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011:魔術講義

「せっかくだし、リューイチに魔術の説明をしながらやらせてもらうよ」


 そう言って、リチェルカーレは右の掌の上に赤い球体を作り出した。大きさはテニスボール程だろうか。


「まずこれが魔力の塊。発現すると赤い力となって現れるから解りやすいね。で、これを……」


 赤い球体が炎へと変貌して激しく燃え上がった。


「こうやって現象へと変える事で魔術が発動する訳だね。まぁ、現象は他にも――」


 激しく燃え上がっていた炎が、何と一瞬にして水へと変貌した。

 まるで無重力下を漂っている球体状の水のようだ。しかし、そのぶよぶよした水の球体が、今度は一瞬にして岩の塊となる。


「ちょっと待ったー! それって『現象変化』の魔術ですよね……? まさか、会得されていたんですか!?」


 と、そこでアイリさんからちょっと待ったコールが入る。


「ふふ、見ての通りさ」


 リチェルカーレはさらに岩の塊を電撃に変えてみたりしている。


「それは確か、伝説の『賢者ローゼステリア』の弟子の一人『変化の魔導師エンデル』が編み出した魔術ですよね」

「だね。発生させた現象を即座に別のものへ切り替えられるのは便利だし、覚えておいて損はないよ」

「それってそんな易々と覚えられるものでしたかね……。難解過ぎて覚えられない魔術の一つだったような」


 アイリさんが首をひねっているが、首をひねりたいのは俺も同じだった。


「……すまん。説明してもらっていいか? いきなり良く分からないんだが」

「あ、申し訳ありません。では順を追って簡単に説明させて頂きますね。まず何を知りたいですか?」

「現象変化の魔術とやらに驚いていたが、それはそんなに驚くようなものなのか?」

「魔術とは魔力を様々な現象に変換するものです。例えば魔力を炎に変えたら、その時点で魔力は炎を形成するための力……いわば燃料となってしまいます。この状態で、それを水に変えるのは本来不可能なのです。改めて魔力を練り、それを水に変換しなければなりません。ですが、エンデルの編み出した魔術はどういう訳か、現象に変換した後であってもさらなる変換が可能なのです」

「この現象変化を使えば、例えば炎の弾を放ったは良いものの、当たる直前でその敵には炎が無効だと判明した瞬間に水などの他の現象へ変える事が出来るのさ」

「普通だったら、そのまま効かない炎の弾をぶつけるしかない所を、直前で効く別の攻撃へと切り替えられる訳か。無駄がなくなるな……」

「ですが、賢者ローゼステリアおよびエンデルを始めとした弟子達の編み出した魔術理論は非常に難解な上、資料を閲覧するための権利料も非常に高額なんです」


 元々の世界における特許と、その実施料みたいなものか……?


「この魔術理論は著者である術師が独自に編み出した唯一無二のものである――と国に認められた場合、国によって買い取られて守られるのさ。以降は国によって管理される事となり、他の人間がその理論を閲覧するためには国に料金を支払わねばならない」

「ちなみに利用料の一部は術者に還元されます。編み出した理論によっては需要が高く、懐に入って来る額も馬鹿に出来ないものになってきますので、独自の魔術理論を開発する事を夢見て生涯を費やす者も多いと聞きます」

「中には野放しにすると危険な魔術理論もあるし、理論自体が安全でも会得しようとする者が危険である場合も考えられる。そういった管理の意味も含め、国で魔術理論を買い取っているんだ」

「ただし、自己申告制なので魔術理論を開発しておきながらそれを表に出さない者も居ます。こういう場合、見つかったら罰則となってしまいます。危険な内容であった場合は最悪極刑もあり得ます」


