ愉快気な声色で告げる。
「皆が追いつめられる程の力を発揮する人形を動かす魔力ともなると、その量は尋常じゃないだろうね」
『あぁ、結構な魔力を詰めたからな。この王国はもちろん、この地方が丸々吹っ飛んで、果たしてそれで済むかどうか……』
「全く恐ろしい話をしてくれたもんだ。見なよ、すっかりエレナが怯えてしまったじゃないか」
リチェルカーレが震え出したエレナを背後にかばいながら、レーゲンブルートとの話を続ける。
『安心するがいい。私は拳を受ける直前、宝石にはダメージが及ばないようちゃんと当たり方を調整していたからな』
「触らぬ何とやらに祟りなし……ってやつだね。さすがにそれ程の大破壊をしてしまえば、世界を護るために上位存在が動き出す」
『そういう事だ。怖がらせてすまなかったね、エレナ。仮面を砕かれた事もあるし、ちょっとした意趣返しというやつだ』
それだけ言うと、レーゲンブルートは再び仮面を着けなおし、空間へ溶け込むようにしてその姿を消した。
「……意趣返しって何ですか!? こっちは心臓貫かれているんですよ! 仮面割られたくらいで大人げない事しないでください!」
からかわれていたと知ってプッツンしてしまうエレナ。いくら神官とは言え、ムカつく時の一つや二つくらいあるのだ。
『んー。何か言ったかな?』
「ナ、ナンデモナイデス……」
去ったかと思ったレーゲンブルートが、聞いていたのかと言いたくなるようなタイミングで空間から顔だけ覗かせる。
エレナは心臓が止まるかと思うくらいビビってしまい、ついぎこちなく片言で返事してしまうのだった……。
◆
それから俺達は、奴に気絶させられていた王子達を起こし、簡単に事の顛末を説明した。
とは言っても、レーゲンブルートと名乗ったあの仮面の存在を何とか追い払った……くらいしか言わなかったが。
わざわざ奴が気絶させ、その間の話は俺達にしか聞かせないと言った以上、細部は略させてもらう。
(さっきのエレナの時みたいに、言葉を口にした途端にひょっこり顔を出されても嫌だしな……)
「何を想像したかは大体察したけど、それが賢明だね」
こうしてリチェルカーレにも見透かされているくらいだ。藪をつついて蛇を出すような真似はよしておこう。
とりあえず教授――浜那珂蓮弥に関しては王子達も目撃していたので、何故か俺と会話していた事も含めてかいつまんで話をした。
後はその教授が所属している一大勢力が存在し、陰で世界を混乱させるために動いており、今回はその一端であったと。
「……何やらややこしい事態になっておるのだな」
「すまんな。どうやらこの件はこの国この地方にとどまらず、世界中にまで波及しそうだ」
「またここへ手を伸ばして来るような事があれば、今度は我々だけで撃退できるくらいに強くなっておかねばな」
ジークが背後に目配せすると、近衛騎士の二人が強く頷いた。
「うむ。善良な騎士達や、レジスタンスの兵士志願者らを徹底的に鍛えて底上げをしましょうぞ」
「そうですな。いずれは我々を打ち負かし、新たなる世代が中心となって立ち上がってくれることを願うばかりです」
「俺っちとしては、いずれなんて気長な事を言わなくてもいいんだぜ? 二人共、すぐに引退させてやるよ」
並の人間であればついて行くのすら困難で、逃げ出した者の数は計り知れないとすら言われる近衛騎士ヴェッテの指導。
それについていった数少ない一人であり、彼らを超える事を目標とするステレットにとっては、それこそ望むところだった。
ヴェッテのみからではなく、フェデルの指導も受けられる。乗り切れば、確実にいくつかのステップを上がるだろう。
「言ってくれるではないか。ならばお主はフェデルと二人がかりのスペシャルでハードなコースを用意してやろう」
「貴方の秘蔵っ子ですか。実に楽しみですな……。そう簡単には倒れないと期待させて頂きますよ」
老騎士二人の目が輝いたような気がした。ステレット、地獄の門が開いたぞ……。
「本音を言えば色々時になる所はあるのだが、まずは革命が成った事を自覚してその先を考えねばな」
おそらく『色々』とは、俺達が敵を相手にしていた時に見せた、不可解な部分だろう。
俺自身、召喚ついては披露したが、死んでも蘇る事に関しては何も説明していなかったしな。
エレナについては俺もまだ何も知らない状態だから、気になるのは良く分かる。
「エリーティだと、まずは国民に革命の成功をアピールしていたな」
「ふむ、それは良い考えだ。そもそも、この革命は虐げられていた市井の人々を救うためのもの。確かに、一番に報告すべきは国民か」
「とは言え、どうやるんだ? あっちの国は人々が特定の場所にまとまっていたから何とかなったが、この国は各地に分散しているだろう」
この世界にテレビやラジオがあるとは聞いた事が無い。映像を映したり声を聴く魔術はあるようだが……。
「そんな時に役立つお助けアイテムなら持ってるよ」
リチェルカーレが中空に黒い穴を開き、中から取り出したのは黒く光る球体だった。
お前はド○えもんか。四次元ポケットならぬ異次元ポケットだな。
「これは音声と映像を伝達するための魔術道具だよ。軽く使ってみるから、見ているといい」
黒い玉がフワフワと俺達の前方へ飛んでいき、俺達に向けて淡い光を放出する。
「で、次はこの子達の出番だ。それっ」
次は一回り小さい玉が四つ取り出され、四角形を象るように配置される。それぞれが点を担っている形だ。
何が始まるのかと思いきや、点の内側……つまり四角形の部分に俺達の姿が映し出されている。
どうやら、最初に出した大きな球体が放つ光の範囲を、あの小さな球体で作り出したスクリーンに映す魔術らしい。
「お、おぉ……。こんな魔術道具があるとは!」
「映像や音声をやる取りする魔術は大国で既に実戦投入されていると聞くが、まさかこんな辺境で見られるとは」
「長生きはしてみるものですね。私目も、この齢になってから年甲斐もなく興奮しております」
こりゃあ俺が召喚できる現代の文明利器とか要らないなんじゃないか? と思ったが、おそらくこの魔術はハードルが高い。
俺と王以外の皆が結構な感じで驚いているのだ。魔術自体は存在していても、そう簡単なものでは無いようだ。
そういう意味では、特別な才能を必要とせず、使い方さえ覚えれば誰でも使える科学のアイテムは革新的と言えるだろう。
「さて、あとはジークと近衛騎士の二人に任せるよ。君達がやらなければ意味が無いだろう」
確かに、俺達が顔を出して云々言っても、国民は不信感しか抱かない。
あくまでもこれはジーク王子とその同胞達による革命なのだ。
「じゃあ、王国中に端末をばら撒くよ。これで、王国内の何処からでも君達が認識できるハズだ」
いつもの如く指を鳴らすリチェルカーレ。ここでは何も起こっていないように見えるが、たぶんあちこちに直接小さな玉を出現させているのだろう。
魔術師の三大難題の一つであるとされる空間魔術を、詠唱もなくこんなワンアクションであっさりとやってのけて……。
「う、うむ……わかった」
少し緊張した様子で、ジークが大きな玉の正面に立つ。二人の近衛騎士は、左右に控えるようにして陣取る。
『ダーテ王国、全ての民に告ぐ! 余は、ダーテ王国王子ジーク・ギーレンである!』




