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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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142:ニンジャでござる

「ティア様! 何故、何故です!? 何故このような仕打ちを……」

「すまないな。訳あってこの屠畜場は閉鎖となったのだよ。口封じのためにも、君達には消えてもらう」


 王に降った私は、早速王の配下として動く事になった。最初に与えられた指示は、ヴェイデン屠畜場の廃止だった。

 それにあたって私は空間転移でここへ寄越され、屠畜場に携わる職員を一人一人始末して回っている。


「せめてもの詫びに、遺された家族が居る者にはふんだんに支援をしてやろう」


 今まで国のため……中には私のためだと言っていた者も居たか。そんな、懸命に尽くしてきてくれた部下の首を飛ばす。

 私が行っている事は、それらを完膚なきまでに裏切る悪魔の如き所業と言って差し支えないだろう。

 だが、王は私がそんな事をしてしまいたくなるようなものを報酬として提示してきた。しかも、前払いで。


「私は己の欲に勝てなかった愚か者だ。この身を魔と化した時も、そして、国を裏切る事となったこの時も……」


 部下達も魔と化した存在なので、首を刎ねただけでは死なない場合もある。念入りに焼き尽くし、完全にその可能性を断つ。

 そうやって一通りの職員を始末していった所で、私は懐から王に頂いた『報酬』を取り出して一休みする。


「はぁぁぁぁぁん……♪ この香り、激しく酔わせてくれるわぁ。ひ、一舐め……一舐めくらい、してしまおうかしら」


 香りを嗅ぐだけにしようと思ったのだが、我慢できなくなって『それ』に舌を這わせる。


「っっーーーーー!?」


 何物にも代えがたい、底知れぬ旨みが身体を貫く。同時に、全身に電気を流し込まれたかのように凄まじい刺激が身体を駆け抜ける。

 魔族と化した私にとって、この世で一番美味しい猛毒。その身に毒を受けようが、味わう事やめられぬ禁断の果実……。

 表面を舐めただけで既にこの感じなのだ。丸々食そうものなら、今の私の身体では到底耐えられないだろう。嗚呼、己の弱さが憎い。


「ふふふ……。この昂り、何処かで発散できると良いのだが」



 ・・・・・



 ――楽園ことヴェイデンの『闇』を払拭せよ。


 王都へ侵攻する前、スピオン様から直々に下された任務がそれでした。

 流離人の方が事前に潜入捜査をし、平和な街の裏に恐るべき施設が隠されている事を突き止めています。

 私の役目は、その施設の機能を破壊した上で、運営に携わる人達を処理する事……。


 そう、処理。それはつまり、命を奪うという事。まさに日陰者のニンジャに相応しい仕事です。

 今までやってきた偵察も充分にニンジャの仕事ではあるのですが、それは正直他の方でも出来るようなものです。

 私はニンジャにしか出来ないような事をやりたかったのです。そう、まさに今やっている任務みたいな。


(うぅっ。事前に聞いてはいましたが、これはキツいですね……)


 何気なく覗き込んだ部屋。その机に置かれていたのは、部位ごとに分けられて並べられていた人間の身体。

 組織でも食料として仕入れた動物を加工してこんな感じに分けていましたが、人間でそうなっているのを見るのは精神的にきますね。

 やはり自分と同じ人間だからでしょうか。本能的に同じ者をそう見ないよう深層意識にでも刻まれているかのようです。


 しかし、そんな人間よりも不可解なものが床に転がっています。黒焦げの何か……。

 もはや原形すらもとどめていませんが、周りに血痕が飛び散っている事からして、何者かの死骸でしょうね。 

 施設職員か、あるいは自分と同じような侵入者か。どちらにしろ、危険な臭いが増してきましたよ。


 下手したらバッティングする可能性がありますね。敵の敵は味方とは限らないでしょうし、用心しなければ。



 それから小部屋が並ぶ廊下を抜け、最奥の大きな扉を開くと、そこは物凄く広い工場でした。

 聞かされていた通り、私達にとっては見た事も無いような異世界の文明を交えて作られた施設です。

 他の部屋と同じように、所々で施設職員……と思われる死骸が転がっていますね。


 工場のラインの上には、加工途中のままの人間が幾人も放置されています。

 おそらく職員達は作業中に始末されて行ったのでしょう。何者かは知りませんが、恐ろしい手際です。

 と言うか、私の仕事が無いですね。職員は始末済みですし、施設も既に機能していない……。


 せめて何か無いかと一番奥の部屋に足を踏み入れ、ついに当たりを引きました。

 大きなソファーに机、そして一番奥には偉い人が座るような豪華な椅子と机があります。

 これは間違いなくここのトップが使っている部屋。手当たり次第調べましょう――。



 ◆



(おや? 可愛い侵入者さんが居るな……)


 ヴェイデンの統治者ティアが自身の部屋に戻ると、黙々と室内の棚を漁る人物が居た。

 黒装束に身を包み、顔も目元以外を隠した明らかに不審さ丸出しの人物……。

 だが、人外となった彼女の嗅覚は、装束の下から漂う少女の香しき匂いを感じ取った。


(む、なかなかに美味そうな……。だが、今の私は既に王に降り、報酬も頂いた身。自重せねば己の命が危ういな)