 罰則……か、そりゃ当然だよな。例えば、使い方次第で人殺しにも有用な魔術理論を持った者が闇に隠れられたら恐ろしい事になるもんなぁ。

 そう言ったものを買い取って管理する事で危険の流出を防ぎ、利用料を還元する事で術者に利を与え、悪用しようという気を起こさせないようにもしている訳か。

 また、料金を支払った際に閲覧を希望した者の情報を控えておけば、それを悪用した際にもすぐに犯人を特定する事が出来るだろう。


「魔術理論は容易なものほど安く、難解なものほど高い。また有用であるほど値が上がり、使い所が無さそうなものは値が下がる。さっきアタシが使って見せたものは『難解』かつ『有用』な魔術だから、そこはお察しだね」

「ただ、料金を支払っても可能なのは『魔術理論を見る事』のみで、それを体得できるかどうかはまた別の話となります。そこからは、当人の実力と知識が問われる事になる訳ですね。それでも、先達の残した偉大なる英知に触れようと、高い金額を出してでも高名な術者の魔術理論を閲覧しようという研究肌の術者達は多いですが」

「魔術マニアってやつか……。何処の世界でも、趣味のためならばとことんまでに金をかけるって層は居るもんなんだな。ちなみに一番安いものと高いものって何なんだ?」

「一番高いのは当然の事ながら賢者ローゼステリアが記した、通称『賢者の叡智』でしょう。これをマスターすれば『出来ない事は無い』と言われているくらいですし、国が傾くくらいの料金が設定されていると聞きますよ……」

「逆に一番安いものはいくつもある。権利料の最低ラインは百ゲルトだからね。例えば『手から嫌な臭いを出す魔術』とか、この最低ラインだよ」

「なんだその微妙な魔術。まるでにぎりっぺみたいな……」

「例えどんなに微妙な魔術でも、その時点で『唯一無二のもの』でさえあれば良いのです。ある意味『どれだけ奇抜な発想が出来るか』を競い合っているようなものですね」


 まるで近年のギネス記録みたいだ。あまりにも奇抜な内容過ぎて、他に誰も挑む者が居ない項目が乱立しているような感じ。

 凄い魔術を世に残そうと頑張る魔導師達が居る一方、こうした珍妙な方面で滑り込もうとする街の発明おじさん的な魔導師達も少なからずいるんだろうな。


「補足として、さっき使って見せた火や水と言った属性の魔術に関しては権利云々の制度が出来る前から存在するものだから、誰がどう使おうとも自由なんだ」

「世の魔導師達が研究に勤しんでいるのは、いわば属性外の分類不定な魔術になりますね。属性魔術は既に教科書化されている体系ですし、魔導師養成学校で学ぶ事が出来ます」


 そういやさっきもやり方を教えてもらって、俺も炎を出せたっけ。属性魔術はハードルが低いんだな。

 確かに属性外の魔術……と言われても、まず何をどうやってやるのかがわからんし、属性魔術と比べたらハードルは高そうだ。


「属性魔術に関してですが、個人によって相性の良い属性と相性の悪い属性があり、相性の良い属性は容易に発現できますが、相性の悪い属性は発現が難しいです。リチェルカーレさんはその辺関係なさそうですが……」


 確かに、リチェルカーレに相性の善し悪しは関係なさそうだ。掌の上で次々と属性を変えてるもんなぁ。そこに発現が難しそうな様子は微塵も見られない。


「基本的な属性としては火、水、風、雷、地、木、光、闇が八属性として存在する。属性内においての性質変化も可能で、例えば水なら氷に変化させたり、熱湯に変えたりする事も出来る」


 なるほど、同じ属性内における性質変化であれば問題なく可能という訳か。水属性と氷属性が別に存在する訳ではないんだな。


「そんな属性魔術だが、一つ欠点もある。例えば風だが……」


 リチェルカーレが再び手の平に魔力を練り上げ、赤い球体を作る。そしてそれを変化させ……何やら緑色の筋状のものが激しく動き回る球体となった。


「本来、風とは目で見る事が出来ないものだ。しかし、魔力から産み出した風はこうして視覚的に見えるようになってしまう。わかりやすくなったと言えば聞こえはいいが、アタシはデメリットだと思ってるよ」


