140:邪神と勇者
『その組織の名は――エビルブレイバーズ』
「エビルブレイバーズ? ……英語か?」
『組織の命名者は異邦人だ。私は異世界の言葉の何語かまでは分からないが、少なくとも異世界の言語ではあるようだ』
異邦人が名付け親でこの単語の響きなら、やはり間違いなく英語によるネーミングと見ていいだろうな。
エビルは邪悪を、ブレイバーは勇者を意味する。複数形だから、直訳すると『邪悪なる勇者達』ってところか。
このネーミングの時点で何となく察せたぞ。エビルブレイバーズというのが、どんな組織なのか……。
『そもそもな話として、まずは邪悪なる神――邪神の話をしておかねばならないな』
ある時を境に魔界における有力者の幾人かが突然豹変し、力を持ちながらも穏健だった者達が急に好戦的になるという事態が発生した。
それにより各地で国を分割するような大きな戦争が頻発する事となり、中でも豹変した者が勝って支配者となった国はさらに別の国へと攻撃を仕掛けていった。
魔界における上級層・魔族による戦乱は、同族の魔族はもちろん、下級層である魔物やその他生物を巻き込み徐々に範囲を拡大していく事になる。
他人事ではなくなったのは、フィンスターニスと呼ばれる国においてコープセスベルク家という有力貴族の当主が豹変した時であった。
今まで国を二分する勢力であるレーゲンブルート家と共に手を取り合い仲良くやっていたのだが、ある日突然コープセスベルク家が反旗を翻して宣戦布告してきた。
それにより多くの者が討たれ、あるいは失踪し、国内は凄惨な状況へと変わり果てた。コープセスベルク家当主は、その様子に満足げに笑っていたという。
後にその当主を討ったレーゲンブルート家の者は、相手の発する力の中に『別の強大なおぞましい何か』を感じたと語っている。
その『何か』こそが、後に邪神と呼ばれる事となった存在が与えた『闇の力』であり、その者の思考を狂わせ闇へと堕とすドラッグのようなものに他ならなかった。
他の同じように陥った者達の状況を合わせて判断するに、闇の力の影響下に陥ると積極的に争いや混乱を引き起こすようになる――と結論付けられた。
そこから、力を与えた存在は『争いや混乱を引き起こす事』を目的にしていると推測され、各所でその正体が探られ始めた。
しかし未だに誰も答えに行きつかない。確かに何かが存在するが、その存在を明確に肯定できない。故に『神』という表現が用いられることになった。
それ故の邪神――邪悪なる神と言う表現。本当に神たる存在なのか、ただの一個人なのか、あるいは推測にすら及ばない未知の何かなのか……。
『確定しているのは、邪神は魔界で生まれた存在であり、今までに自身では直接手を下すような事はしていないと言う点くらいか』
レーゲンブルート曰く、こちらの世界で『闇の力』に魅入られた存在を感じたのは、魔界での戦乱の後だという。
そう言えば、魔界ではちょくちょく空間の穴が開く現象が発生しているんだったな……。それを通じてこっちへやってきたか?
いや、魔界においてすら自身で直接手を下していないと言うのなら、こちらの世界に直接手を下すのは不可能だろう。
「……そもそもな話、何故邪神はわざわざこちらの世界にまでその手を伸ばしてきたんだ? 魔界を混乱させるだけでは飽き足らないのか?」
『その通りだ。おそらくだが、奴は単純に『自身の手の届く範囲』には全て影響を及ぼしていると思われる。空間の穴を介してこちらの世界に手が届いてしまったというのなら、それはつまり奴の範囲に収まったと言えるだろう』
「傍迷惑な話だな。だが、強大な魔族すらも豹変させるほどの力の持ち主ならば、間違いなく空間を超える事は出来ないな。それで、こちらで動かすための尖兵を作り出す事にしたという訳か」
『その尖兵第一号こそ、当時召喚されていた異邦人の勇者達の中でも最強とされていた存在――通称・シンと呼ばれる男だ』
やはりか。俺は組織名を聞いた時から、奴らが悪しき力に魅入られてしまった元勇者達なのだろうと推測を立てていた。
「いきなり当時の最強が邪神の尖兵に成り下がるとか、世界からしたら悪夢的な出来事だろうな……」
『いきなり別の世界から呼び出されて、使命と共に右も左も解らぬ異世界へ放り出されるのだ。勇者とて人間、内に渦巻く不安……闇は想定以上に大きいという事だ』
なるほど。確かにその『闇』は異邦人でないと抱えない類のものだな。それが、現地人よりも付け入りやすかったという事か?
