125:密接な協力者
「お、お主は……!」
治療が終わったステレットの顔を見て、口をあんぐりさせるジーク。
ヴェッテも信じられないようなものを見たかのような目で、彼の様子を窺っている。
「ステレットではないか! まさか、レミアと戦っていたのがお主だったとは……」
「ん……? あぁ、誰かと思ったら王子じゃないか。何でまたこんな所に?」
「何でって、侵攻しに来たに決まっているであろうが! そんな時以外にここへ来る事などあるか!」
「あー、なるほど。ついにその時が来た……って事か。じゃあ俺っち、もしかして戦う相手を間違えちゃった感じ?」
王子に対してすら砕けた口調のステレット。レミアと王子を交互に指さして「仲間なの?」とつぶやいている。
「あの……。知り合い、なのですか?」
当然の事ながら、レミアは彼という存在に対して疑問を抱く。
「うむ。ステレットは幼き頃より余とよく遊んでいた兄貴分のような存在でな。同時期に出奔し、我らのレジスタンスに合流してくれた」
「合流……って、それじゃあその方は『味方』という事ではないですか! だったら、何故私の行く手を遮ったんですか……」
「それは、その……すまぬ。敵地に潜入する役割故、こちらの動きや新規に加わった協力者の事などを伝えられていなかったのだ」
「ごめんよー。俺っちのここでの役割は王城へ続くこの門の守護なんだ。表向きの仕事を手ぇ抜く訳にもいかなくてさ」
ステレットはヴェッテの訓練にも耐える事が出来た数少ない一人だった。故に、その強さの領域は並の者達と比べて一線を画している。
そして、心身共に常人を超えたその強さがあったからこそ、魔窟とも言える王都に留まっていてなお、完全に魔に染まる事無く居られるのだ。
「久しいな、ステレットよ。どうやら、あの時よりもさらに成長を続けているようだな」
「あー……そりゃあ師匠も一緒に来ているわな。みっともない姿を見せちまったぜ」
「みっともないだと? とんでもない。正直、ワシは驚いておるのだ」
ヴェッテは所々に痛々しい傷が見えるレミアに目線をやる。彼女は今まさにエレナの治療を受けている最中だった。
実際に戦った彼だからこそわかる。レミアに傷を負わせるという事が、どれだけ大変な事なのか……。
「ワシと王子ではまともな傷すら負わせられなかったレミア殿に、よくぞ手傷を負わせたものだ。称賛に値する」
「へぇ、そいつは光栄だ。もしかして俺っち、王子や師匠を超えちゃった感じ?」
「調子に乗るな。さすがのワシらも一撃で気絶などと言うみっともない結果に終わってはいないわい」
「うはぁ、手厳しいねぇー。今回はあの可愛い子ちゃんに破られちゃったけど、技を更に磨いて絶対に師匠にぶつけてやるかんな」
「楽しみにしておるぞ。さて、あちらの治療も終わったようだし、改めてお主の紹介と行こうかの」
ヴェッテに促されて起き上がったステレットは、レミアに対して再び名乗った。
「……と言う訳で、俺っちはステレット・コラヴォラトーレ。ヴィーダーの潜入部隊の一人だ」
「レミア・ヴィント・ヘルムヴァンダンです。今は『流離人』という名の冒険者パーティを結成しています」
「ヴィント……! って、あの!? くぅ~っ、通りで強い訳だ。今思えば、あの銀色……間違いない。まさか女の子だったとはね~」
「ご存知でしたら話が早いですね。長らく休業していましたが、最近ようやく復帰を――」
その瞬間、王都全体を揺るがす轟音と共に、とある一角が唐突に大爆発を起こした!
