126:合流、そして……
『さて、状況を見るに後は王城へと乗り込むだけのようだな』
王が見据えるのは、広場の向こうに見える小高い丘にそびえる王城だ。
広場の奥にある門を抜け、短くない坂道を登っていく事でようやくたどり着く事が出来る。
ツェントラールやコンクレンツとは異なり、城下町と城の間に距離があるパターンだ。
(防衛意識の高さがそうさせるのか、はたまた馬鹿と煙は何とやらか……)
俺は間違いなく後者が理由だと思った。あの高い位置ならば、王が頂上に立って全てを見下ろせる。
建物の高さや立地の高さで物理的に身分の高さを表し権力を誇示するのは、元々居た世界における歴史でも良く語られた逸話だ。
そんな趣向のダーテ国王に、今は既に無きエリーティのオーベン・アン・リュギオンを見せでもしたら、卒倒しそうだな。
「今更だが、この国は騎士団やら魔導師団やらが攻めてこないんだな。コンクレンツ帝国だと数千人規模の待ち伏せがあったが」
コンクレンツ帝国の場合は、俺達が事前に侵攻を予告していたからこそ、バッチリ迎撃態勢が整えられていたってのもあるんだけどな。
今回はそう言ったものが無い不意打ちではあるが、それにしても警備兵達の小さな集団にすら遭遇しないのはおかしくないか?
「あぁ、それなら答えは簡単だ。レジスタンス達が国中のあちこちで一斉に暴れ始めたから、みんなその対処に追われてるのさ」
今回王都に乗り込んだ者達は、あくまでもその時点で本部ロビーに留まっていた隊員達に過ぎない。
当然それ以外の場所に支部を構えている同胞達も居る訳で、もちろん彼らに対しても王都侵攻の伝令は伝えられていた。
ただ、彼らに対して伝えられたのは王都へ侵攻する本隊への合流ではなく、それぞれの現地での陽動だった。
「皆が攻めているのは騎士団の駐屯地や、貴族達が物品を保管する倉庫などだ。これらはさすがに防衛せざるを得ぬだろう」
「駐屯地はともかく、貴族達の倉庫に損害でも出れば守れなかった者の首が飛ぶだろうからな。そりゃあ騎士団も必死で守りにいくわな」
「あくまでも陽動だから深追いせぬようには伝えてあるが、貴族達への恨みが強い者達は逸っておるだろうな……」
「普段ならば止めるところだが、今回はその逸りすらも時間稼ぎとなる。現場の者達には酷だが、そこは自己責任としておる」
酷い言い方をすれば捨て石だな。指示通りに行動すれば良し、指示を守らなくても時間を稼げばそれで良し。
とにかく騎士団を引き付けさえすればいい。純粋に正義を掲げる組織であれば出来ない芸当だな。
最終的に目的を達成するためならば、時には汚れた事すら行う覚悟……。言葉ばかりの正義よりかは余程マシだ。
「なるほどな。ちゃんとその辺は手回しをしていたという訳か……」
「とは言え、王都や王城の警備をする部隊は残ってるぜ。王都の部隊の方は、レジスタンス達を抑えに行っているようだがな」
「途中で様子を見た限りでは、一部の者達が発狂しておったな。貴族共の屋敷で見たものに耐えられなかったか」
「仕方あるまい。余も初めて見た時は吐いたのだ。あのようなおぞましき所業を、同じ人間がしているなどとはとても思えなかった」
ジーク達によると、レジスタンス達は王都内に散って貴族の屋敷を襲撃し、さらわれた平民達の救出や物資の奪還を行っていたらしい。
大半の者が例え貴族と言えども『人を殺す』という事に抵抗を抱いていたのだが、その過程で貴族達の所業を見た事で平常心を保てなくなり、貴族達への憎悪が爆発し暴徒化。
最初は躊躇っていたハズの殺人を容赦なく行うようになり、しまいには女子供だろうと容赦なく虐殺し、死した者を冒涜するような事すら行っているという。
「……放っておいていいのか?」
「本来意図していた形とは違うが、どのみち貴族達は全て誅する予定であった。今はやむを得ぬ」
「先に革命を終わらせる。それでもなお、同胞達が収まらぬ場合は……残念であるが」
