123:短剣の騎士
「王都に到着しましたね。では門を……」
レミアが辺りを見回すと、そこには瓦礫と共に倒れ伏す兵士達の姿が。
彼女としては全力で王都に向かって飛んだだけだったのだが、その事自体が既に強力な攻撃となっていた自覚が無かった。
強大な闘気を身に纏い、高速で飛来する――それは、受ける側からすればミサイルが降ってきたにも等しい威力だ。
「……こほん。さ、先を切り開きましょう」
『あいあいさー』
既に目的を達してしまっていた事に思わず固まってしまったレミアだが、気を取り直してさらに前へ進む事に決める。
自分が道を斬り開けば、後続も進軍しやすくなる。そう思って先程と同じように闘気を身に纏い、剣を前方に突き出して突進する――!
「はいはーい。ちょっと待ってね可愛い子ちゃん」
……が、横合いからいきなり出てきたノリの軽そうな男がそれをあっさり止めた。
「止められた……? そんな!?」
レミアの突進は一瞬で王都の門付近から最奥の王城へ続く門前の広場まで飛ぶほどの勢いであり、到底まともに視認出来るようなものではない。
進路上に居た者達はもちろん、建造物や障害物なども問答無用で爆散してしまう程の凄まじい威力を秘めている。
それほどの衝撃を、男は動じる事もなく止めてしまった。その勢いを物語る凄まじい金属音が辺りに響き渡り、衝突の衝撃が暴風となって拡散する。
「つぅ~っ! 久々にガツンと来る衝撃だったねぇ。こんなの、オッサン以来だぜ」
レミアの凄まじい刺突を受け止めていたのは、何と一本の短剣だった……。
よく見ると、男の足元の床が抉れて陥没している。石畳の道路の強度を考えると、何とも馬鹿げた威力である。
その威力を人の身で受けてケロッとしている事からも、男の底知れない実力の片鱗が伺えるというもの。
「貴方は、一体……」
別に慢心している訳ではないが、レミアは自身の攻撃をこうもあっさり止められた事に驚いていた。
王都の入り口で発動したものを最奥の広場付近で既に察し、一瞬で移動するそれに割り込むという事がどれほどの事なのか。
その実力たるや、控えめに見てもジークやヴェッテ以上。これほどの存在が王都に居るとは全く予想していなかった。
「俺っちはステレット。ステレット・コラヴォラトーレ。ま、王城の門番みたいなもんと思ってちょ~だい」
レミアはステレットと名乗った、セミロングの金髪男への警戒心を最大限にまで高めた。
王都に居るにしては質素な身なりであり、兵士達や騎士達のように鎧を身に着けている訳ではない。
まるで攻撃を受けない事が前提であるような、非常に無謀なスタイルであると言える。
彼自身はこちらをどう思っているのか、短剣を空中でくるくる回してはキャッチするというアクションをしながらレミアの様子を窺っている。
レミアはそのアクションから目を反らすと、腰にいくつも予備の短剣が装着されているのを発見した。それが彼への警戒心をさらに高める要因となる。
複数の予備を用意している以上は、一刀での戦い方以外にも二刀流や投擲用途など、様々な戦術を想定しなければならなくなる。
(この方は思った以上の手練れかもしれません。しかし、こういう相手を受け持つのが私の役目でもあります……)
――レミアは先手を切る事にした。
「やあぁぁぁぁぁぁっ!」
銀に輝く闘気を纏わせた剣の振り下ろし。両手持ちで最初から全力の一撃を叩き込む。
しかし、ステレットは逆手持ちの短剣をぶつけ、巧みに面を滑らせる事で衝撃を受ける事無く横へと流してしまう。
大振りの攻撃を反らされるのは致命的な隙となる。ステレットは左手に予備の短剣を握り込み、がら空きの胴を狙って刃を突き立てる!
「なにぃっ!?」
今度はステレットが驚く番だった。必殺のタイミングで放ったハズの一撃が不発で終わったのだ。
(鎧が頑丈? いや、そもそも刃が鎧に届いてねぇし!)
レミアは両手が塞がっており、手で防御は出来ない。かと言って、鎧の頑丈さで防いだという訳でもなかった。
ステレットの放った突きは、鎧のわずか手前で何かに縫い留められたかのようにピタリと静止している。
よく見ると、視認出来るほどに濃密な銀色に輝く闘気が彼女の身を覆っており、それが武器にまとわりついていた。
(なんて密度の闘気だよ……剣が抜けねぇ! ってか、ヤバっ!)