思わず耳を塞ぐ程の激しい音に、立っていられない程の振動、直後に吹き荒ぶ凄まじい衝撃波。
土煙を舞い上げ、瓦礫を飛ばし、それらが近隣一帯に脅威となって降り注ぐ。
レミア達はすかさず防壁を張って凌ぐ。爆発の大元は王城前広場よりそう遠くない屋敷だった。
屋敷は一瞬にして吹き飛び、地獄の釜でも開いたかのように炎と煙を噴出させ続けている。
「な、何が起きたんですか!?」
防御に有用な法力に長けるエレナが、驚きつつも皆を包む結界を展開する。
「ありゃあ大公の屋敷だ。もしかして何か仕組んでたのか?」
「いや、余達の仕業では……」
「もしかしたら、あれはリューイチ殿かもしれん」
ヴェッテはリチェルカーレから聞いていた話を思い出していた。
一番最初に先行した死者の王に続き、竜一も空間転移で先んじて王都へ向かったのだと。
彼らが既に活動を開始しているというのであれば、この異変も納得が出来る。
「そう言えば、先行して王都に潜入しているという話でしたね」
「……その通りだ」
「ほら、リューイチさんもこのように……って、えぇ!?」
レミアの背後に突然出現する竜一。
「ど、どうしてここに!?」
「王の空間転移で飛ばされたんだよ。大公の屋敷が爆発し始めたからな」
「おぉ、やはり大公の屋敷に潜入していたのですな」
竜一は頷くと、潜入の過程はぼかして、ザッと屋敷の中で体験してきた事を語って聞かせた。
大公が強さの信奉者であり、人の壁を超えるために魔族化を受け入れ、さらには人や動物の魔族化の実験も行っていた事。
そして、それらの技術をもたらし、国を欲している魔族を寄越した黒幕的な存在が背後に潜んでいる事……。
「大公……。あ奴とは若き頃、共に肩を並べて戦った事もあったが……道を誤ったか」
「人を捨て魔族となり、人を喰らい、人を実験に使う……。踏み込んではならぬ領域に踏み込んだが故の末路だな、愚か者が」
旧知だったヴェッテは何処か悔し気に。ジークは、かつては臣下でもあった男の変貌ぶりに落胆を隠せない。
「ちなみに今起きた爆発は、その黒幕が大公に与えた技術を破壊するために起こしたものだ」
「後で踏み入られて調べられでもしたら都合が悪い……と言う事か」
「それは何とも用意周到ですな。もしや、他の貴族にも同じような例があるやも」
「へー、すげぇな。俺っちでも大公の屋敷の奥にまでは踏み込めなかったのによくやるぜ」
「……いつの間にかメンバーが増えてるな」
「俺っちはステレットだ。王都への潜入捜査担当、とでも言えばいいのかな」
ステレットは王都に騎士として身を置きつつ、密かにヴィーダーへ様々な情報を送っていた。
貴族達がいつ何処の村へ向かうのか。裏でどのような取引を行っているのか。さらわれた村人の行方は……などなど。
しかし、そういう立場を得てしまっているが故に、竜一のような大胆な部分までを探る事は出来なかった。
「俺は刑部竜一だ。一応、流離人って冒険者パーティのリーダーだ。冒険あんまりしていないけどな」
「ははっ、確かに。普通の冒険者はこんな所で革命に参加したりなんかはしねぇわな。その名前の響きからすると、和国者か?」
「残念ながら異邦人だ。ジークやヴェッテからは何も聞いていないのか?」
「いや、色々聞く前に事態が動いてしまってな……」
早くも気心知れた悪友みたいなノリでつるみ始める二人。独自の男の世界というやつである。
レミアもエレナも、さすがにこんな素早く親し気に話し始める事は出来ないだろう。
「リューイチさん。それで、王はどちらに……?」
「あぁ、王なら――」
伝えようとした所で、今度は王都の別の場所から巨大な光の柱が立ち上った!
先程の爆発のような轟音や地響きはないものの、肌にビリビリ感じる程の凄まじい力が光と共に一帯を駆け抜けていく。
「……これは、癒しの力?」
「不思議ですね。疲労感までもが和らぐようです」
「リラクゼーションというやつか……」
その場に居た一同は、温かくも優しい感覚に包まれ、心身ともに癒される感覚を味わった。
従来の治癒魔術であれば取れない疲労感までもが吹き飛ばされたような気持ち良さに、一同は敵地の只中である事を忘れそうになる。
「この力、エレナに勝るとも劣らない凄まじいものですね。一体、何者が?」
「おそらくですが、この感じは精霊……光の精霊の力だと思います」
『……ご名答だ』
「「きゃあああああああああ!!」」
不意打ちで女性陣の背後に出現した死者の王に、エレナもレミアも思わず可愛い悲鳴をあげてしまう。
『むぅ。特に何かしたつもりは無いのだが……』
「いやいやいや、そのビジュアルでいきなり出てくる事自体が既にやらかしてるからな」