非情の決断。だが、おっかなびっくり戦われるよりかは、暴徒と化した事で全力で騎士団と衝突してくれた方がいい。
時に勢いは力となる。あっさり排除されるハズだった者達が、予定外の粘りを見せてくれるかもしれない。
「じゃあそろそろ乗り込むか。突入するメンバーは揃ったか?」
「リチェルカーレ殿の姿が見当たらぬようですが……」
「あいつは空間転移で何時でも何処でも来られるから問題ないだろう」
リチェルカーレの行動パターンが良く分からないのはいつもの事だ。
本当に助けが必要な時にはひょっこり現れるだろうから、気にしないでおこう。
『少し待ってもらおう。彼らがもうそろそろ到着しそうだ』
王が空を指し示すと、まさにそこから翼の生えた女性二人がこっちに向かって飛んできていた。
良く見ると、二人にそれぞれ片腕を抱えられるようにして運ばれてくる者も居る。あれはもしかして――
「スピオンではないか! 奴を運んでおる女性達は……」
「おぉっ! なんて美しいんだ! まさに天使! エンジェル!」
ステレットがはしゃぎ出す。だが、奴の言う事も分かる。一人は美しく、もう一人は可愛らしい感じ。
親子なのだろうか、非常に雰囲気が似通っている。白いワンピースドレスというのも、清純さを感じさせる。
さらには、俺達の世界で想像されているような天使と全く同じと言っていい形状の大きな翼。
「……うむ、天使だな」
◆
「リューイチさん、ガン見してますね……」
「もしそういう事になったとすれば、非常に手ごわそうな相手です」
後方で治療に専念していた二人は、突然現れた天使のような存在に警戒心を抱く。
少なからず竜一を意識している彼女達にとっては、競合相手の増加は危惧する所であった。
『安心せよ。あの者達はスピオンの妻子。お主達が思っているような事にはならぬわ』
「「なぁ……っ!?」」
しかし、そんな分かりやすい彼女達の心配を、死者の王がバッサリ切り捨てる。
指摘された二人は、面白いように顔を赤くして慌てふためき、言葉を失ってしまった。
『(はっはっはっ、若いとは良いものだ……)』
人間を辞めてから日の長い王にとって、久々得たひとときの和みだった。
◆
天使と見紛うあの二人は、スピオンの妻子との事だった。しかし、人間が精霊化できるとは驚きだ。
リチェルカーレと合流したらその辺も聞いてみたいところだ。魔術の世界は奥深いな……。
報告を受けていたジークやヴェッテ、ステレットらが物凄く驚いていたから、余程のイレギュラーなのだろう。
「精霊化……のぅ。まさか、久々の再会でこんなにも驚かされる事になるとはな……」
『申し訳ございません、ヴェッテ様。窮地で閃いた苦肉の策だったのです』
『おじさま、ごめんなさい。モーヴェの手に掛かる事でお父様に迷惑をかけたくなかったのです』
ヴェッテとスピオンが交友関係にあったように、その奥さんと娘とも面識があったらしい。
ジークの方は当時幼かった事もあってかハッキリとした面識はないらしく、ヴェッテの横で静かに控えていた。
ステレットはさすがに空気を読んで黙っているが、その目はしっかりと妻子の様子を観察していた。
「いや、むしろ詫びねばならぬのはこちらだ。いくらスパイであったとは言え、余はスピオンの首を刎ねたのだ」
『王子が詫びる必要はございません。全ては、奴の奸計に乗ってしまった私の責任。むしろ、裁かれた事で禊が出来たとすら感じております』
「だが、死者の王が居なければお主は本当の意味で死んでおった所なのだぞ……?」
『当然の事ながら王にも感謝しておりますとも。おかげで、再び愛する家族と共に居られるのですから』
もし死者の王が居なければ、死後のスピオンには思考する術すら無かっただろう。
真意を吐かせるためにと行った悪魔の所業の如きゾンビ化も、事が進んでみればまさかの救済に繋がった。
世の中、本当に単純には事が進まない。後に何がどう影響してくるのか、読むのは不可能に近い。
(ま、だからこそ面白いんだけどな……)




