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012:「やぁ、こんにちは」

 大気が震えているように感じた所で、ガタガタっと一斉に建物の窓が開く音がする。

 この中庭は四角状の五階建ての建物に囲まれた形で存在するため、内側の窓からは丸見えなのだ。

 今、その窓のほとんどが開き、中に居た者達が一斉にこちらを覗いている。それと同時に、一階部分の入り口から次々と人がやってきた。


「おい! 何か凄まじい魔力を感じるぞ!? 一体中庭で何をやって……」

「あ、マスター……」


 先頭を走ってきていたスーツ姿の中年男性がアイリさんに駆け寄る。マスターと呼ばれていた事からするに、おそらくはこの男性がギルドのマスターなのだろう。

 確かに、良く見ればスーツで隠しきれないくらいに身体はしっかり鍛えられているし、歴戦の冒険者だと紹介されれば素直に頷いてしまいそうな雰囲気がある。


「な、なんだあれ!」


 マスターと共に外へ出てきていた冒険者が指し示す先……穴の中から何かが出現する様子が見えた。

 鼻……いや、口か。何やら爬虫類の顔にも思える巨大な何かが、穴の中から出てこようとしている。

 このビリビリ来るほどの凄まじい力は、間違いなくその存在から感じられるものだ。

 俺やアイリさんはもちろん、ギルドマスターや冒険者達も、ただただ唖然と様子を見守るのみ。

 それから分に満たないくらいの時間で、ついにその存在が顔を見せた。


 穴から顔だけを覗かせる存在……間違いない。あれはドラゴンだ。

 顔だけで二十メートルくらいはありそうな巨体。胴体含めて全部出てきたらいったいどれほどの大きさなんだ……。

 ギルドが潰れる……と言うか、首都が大パニックになるぞ。


「安心しなよ。さすがに全身を呼び出したりはしないさ」


 腕組みしつつニヤニヤしているリチェルカーレ。

 これは俗に言う『召喚』とか言うやつなのだろうか。ならば、あのドラゴンは彼女の召喚獣?


『やぁ、こんにちは』


 突如、野太い声がギルドの中庭に響き渡る。声の主は、何とドラゴンだった。

 穴から顔と右手だけを出したドラゴンがこちらに向けて手を振っていた。意外とフレンドリーな感じだな……。


「紹介するよ。シュヴィンキントだ。アタシはキントって呼んでる」

『シュヴィンキントです。地上ではおそらく浮遊竜って呼ばれていると思います。よろしく』


 手で頭部をポリポリと掻いている辺り、仕草が人間臭いな。

 浮遊竜と言われても俺にはそれがどんな存在なのかは全く分からない。ただ、この圧倒的な力とその見た目から凄そうって事くらいしか。


「浮遊竜……だと!?」

「知っているのかマスター!」


 と、そこで耳に入ってくるマスターと冒険者のやり取り。ギルドのマスターだけあってかどうやら物知りっぽい。


「曰く、天上にあるという神の領域を護る者。曰く、空より墜ちてくる災厄から世界を護る者。その威容は『空そのもの』とすら称され、生涯を空で過ごすという神獣……確か、それが浮遊竜だ。神話で見た」

「神獣だって? そんな馬鹿な。あれらは神話で語られているだけの、空想上の存在じゃないのか?」

「だが、その神話で書かれている記述くらいでしか『浮遊竜』などと呼ばれる存在については触れられていない……」


 神獣……か。確かに、この威容を見たらそうなのではないかと思ってしまうな。

 だが、冒険者達からすると神獣というものは架空の存在として受け取られているものらしい。


「では実際にその力を体感してみるといい。キント、アレを」

『了解です。いきますよ』


 カパッと口を開き、口腔内に光を集中させていく。数メートルはあろうかという光球が瞬時に出来上がった。

 直後、光球が唸り一筋の光となってマスター達へ向けて放たれる――直前、キントは上を向いて放つ方向を変えた。

 光はレーザーのように天を切り裂きながら、空の彼方へと消えていく……。


 その際、レーザーが放たれた衝撃によって、中庭に面していた部分の建物の窓が例外なく砕け散る。

 窓から乗り出していた人達は大丈夫だろうか。確か窓はガラス製だった気がするんだが。

 一方で地上に居た者達はと言うと、衝撃で台風のように吹き荒れた中庭を飛ばされ、あちこちに倒れていた。

 