『いきなり良い拾い物をしてしまった邪神は、シンと同じ『異邦人の勇者』に目を付け、異邦人達と同郷であるシンを利用して次々と勧誘していった』
「今更だが、この世界にはそんなに次々と勧誘する程に沢山の勇者が存在するのか? 勇者の価値、安くないか……」
『どうも異邦人達は皆して勇者召喚を特別なものだと思っているようだが、残念ながらそう特別なものではない。なぁ? リチェルカーレよ』
レーゲンブルートが話を振ったのはリチェルカーレ。彼女が話を引き継ぐようにして語り始める。
「キミ達にとっての魔王の印象が違ったように、勇者召喚の印象も違うのさ。この世界においては『困った時の勇者頼み』と言わんばかりに勇者召喚がありふれている。儀式で口にされる願いナンバーワンさ」
モンスターが跋扈し、人同士の間ですら命の奪い合いが起きている世界だ。危機も多くて当然だろう。
危機の規模によっては自分達ではどうにもならない事もある。そんな時に飛びつくのが勇者召喚という訳か。
かくいう俺も、ツェントラールの危機を救うために呼び出されている訳だが……あれ?
「そういや俺って危機を救うために召喚されてるけど、別に『勇者』ではないんだよな……」
「勇者召喚ではなく、普通に召喚されてるからね。そこはアタシがエレナにアドバイスをして普通の召喚にしてもらったんだよ」
「……お前がわざわざそういうアドバイスをするって時点で、何か勇者召喚にデメリットがあるように感じるんだが」
「ご名答。一言で言うと、勇者召喚とは『勇者の力』を召喚者に付与するものだ。一方で、通常の召喚にはそう言った付与がされない」
「勇者の力……言葉の響きからすると凄い能力のように思えるんだが」
「さっきも言ったけど、キミ達の世界では勇者という存在に幻想を抱き過ぎているようだ」
リチェルカーレによると、勇者の力とは単純に言えば『願いを叶えるに足る力を与える』というものであるらしい。一見すると凄い特典のようだが、願いによって与えられる力に大きく差異が出る。
例えば、召喚者の願いが『魔王を倒す事』であれば魔王を倒すに相応しい力が与えられるが、それが『野盗を倒す事』であった場合、野盗を倒すに相応しい力しか与えられないのだという。
「しかし、人間は欲深い生き物だ。例え野盗を倒すために呼びだした勇者であっても、その次はモンスター、その次は魔族など、要求するハードルは次々と高くなる。だが、最初に要求された目標以上の相手には勝つ事が出来ない」
魔王は魔界の魔族の事だから、それを倒せる程の存在となれば相当な強者だろうが、野盗を目標として定められた勇者は悲惨だな。
限界の強さが『同じ人間達を倒せる程度の強さ』しかない。そんな存在にモンスターの討伐や、魔族の打倒を要求するなど無謀にも程がある。
彼女曰く、勇者を召喚した者達も勇者自身もそのようなシステムを知らないらしく、別に悪気がある訳ではないらしいのだが。
「そもそも、何故そんな仕様になっているんだ……?」
「一番最初に『勇者召喚』のシステムを考案してミネルヴァ様に願った奴の目論見さ。奴は勇者を頼ると同時に、恐れてもいた」
自分達にとっての脅威を勇者が倒した後、勇者自身が新たな脅威とならないか。そんな不安が、勇者に際限無き強さを与える事を恐れた。
故にかけられたリミット。かつての勇者の中には、脅威を排除して疲労困憊の所を討たれてしまった者も居るらしい……。
「そんな恐れから、もう一つ与えられた制限。それが、即戦力にはならない事だ。いきなり力の全てを行使する事は出来ず、勇者に与えられた力が完全にものになるまでにしばしの修練を必要とする」
これは、もし勇者が人格や性格に問題があると判断された場合、弱いうちに始末出来るようにと与えられた猶予期間であるらしい。
異世界人を神の使いの如く神聖視する者達が居る一方、自分達の世界の者ではないからと、替えが効くモノの如き扱いをする者達も居る。
そんな後者の者達が、勇者が牙を剥く前にどうにか出来るようにと、勇者召喚のシステムに組み込んだという。
……そりゃあ勇者達の心に闇も生まれるわ。
一体今までに何人が召喚されたのかは知らないが、まともな扱いを受けて大成した勇者の方が数少ない気さえするぞ。
異世界へ渡ったとはいえ、当事者にとっては現実の世界であり、物語の世界ではない。創作世界における主人公じゃあるまいし、そうそう上手くはいかないわな……。
あぁいう作品は奇跡的な確率で様々な事が上手く行くように出来ており、ほんのわずかしかない可能性の糸をつかみ続ける綱渡りの話だからな。
俺にそんな物語と同じような生き方が出来るかと言われればノーだ。現に、何度も能力が無ければ死んでいた場面があった。
この過酷な世界を一度も死なずに切り抜けるという事がどれだけ大変な事なのか、身を以って知ったよ……。