 風の魔術だったのか。確かに創作物で風を視覚化しているのは良く見たが、魔力由来の風だと実際に視覚化されてしまうんだな。


「実はさっきの火や氷なども魔力由来のものだと若干色が違うんだ。比べるものが無かったから解りづらかたっとは思うけど」


 この世界においては、魔力で造り出した物が解りやすい――って事なのかな。


「他の現象はともかく、風の変化は大きい。そこで、本来の風に近い魔術を生み出したわけだが……アイリ、そろそろ仕掛けるから構えてくれ」




 先程から一緒に説明に加わっていたアイリさんがリチェルカーレから少し離れ、何処からか取り出したショートソードを手に構える。

 アイリさんは剣士だったのか。衣類こそギルド制服だが、和やかな雰囲気から一転、キリッとした目つきで油断なく構える様はまさに冒険者といったところか。


「いつでもどうぞ。魔導研究室長の魔導師としての力、見せ――!?」


 と、台詞を言い切る前にアイリさんが吹っ飛んだ。おそらくあれだな。城で兵士を、ギルドでガランという男を吹っ飛ばした空気弾。

 一般的な兵士や噛ませ臭がする冒険者はともかく、Bランク冒険者だというアイリさんですら反応できないのか。


「リューイチは既に知ってるだろう? 風の『本来は見えない』という利点を活かした魔術さ。この見えないというのは意外と厄介なものでね……」

「意外と――どころじゃない気がするが。どうやって避けるんだ?」

「これも所詮は魔術の一つに過ぎない。故に必ず魔力の発現が起こる。それを感じ取る事が出来ればどうとでもなるさ」


 曰く、ほんの一瞬ごくわずかだけ魔力を練って爆発させ、その衝撃で空気を弾と化して飛ばしているらしい。

 その一瞬さえ感じ取れば魔術の発動を察知でき、後は前後の状況から推測を付けて何処へ飛んでくるかを予想すれば避けられるという。


「……痛たた。無茶振りにも程がありますよ」


 アイリさんが額をさすりながら立ち上がる。どうやらそこに当たったらしい。


「無茶なものか。上級魔族クラスとの戦いともなれば、このレベルの魔術の応酬は当たり前だよ」

「いち冒険者にそんなレベル要求しないでくださいよ……。上級魔族って言ったら国が総力あげて戦うレベルの敵じゃないですか」


 国が総力をあげて戦うレベルの敵が居るのか。魔族と言えば、これまた創作物でよく聞く定番の種族だが……。

 やっぱそれらを束ねる魔王とかがバックに居たりするんだろうか。後で聞いてみるか。


「説明だけ聞くと簡単そうに思えますが、その魔術を実現するのに一体どれだけ精密な魔力操作が必要なのやら。まさかこれ程の使い手とは思いませんでしたよ」

「これ程……って、アタシはまだほとんど何もやっていないじゃないか。さすがに判断が性急過ぎやしないかい?」

「現象変化と空気弾で充分規格外の存在だと判断できる気がしますが。並の魔導師じゃあ使えませんよ、そんな高等技術……」

「まぁまぁ、そう言わず。せっかくだから、もう一つ面白いものを見せてあげようと思っていた所なんだよ」


 そう言ってパチンと指を鳴らすと、リチェルカーレの背後に黒い穴が開いていく。

 それは徐々に大きさを増し、最終的に十メートル程の大きさになったところで止まり、穴を囲うように魔法陣が展開する。

 直後、穴の奥の方からビリビリと大気を震わせるような凄まじい力が流れ込んでくるのを感じた。

 ギルドの入り口ではまだ力を発現していなかったためか何にも感じなかったが、発現した今ならそれが解る。


「一体、何をするつもりなんだ……?」


 ……なんか気のせいかゴゴゴゴって大気が震えているような気がする。

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