 俺自身はリチェルカーレの保護下にあったらしく、何事もなくその場に立って様子を眺める事が出来ているが、実に恐ろしい光景だった。 

 もしあれを真っすぐ撃っていたら、それだけで首都が消し飛んでいたのではないかと思う程だ。


「さて、今ここに居る冒険者諸君。君達の中でキントを倒せると思った者が居たら手を上げるといい」

『変に煽らないでください。挑みかかってくる者が居たらどうするんですか……。次、手加減しそこなっても知りませんよ』

(おいおい、あれで手加減していたんかい……)


 しかし、誰一人として手を上げる者はいなかった。皆が未だに倒れ込んだままガクガクと震えていたのだ。

 そりゃあんなのを見たら普通はこうなるわ。もはや挑むとかそういうレベルの相手じゃない。


「で、結局何のために呼び出したんだ……?」


 アイリさんが既に判断材料は充分と判断した時点で、さらにダメ押しの召喚。意味もなくあんな事をやるとは思えない。おそらくこの召喚には何か意図がある。


「さすがはリューイチ。確かにキントを呼び出したのは意図あっての事さ」

『はじめましてリューイチ殿。リチェルカーレ殿より、貴方のお話は伺っております』

「えっと、どう呼べばいいのか……。刑部竜一です。よろしく」

『気楽にキントとお呼び頂ければ。あ、他の方々には許可しませんので』


 ギロリと目線でダメ押しの威嚇。倒れた冒険者達が「ひぃっ!」と怯えている。

 一方の俺はそんな恐ろしい気配は微塵も感じない。おそらく指向性をもたせているのだろう。

 と言うか、いつの間にか普通にドラゴンと会話しちゃってるぞ俺。


「神獣や精霊といった上位存在は、心を許した特定の相手以外には名を呼ぶ事すら許さない者が居る。キントもその類だね」

「……俺はいいのか?」

『リチェルカーレ殿の同志たる方ですから』

「ありがとう。やはりキントはギルドマスターが言う通り……神獣なのか?」

『えぇ、仰る通りです。分類においては竜種と呼ばれるものです』

「じゃあさっき言われてた『神の領域を護る者』『空より墜ちてくる災厄から世界を護る者』と言うのは?」

『我ら浮遊竜の使命ですね。そのために、主によって生み出されたとも言えます』

「我ら? 浮遊竜って一体じゃないの?」


 もしかして、こんなのが群れで何体も居たりするのか……?