まるで万力に挟まれたかのようにビクともしない短剣を手放し、己の直感に従ってその場から飛び退く。
その直後、再び銀に輝く一閃が上から叩きつけられるように、さらに勢い良く振り下ろされた。
飛び退いていたから直接攻撃を受ける事は無かったものの、地面を激しく打ち付けたそれは地響きと共にその場を爆散させた。
「こんの、バケモンが……っ」
ステレットとしてはたまったものじゃない。打ち付ける衝撃、飛散する瓦礫、土煙……。激しい攻撃の渦中に置かれたに等しい。
短剣の二刀流で素早く飛散物を捌きつつ、土煙の奥にうっすらと見える銀色の輝き――レミアを警戒する。
(反らされた攻撃を止めるどころか、その勢いを利用してもう一回転……さらに速度と威力を上乗せして叩きつけてくるとか、どんだけ脳筋なんだ可愛い子ちゃん……)
試しに短剣を投擲してみるが、煙の向こうであっさりと弾かれたのが分かる。続けてもう一投してみるが、結果は変わらず。
これからどう攻めるか思案していると、いきなり彼の身に暴風が叩きつけられた。一瞬にして煙が霧散し、中から激しく闘気を燃やすレミアが姿を現した。
「誰が、化け物ですか?」
顔は笑ってこそいるものの、ドスの効いた声と揺らめく炎のように立ち上る銀色のオーラ。
バチバチッと稲妻のようなものすら迸ってすら見える程の闘気が、彼女の長い銀髪を逆立てている。
(あんただよ! なんだよその尋常じゃない闘気は……。まだ上がるのかよ。こうなったら仕方ねぇ、使うか。オッサンともう一度やり合うためにとっておいたんだがな……)
ステレットは何か所かに目線をやると、改めてレミアの方へと向き直り、ニヤリと笑ってみせた。
余裕すら感じさせる不敵な笑みに対しレミアは怪訝な目を向けるが、その瞬間に彼女はステレットの姿を見失ってしまう。
直後、爆発するかのような轟音と共に衝撃が走り抜け、彼女の右脇腹に斬り裂かれたような痛みと火傷したような痛みが同時に生じる――
「痛ぅっ! まさか、私の闘気を破り、シルヴァリアスの鎧を斬り裂くなんて……!」
神が作りしアイテムと言うだけあって、シルヴァリアスは常人が作る武器防具の強度を遥かに逸脱している。
それに加えて物理攻撃すら止めてしまう程のレミアの闘気が加わる事で、その防御性能はさらなる高みに至っている。
そんな領域の防御を突き破って直接肉体を抉るほどの一手を、ステレットという男は繰り出してみせた。
「へへっ、どうやらコレは通じるみたいだな」
いつの間にかレミアの背後へと回り込んでいたステレットが、血の滴る短剣を逆手持ちして構えていた。
「じゃあ、もう一回行くぜ?」
つぶやいたと同時、再びの轟音と衝撃。ステレットは一瞬にして背後へと周り、レミアに一撃を加える。
今度は右肩の辺りに痛み。回避も防御も出来ず、ただただそれを受けてしまった彼女は、驚愕にその目を見開く。
(見えなかった……。私は決して目を反らしてなどいないはず。どうして……?)
疑問を抱く合間にも左足に一閃。腿の辺りから血が噴き出す。痛みを感じたかと思えば、その時には既に別の箇所が斬り裂かれている。
じわりじわりとレミアの身体に傷が増えていく。致命傷と呼べる大きな傷はないが、小傷も積もれば決して見過ごせないものとなる。
(あんま可愛い子ちゃんを傷つけたくは無いんだけどな……。じわじわと削って消耗させてやるぜ)
相手がヴェッテのようなタイプであれば、大きな一撃でもって一気に決めてしまうような場面でも、ステレットは踏み込めなかった。
最初にレミアの攻撃を止めた時の言動から察せられるように、彼は女性に対してはどうにも甘い部分があった。
故にこそ選んだ『削り』という戦法。消耗させて『まいった』を引き出す、大きなダメージを与えなくてもすむ方法だ。
『何やってるのよレミア!? 目で見ようとするからダメなのよ! 目には見えなくても、アイツの存在そのものが消えたわけじゃない。存在を感じるのよ!』
(存在を、感じる……。あぁ、なるほど。そういう――)
シルヴァリアスのアドバイスは、常人が聞けば首をかしげてしまうようなものであろう。
しかし、レミアは明確に意味を理解し、即座にそれを実行に移した。そして、瞬く間に敵の攻撃を理解する。
「……忠告しておきます。あまり調子に乗っていると痛い目を見ますよ」
攻撃を続けるステレットに向けた言葉。一方的に攻撃を受け続けるレミアが放ったとは思えない強気のもの。
ステレットはそれを単なる強がりだと受け取ってしまうが、皮肉にもその事がこの勝敗を決定づけてしまう事となってしまった。




