124:拳は添えるだけ
ドグシャァッ!
と、鈍い音が響き渡ったのはその直後の事だった。
レミアの突き出した拳が、ステレットの顔面を深く抉るようにして突き込まれている。
その衝撃の大きさと威力の程は、の○太もビックリするほどの顔面の惨状に大きく表れていた。
たった一撃でステレットはその場に縫い付けられたように動きを止めてしまった。
「……痛い目を見ると言ったでしょうに」
それから間もなく、重力の存在を思い出したかの如くステレットが地面へと崩れ落ちる。
明らかになった彼の顔面は、下手したら死んでいるのではないかと思える程に内側へと食い込んでいた。
かろうじて弱々しく息をしている感じはあるが、確実に鼻の辺りは砕けているだろう。
『うっわー……。レミア、えげつない事するわね。相手の顔面砕くとか、乙女のする事じゃないわよ』
「わ、わざとではありません! 私はただ、この方が飛んでくる場所に拳を置いただけで、力は相手に触れるためと拳を護るためにしか使っていません!」
つまり、ステレットは自ら置かれた拳に向かって突撃するという……いわば自爆をしたと言う事になる。
なぜそのような事になったかと言うと、レミアが察したステレットの技の特性にあった。
「彼の技は、言ってしまえば自らを稲妻と化し飛ぶもの……。故に、私の身体が斬り裂かれると同時に焼かれるような痛みが走ったのです」
『自らを現象と化すなんてなかなかの使い手ね。魔導師でもあんまり出来ないのに、前衛でよくやったもんだわ』
「彼は事前にいくつかの短剣を飛ばしていました。アレは牽制か何かと思っていたのですが、どうやら中継点だったようですね」
ステレットは自らを稲妻と化し、各所に刺さっていた短剣に向かって己を飛ばしていた。
その際にレミアとすれ違う一瞬でダメージを与えていたのだ。雷の速さでは、さすがのレミアもいきなりは対応できない。
いくつもの中継点を縦横無尽に飛び回り続ける事で、レミアにじわじわとダメージを与えていたのだ。
『あの電撃、並の人間だったら一撃貰っただけでもアウトになっちゃうわね。さすが私、頑丈!』
「頑丈と言っていますが、鎧は何か所も斬り裂かれていますけど……」
『それはレミアの込める闘気が弱いからよ! 私は持ち主の闘気次第でもっともっと頑丈になれるんだから!』
藪蛇だった――と思った。どうやらレミアは使い手に認められはしているものの、まだまだ弱いらしい。
ならば、シルヴァリアスの過去の使い手達は一体どれほどの化け物揃いだったのかと、何だか恐ろしくなってしまう。
(まだまだ……という事ですね。皆のように、使い手としてさらに上を目指さなければ)
だが彼女は失念していた。肉体にダメージを受けながらも倒れなかったのは、レミア自身が頑丈であったからだ。
いくら鎧が強力な攻撃を軽微に抑えてくれても、中の人間がその軽微にすら耐えられなければ話にならない。
シルヴァリアスだからこそ厳しい物言いをしているが、他の人間が戦闘を見ていたら間違いなくレミアが称賛されるだろう。
「むしろ、称賛すべきはこの方の技です。この方の技が凄まじかったからこそ、反動でこのようなダメージとなってしまったのですから」
もう一つ失念している事がある。それは、どういう用途であれ拳に闘気を込めた時点で拳自体が強化されているという点だ。
例え護るためだったり現象に触れるために力を使う場合であっても、それによって拳の強度は増し、レミアの場合は鉄塊の如き強度にすら至る。
それはもはや、眼前に突き付けられた鉄球に対して顔面からダイブするに等しい……しかも雷の速度で。
『それは勘違いね。もし人間状態のままあの勢いで衝突してたら今頃木っ端微塵よ。あれでも、かなりダメージは抑えられているわ』
雷の速度で衝突――などと言えば、普通は粉々に砕け散っていてもおかしくはない衝撃が加わるのだが、それは衝突した瞬間、彼が『雷という現象』であった事が幸いしている。
通常ならば人の手で雷に触れるなどという事は不可能な事であり、闘気という同じく『現象』を纏う事によってようやく実現する事が可能になるのだ。