『浮遊竜と称される個体は今の所二体おります。現在、先程言われた使命を担っているのは我が親たる個体となります』

「せっかくだし、親の方にも顔見せして頂こうか」


 そう言って、パンパンと軽く手を叩くリチェルカーレ。

 直後、瞬く間にして首都上空に燦々と輝いていた太陽が厚い雲に覆い隠され、青空が一転曇天と化してしまった。

 同時に雷鳴がとどろき始め、まるで空が怒っているかのような様相になってきた。

 これから一体何が起こるのかと思い、倒れていた冒険者達も、俺もみんな揃って空を見上げている。




 ……と、その時だった。


 一際激しい雷鳴と共に稲光が煌き、同時に雷雲の向こう側に潜む巨大な影を照らし出した。

 空を覆い尽くす程の雷雲に匹敵する程にとてつもなく巨大なそれは、何処か蛇に似た形状をしている。


「ウ、ソだろ……?」


 その影は明らかに動いており、雲の向こうに居るのが間違いなく『生物』であるのだと思い知らせてくる。

 だが大きさが半端ではない。空を覆い尽くす程の存在なんて、もはや何十何百メートルで表せるような域ではない。


「あれこそが現役の浮遊竜シュヴィンさ。その威容はまさに空そのもの、伝承通りだろう?」 

「……いや、にしてもさすがにアレはデカすぎじゃないか?」

「災厄に対しては、それほどの巨体とパワーでないと立ち向かえないものなのさ」

「一体何なんだその災厄ってのは……」

「空の遥か上、宇宙と呼ばれる場所からやってくるものだよ。リューイチの世界なら、宇宙という概念は広く認知されていそうだけど、どうだい?」

「あぁ、確かに宇宙についてはみんなが存在を知っている。この世界だと……違うのか?」

「そもそもこの世界が『星』である事や、星の外に宇宙が広がっている事もほとんど知られていないね」


 そうか、ル・マリオンも宇宙に浮かぶ星に作られた世界だったのか。どうやら根本的な世界の仕組みは、元居た世界と同じような感じらしいな。


「だからこそ、災厄――宇宙の彼方より飛来する星の欠片や、未知の宇宙生物群についても知られていない」

「おいおいちょっと待て。星の欠片……は何となくわかるんだが、未知の宇宙生物ってなんだ」

「宇宙の何処かで生まれ、宇宙をさまよっている生物の事だよ。宇宙が認知されている君の世界では当たり前の存在だろう?」

「いやいや、俺の世界にそんなものは居ないって。おそらくこちらで言う星の欠片――たぶん隕石の事だとは思うが、それならある」

「へぇ、それは意外だね。やはり違う次元に存在するだけあってか、色々と差異があるようだ」


 俺の世界においては、今の所地球にしか生命は存在していない。宇宙に生命が存在しているとか言われてもピンとこないわ。


「……で、あの上空に居る浮遊竜のお披露目はシルエットだけなのか?」

「彼自身から放たれる力が強すぎるから、こうしてフィルターをかけておかないと危険なのさ。皆キントに対してすらあの反応なんだ、その親なんて直に見たら死ぬんじゃないかな」


 雷雲はフィルターだったのか。にしても『直に見たら死ぬ』ってどれほどの力なんだよ……。


「間違ってもキントみたく砲撃を撃たせるんじゃないぞ」

「撃たせるわけないじゃないか。君はル・マリオンを消滅させたいのかい?」

「ル・マリオンが消滅するほどの威力なのか……」

「宇宙生物や星の欠片――特に世界そのものを破壊しかねない程に超巨大なタイプを消滅させるには、それくらいの威力でないとダメなのさ」


 リチェルカーレが再びパンパンと手を叩くと、雷雲は空へと溶け込むようにして消失し、元の青空が戻ってきた。


「キントもすまなかったね。わざわざ呼び出したりして」

『いえいえ、これも契約ですので。また何かあればその際はいつでも』


 続いてキントも穴の中へと顔をひっこめ、この場から消えた。


「で、話を戻すが……なんでわざわざ浮遊竜達を呼び出したんだ?」

「周りの国への威嚇だよ。キントの出現時点で周りの四国は恐ろしい何かの存在を感じ取ったハズさ。何より、上空のアレがダメ押しになっている」

「まぁ、確かにアレを見て何も思わない国は無いだろうな。間違いなく他の国からでも見る事が出来るレベルのデカさだし……」

「恐れて止まってくれれば良し、逆に早く何とかしなければと焦って出てきても良し、どちらにしろ均衡を大きく乱す事は出来たと思うよ」


 などと話していたら、何やら外が騒がしくなってきた。トラブルでも起きているのだろうか……って、今この状況そのものが既にトラブルか。

 沢山の足音と焦ったような叫び声。状況が分からずあげられる叫び声や悲鳴。


「一体何事ですか! 恐ろしい魔力の発生源はここだと聞きましたよ!?」


 そんなカオスな状況の建物から飛び出してきたきたのは、レミアだった。

 後には幾人もの兵士達騎士達魔導師達が続いていた。およそ百人くらいだろうか。


「ははは。どうやら自国の均衡も大きく乱してしまったようだね」

「笑い事じゃないぞ……」

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