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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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141:その姿は天使のようで

 あの屋敷を出た俺は、それからひたすらに『魔物』を狩り続けていた。

 王侯貴族――奴らは人間ではない。あのような者達が人間でなどあってたまるか。

 奴らを人間だと認めてしまったら、俺達平民は一体何だと言うのだ……。


 だが、いくら割り切ったとはいえ、さすがに他の者達と同じような惨い真似は出来ない。

 そういう事をしてしまったら、それこそ俺も奴らと同じになってしまう……そこだけは割り切れない。

 だからこそ、一つ一つの命を綺麗に絶つ。それが俺の『人間』としての最後の悪足掻きだ。


「あと、何人だ? あと、どれだけ殺せばいい……?」


 そんな時だった。血肉の臭いで穢れきった王都の上空に『天使』の姿が見えたのは。

 白きワンピースドレスを纏い、背から生えた大きな翼で飛ぶ美しき女性。しかも、二人並んで飛んでいるぞ。

 俺は、夢でも見ているのだろうか……? いや、よくよく見たらだんだん近づいてくる!


「そこの者、無事か!?」


 俺を呼ぶ聞き慣れた声……まさか。


「スピオン様!? 一体どちら……に……」


 って、よく見たら天使? と思われる美女二人にそれぞれ左右の手を抱えられ運ばれている……。これは一体どういう状況なのだ。


「すまぬ。色々と疑問に思う事はあるだろうが、先に状況を聞かせてくれないか? この惨状は一体何なのだ……」



 ◆



 彼から聞いた話によると、レジスタンスの者達は貴族の所業を見てしまったせいで暴走しているらしい。

 私も正直、聞いているだけで傷口が開いてゾンビ化しそうになるくらいに、心の奥からドス黒い感情が湧き上がってくる。

 モーヴェの所業ですら私は怒りを抑えられなかった。それを軽々しく超える惨状を見た皆の心境たるや……。


「しかしセーリオ、君は他の皆と違って冷静なのだな」

「スピオン様、俺の名前を……」

「それは当然だろう。共に戦う同志だ、どの者とて蔑ろになどするものか」


 スパイ行為をしていた輩がどの口でそれを言っているのか……という話ではあるがな。

 それでも立場上は組織の上位に立つ者。王都の腐れた者達とは違う、あるべき姿、正しき姿を見せねばならぬ。

 今までの贖罪の意味でも、かつて以上にこの組織を、そして国の皆を守らなければならないのだ。


「多くの者が我を失っているな。仕方がない、ここは……頼めるか?」

『お任せください。私達が力を合わせれば、光を失った者達に再び新たな光を与えられるでしょう』

『やりましょう、お母様! お父様が愛した国を取り戻すためにも!』


 今や光の精霊となった妻と娘が、翼を大きく広げ両手を左右に広げる。


『『光よ! 不浄なる気を消し去りたまえ!』』


 二人を中心にして光が拡散し、辺り一帯を包み込む……。自分の妻子に言うのも何だが、まるで太陽だ。

 目を開けていられないほどに眩しい光。しかし、その光には暖かさと優しさが感じられる。これは二人の想いか。


「ス、スピオン様……これは一体!?」

「安心しろ。光の術による浄化だ。負の心に支配された者達も、これで大人しくなるだろう」


 実はこの浄化。本来であれば負の力で動いている今の私にとっては、消滅させられてしまう程に危険なものだ。

 それを無効化してくれているのが、王より賜ったこの杖……。魔に侵食された天使とでも言うべき、極めて不気味な意匠のもの。

 特に呪われていたりする訳では無いらしいのだが、未だに慣れない。だが、これを手放したら私が塵と化してしまう。


「……あのお二方は? まさか、神話に謳われている天使様?」

「あの二人は我が妻子だ。事情があって、光の精霊となっているがな。神話に謳われている天使ではないが、天使と見紛う程に美しいぞ」


 ――いや、仮に本物の天使が出現したとしても、妻と娘の美しさにはかなうまい。


『あなた! 王城の方から何か凄い力が来ます!』


 妻が私の前に降り立つ。あぁ、やはりジュモーナは美しい。


『これは……結界!?』


 妻と並び立つ我が娘。フィリアもジュモーナの美しさを引き継いでいるな……素晴らしい。


『あなた!』

『お父様!』


 はっ、私とした事が妻子に見とれてしまうとは。


「す、すまぬ。何だったか?」

『たった今、王城からとてつもなく巨大な結界が広がっていきました』

「結界が……? だが、我々の身には何も起きていないぞ」

『法力結界でしたもの。少なくとも行使した方は私達を敵とは見ていないようですわ』

「……つまり、味方か。おそらくは流離人の誰かが――」


 その瞬間だった。辺り一面が一瞬にして淡い緑色に包まれた。


『こ、これは……凄まじい濃度の法力です!』

『そんな! このような大出力、精霊となった私達でも不可能ですわ!』

「……ぐぁっ!?」


 法力が私の身体を焼いた。王の杖の効果すら突き破ってくるのか、この法力は……。


『お父様! このままでは……』

『私達で守りますよ。全力で球状の結界を展開します』


 私を覆うようにして展開された結界が、特濃の法力を遮断してくれる。


「……すまぬな。二人共」 


 視界の中では、次々と同胞達がその場に倒れ込み、地面や建物を汚している血肉が蒸発していく。

 死体やそれにまつわるものは負の象徴。そう言ったものすら完全に消し去るとは……。

 もし私が杖も持たず、結界による守護も無かったら、死体と同じくして一瞬で消え去っていただろう。 


「お、おぉ……。これは凄い。今までの疲労感が嘘のようだ!」

 

 その一方で、正の力を宿した者達にとっては問題ない……どころか、癒しの効果すらあるらしい。

 セーリオは完全に出撃前のようなやる気満ち溢れた姿に戻っている。それどころか、付着した血肉すらも消え去っている。


「他の同胞達は……大丈夫なのか?」

『彼らは心に巣食っていた負の感情を消され、心身を癒された事で極限の脱力状態となってしまったようですね』

『この法力、光の精霊となった私達にとっては最高の御馳走と言えますわ!』


 元々光で淡く輝いていた妻子が、さらに輝きを増していく。光の精霊と法力の相性は抜群という事か。

 何が起こっているのかは未だに良く分からないが、少なくとも混乱した王都を落ち着かせる事は出来そうだ。



 ◆



 淡い緑色に染まった世界で、彼はふと思った。


(この日の出来事は、後の世において伝説となるであろう……。俺は今、その渦中に居るのだ……)


 鮮烈な出来事をきっかけに語り部として目覚めたセーリオは、後にダーテ王国の革命を記した書籍を執筆する事となる。

 少なからず彼の主観が入った壮大な革命の記録は、後の世で意図を外れた一大スペクタクルとして人気を博し、本人の想定以上に売れる事になるのだが、それはまた別の話……。

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