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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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121:スピオンに突き刺さる絶望

 レジスタンス達に混ざり王都へ突入したスピオンは、自宅を経由してから魔導師モーヴェの屋敷へと向かっていた。

 貴族社会においては裏切り者として伝わっているためか、彼を見つけた者が騒ぎ、警備兵が駆けつける事も何度かあった。

 しかし、文官でありながらもそれなりの魔術の使い手でもある彼は、一介の警備兵を寄せ付けぬ強さで火の粉を払う。


 そしてそれは辿り着いたモーヴェの屋敷でも例外ではなく、警備兵達がすぐさま彼を取り囲んだ。

 あくまでもモーヴェとの間に交わされたのは密約。その他の者が実は繋がりを持っているなどとは知る由もない。


「退け! 私が用があるのはモーヴェのみだ!」


 己の身を炎で包み込み、吼えるスピオン。並の攻撃ならば焼き払われ、逆に攻撃してきた者にダメージを与える攻防一体の魔術だ。

 残念ながら、この場にそれを打破できる実力者はいなかった。スピオンは警備兵達が怯んだのを見計らって庭を抜け、そのまま扉に体当たりして屋敷へと突入する。



 ◆



「モーヴェ! 出てこい! どういう事か説明してもらうぞ!」


 私は焦りを隠せなかった。と言うのも、一旦立ち寄った自宅がもぬけの殻だったからだ……。 

 愛する家族はもちろんの事、全ての使用人達、そして屋敷で飼っていたペット達すら全く見当たらない。

 まさかとは思うが、私が奴の呪縛を断ち切った事に気付いたとでも言うのか?