状態を解かれた事による衝撃で人間としての彼がレミアの拳に衝突する際の勢いが弱まり、そこに彼自身の闘気の防御が合わさって何とかあの威力で収まった。
「それで、どうしましょうか……この方」
騎士として活動してきた事もあり、襲い掛かってきた以上は問答無用で殺す――などという選択は、彼女には出来なかった。
何より言動がチャラいとは言えとても魔族化したような感じではなく、腐った貴族とは異なり人間としての心がちゃんと残っているように感じられた。
「おぉぉぉぉーーーい! レミア殿!」
レミアがステレットの処遇に困っていた所で、大きな声でお呼びがかかる。
後から彼女を追ってきたヴェッテだ。ジークと共に、じゅうたんに乗って並走してくるのが見えた。
「王城前の広場が少し見ぬ間に凄まじい惨状になっておるな……。一体どんな戦いをしておったんだ?」
「向かっている間にも大きな音や衝撃が伝わって来てはいたが、お主にそこまでの手傷を負わせる相手とは何者なのだ?」
「相手、ですか……。実はアレ、なのですが……」
ジークとヴェッテは両者ともにレミアと模擬戦をし、彼女にまともな傷一つ付ける事ができていない。
故にこそ彼女に傷を負わせるほどの相手が気になったのだが、レミアが指し示した方向を見て驚きに目を見開いた。
「うぉっ!? な、何という悲惨な……」
「……い、生きておるのか?」
倒れているステレットの一目見て分かる顔面への深刻なダメージに、二人は思わず顔をしかめる。
共に思ったのは「もしこれを自分が喰らっていたら……」というものだ。彼の被害を、つい自分に重ねて見てしまう。
「レミアよ、一体この男に何をやったのだ?」
ジークの問いに、レミアはその場で数回拳をシュシュッと突き出してみせる。
「あー……よくわかった」
レミアの放つ突きは、その気で撃てば一切の力を分散させる事なく直線状に穿つ事が出来る程のもの。
顔に受けた際に頭部が爆散すればまだマシで、下手をすれば顔面に大きな風穴が開いてしまう……なんというフェイタリティ。
「で、レミアはこの者をどうしたいと考えているのだ?」
「個人的には治療して話を聞きたいと思っています。言動は少々軽かったのですが、魔に染まっているような感じでは無かったですし」
「それならば、ワシらのすぐ後からエレナ殿がついて来ておったハズじゃ。合流したらお願いするとしよう」
◆
それから間もなくエレナが合流し、倒れている彼の治療が行われる事となりました。
私はシルヴァリアスの武装を解いて、傍らでエレナの邪魔にならないよう見ていたいと思います。
「うぅっ……。レミアさん、一体この人に何をしたんですか?」
「その、拳をちょっと、こう……」
「あ、あはは。それは、何と言うか、えっと……」
惨状に顔をしかめるエレナ。経緯を伝えたら、ドン引きされてしまいました。
「やってしまった私が言うのもなんですが、大丈夫そうですか?」
「……最善は尽くします」
さすがに部位切断も結合できる程の法力の使い手だけあって、凹んだ顔がみるみる元に戻っていきます。
治療するだけでなく、何処からか取り出した布巾で血に濡れたままの彼の顔を丁寧に拭いてあげていますね。
神官だけあって、彼女の行動はいつも慈愛に満ちています。同じ女の私から見ても眩しいくらいです。
「そ、そんな事されたら惚れちまうじゃんよー! 何という罪な女神だ!」
「えっ? えぇっ……?」
いきなり彼が起き上がってエレナの手を握ったので、私は思わず拳を出してしまいました。
「んげふ!」
「ダメですよレミアさん。せっかく治療したのに……」
私に話しかけてきた時もそうでしたが、この人からは女性の敵の臭いを感じます……。
「いや、俺っちは気にしないよ。可愛い子ちゃんから拳をもらうなんて、むしろ御褒美! ありがとうございます!」
……もはや、何と言って良いのかわかりません。この方を助けようと思ったのは間違いだったのでしょうか。