 王と出会う前であれば確実に喰らっていただろうと惜しみつつ、ティアはこちらに気付かずにいる不審者に声をかけた。


「君は何者だ? ここは私の部屋なのだが……」

「!? な、何者だと聞かれて名乗る名前はありませ……いや、ご、ござらん!」


 侵入者である女――シャフタは、仕事中である事を意識し、これはニンジャっぽいだろうと思う中性的な声でそう返す。

 取ってつけたような唐突な『ござる』口調は、竜一から伝え聞いた『本物のニンジャ』像を意識したものだった。 

 そもそも竜一自身も本物の忍者を知らないので、創作物の姿を語っているに過ぎないのだが、シャフタにそれを知る由は無い。


「私の部屋――という事は、貴殿がこの部屋の主でござるな?」

「ござる……ふふふ、面白い少女だな。私はティア・ツフトという。如何にも、ここの主だ」

「ならば、話は早い。ヴェイデン壊滅のため、貴殿の首をもらい受ける……!」


 シャフタは懐から複数本の苦無を取り出すと同時に投擲する。

 ティアは手の爪を伸ばして硬質化させてそれを弾くが、その一瞬でシャフタの姿が消えた。


「ここでござる」

「なっ!?」


 背後。いつの間にか移動していたシャフタが、弾かれた苦無の一本をキャッチし、それをそのままティアの首へと突き刺す。


「……がぁっ! や、やってくれる!」


 シャフタは素早く間合いを取り、収納機能が付いた膝当ての中から何やら棒状の物を取り出す。

 長さにして十センチ程か。取り出された瞬間に下側が伸びて長さが倍程になり、上側は五十センチ以上に渡って伸び、先端が鋭く尖った。

 瞬く間に形成されたのは刀だった。立場上あまり敵と正面から当たる事は無いのだが、万が一に備えておいた隠し武器の一つだ。


「愉快な言動からついポンコツかと思ってしまったが、出来るな……」

「ポンコツとは失礼でござるな。わた……拙者は真剣にニンジャを目指しておると言うのに」

「確かに、私でも追う事すら出来なかったあの動きは、和国に伝わるニンジャを彷彿とさせるな」

「ニンジャたる者、自分で投げた飛び道具を追い越すくらいでなければ話になりませぬ」


 そう言ってシャフタが取り出したのは、かなり年季が入った一冊の書物だった。


「ここに書かれている全身黒鎧のニンジャは凄いでござる。投げたクナイを追い越す素早さに、思わぬ所から取り出されるカタナ、そして――」


 シャフタの身体がブレたかと思うと、横に同じ姿が二人現れる。そして、その二人からさらに二人出現し、どんどん数が増える。

 しかし、その人数が三十人を超えたあたりで彼女の周りの密度が限界に達し、さながら満員電車のようになってしまった。


「……何をやっているのだ?」

「う、うぐぅ……不覚でござる。こんな狭い部屋で何十人にもブンシンするのは自殺行為でござった」


 首の傷を再生させながら思わずツッコミを入れてしまうティア。

 シャフタは仕方なく分身をある程度消していき、十人くらいになった所で刀を構えた。


「日頃日陰に忍ぶ者ゆえ、決める時くらいは派手にやるでござる」


 忍者の定義を覆すような事を口にしつつ、分身共々一斉に飛び出す。


(どうやら、気を練って分身を創り出したようだな。いいな、忍者とは……面白い)


 ティアは再び『報酬』に舌を這わせると、内から漲るように魔力が溢れてくる。


(やはり、たまらないな……『異邦人の指』は! 猛毒と良薬を同時に口にしたかのようなこの独特の感覚、クセになる!)


 ティアが王からもらった報酬とは、なんと竜一の指だった。竜一が戦闘の最中に指が欠損した際に、死者の王がそれを拾って密かに確保しておいたものだ。

 本来の用途は別にあったのだが、異邦人の肉を欲してやまない存在を寝返らせるには充分過ぎる交渉材料となるに判断し、ティアに与える事にした。

 ただし、竜一の肉体は聖性の極みである存在・ミネルヴァが直々に手を加えたもの――と言うか、新たに作り直したものであるが故に、聖性の塊でもあった。


 魔に属する者達にとって、聖性は毒。最高の美味である異邦人の肉体を持ちながら、屈指の猛毒を持つという矛盾した存在。それが刑部竜一だった。

 しかし、猛毒をその身に受けながらも伝わる美味と溢れる力は本物。猛毒すらも快楽に変えてしまう程の恐ろしい味に、ティアは虜になってしまっていた。

 一気に食せば死ぬ。故にこそ……舐める。そうする事で最低限の毒で味を堪能し、力を得る。ティアは、そうして得た力を容赦なく振るった。


「狭い部屋で暴れるな! 消し飛べ!」


 単純な魔力放出。気で構成されたシャフタの分身は綺麗に消し飛び、本体も棚へと叩き付けられた。

 放出の勢いをつけすぎたのか机やテーブルまでも吹き飛んでしまったが、ティアはその辺を見なかった事にした。


「そんな!? 私の分身を魔力の放出だけでかき消した……!」


 思わず素に戻ってしまうシャフタだが、焦りからか自覚出来ていなかった。


「速度には驚かされたが、分身に関してはまだ未熟なようだな。本物のニンジャの分身はこの程度では消えぬと聞くぞ」

「ぐうの音も出ません……。私もいつか、黒鎧のニンジャのように敵を囲んで盛大にキャンプファイヤーをしたいです……」


 シャフタはその言葉を最後に、叩き付けられた衝撃もあってか気を失って倒れてしまった。

 彼女の話す内容が気になったのか、ティアが彼女の足元に落ちた書物を手に取った。


(これは……異邦人の本? 異世界の文字で書かれているが、下に翻訳が書かれているな……。どれどれ?)


 そこに描かれていたのは、全身を黒い鎧に包んだ忍者が様々な技を披露している絵だった。

 注釈としていくつかの解説が添えられているが、シャフタはこれらを真似していたのだとティアは察した。


(キャンプファイヤー……そういう事か。これを実現されたらと思うと恐ろしいな。だが、同時に楽しみでもある)


 書籍を彼女の懐へとそっと戻し、両手で彼女を抱きかかえると、足元へ出現した影の中へと沈んでいった。

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