「侵入者か!? むむ……貴様はスピオン! 裏切り者が、ついに攻めてきたか!」

「邪魔立てをするな! 今の私は気が立っている。手加減は出来んぞ」


 私は身に纏っている炎を切り離し、炎弾として警備兵達に打ち付ける。

 警備兵達は剣を盾のように用いて攻撃を防ごうとするが、炎は形を変えてまとわりつき、その身を焼き尽くす。

 ならばと後続から魔術師達が出てくるが、どうやら我が身に纏う炎の壁を突破できる術は無いようだ。


「な、なんという凄まじい魔術だ……。だが、それでは自身も無事では済まないのでは……」


 己の身すら焼くような炎の魔術を纏う無茶が出来るのも、私が既に死人と化しているが故の事だ。

 しかし、そんな事を知らない者達からすれば、さぞ私が狂気じみて映るのだろうな。




 それからしばらく攻防を続けていると、ついに……待ち人来たる、だ。

 薄い髪が寂しい頭に対し、装飾品の多い豪奢な服を小太りな体型で膨らませている男。


「騒がしい! 一体何事だ……って、何だその炎の塊は!?」


 玄関ホールの階段上から素っ頓狂な声をあげるこの者こそ、私に戒めを施した魔導師モーヴェだ。

 奴が登場すると同時、私に剣を向けていた者達が一斉に姿勢を正し、大人しくなった。

 身分が上の者が現れた瞬間、下々の者達はもはや許可なくして好き勝手に動く事は出来ない。


 これがダーテ王国の貴族社会。今更ながらに、なんと息苦しい世界なのだろうか。

 奴の位置からは炎の中の私が見えないのか。ならば、宣戦布告の意味も兼ねて身に纏う炎を解いて姿を現そう。


「なにぃ!? スピオンだと……!」

「こうして直接対面するのは久々だな、モーヴェよ」

「連絡が途切れたのにもかかわらず魔導石が発動せぬから、潔く秘密を守って死んだのだと思っていたが……どうなっている!?」

「今ここにこうして私が居る。それが答えだと言っておこう」


 ぐぬぬ……と歯を食いしばるモーヴェ。まさか自分の呪縛を脱されるとは思っていなかったのだろう。

 しかし、私は別にその事を主張しに来たわけではない。私が死した後もなおこの世に留まり続けている理由は――


「それより貴様、我が屋敷に人っ子一人いないが……まさか、約束を違えたのか!?」

「約束? 私が保証すると言ったのは家族だけだ。使用人その他の事に関しては知らんなぁ」

「ちぃっ。では、その家族すらも居ないのはどういう事だ! 貴様、まさか……」


 怒りから電撃の魔術を放つが、さすがは王国随一の魔導師。いともたやすく弾くか……。


「落ち着け。対外的には裏切り者扱いされている者の家族を、あのまま屋敷に放置していたらどうなるか――想像くらいはできるだろう?」


 ライバルに少しでも付け入る隙があれば、そこを徹底的に攻撃して追い落とすのがこの国の貴族達だ。

 裏切り者などという立場は、それこそ潰すにあたってこの上ない理由となる。者によっては、襲撃すらも辞さないだろう。

 屋敷が丸々残されていたという事は、少なくとも第三者によってそれが守られていたという事にはなるか……。


「私に感謝したまえよ。ついてこい、会わせてやろう」




 モーヴェの後についていき、とある部屋へと入る。


「な……っ!?」


 そこで見せられたものは、私にはとてもではないが理解できるものでは無かった。

 部屋の中には、下着姿の女性や、衣類すら纏っていない裸の女性。女性だけでなく、裸の男達も少なからず見受けられる。

 これは俗に言う性を堪能するパーティという事なのだろう。まさに腐った貴族に相応しい宴だな……吐き気がする。


「貴様はあまり遊ばぬ男だったからな、こういう催しともあまり縁が無かったであろう。寂しい奴よ」


 モーヴェはニヤニヤと笑っている。その目線から感じるのは「どうだ、羨ましいだろう?」とでも言わんばかりの見下し。

 貴様らのような下衆共と同じにしないで頂こう。真に正しき貴族が堪能する宴と言うものは、決してこのような下品なものではない。


「ふん、まあいい。貴様の家の使用人達の一部は、この奥の部屋に居る。会いたければ会うがいい」


 そう言って奥の扉を開け放つモーヴェ。底に広がっていたのは……先程の部屋よりもさらにおぞましい光景だった。

 拷問器具のような三角の椅子に座らされ、その身体を鞭で打たれる裸の女。身体中に直にフックを引っかけられ、それを四方八方から引っ張られる女。

 壁に拘束された状態で抵抗すら出来ずにひたすらに殴る蹴るの暴行を受け続ける男……。いずれも、私の知っている者達だ。


「これは、どういう事だ……?」

「調教だよ。私の下で働くにあたって、新たに忠誠心を植え付けるためのね。女の場合は、性奴隷調教も含むが――」


 私はそこまで聞いた瞬間、魔力を纏わせた拳でモーヴェに殴りかかっていた。

 奴は不意打ち気味のこの一撃も魔力障壁でガードしたが、私は勢いのまま奴を押して壁を突き破り、さらに奥の部屋にまで移動する。



 ◆



「はっはっは! 衝撃を受けたか!? まさか自分の抱えていた使用人達があんなザマになっているとはなぁ?」


 書斎のような部屋で一人高笑いするモーヴェ。スピオンの一撃にも全くダメージを受けていない。

 余裕で攻撃をいなしてスピオンを弾き飛ばし、倒れ伏す彼に向ってさらに言葉を続ける。


「悪いのは奴らだ。せっかく新たな主人が働く場を提供してやったというのに、揃いも揃って逆らいよってからに……」


 起き上がり様、スピオンが炎の魔術を放つ。障壁を張るモーヴェだが、炎は脇を通り抜けて背後の本棚に直撃した。


「先程、使用人達の一部は……と言ったな。残りは、どうした?」

「物好きな貴族にくれてやったり、あと好ましいものは私が頂かせてもらったよ」


 舌なめずりしながらお腹をさするモーヴェ。そして、内側から服を破るようにして肉体を肥大化させていく。

 その姿は、下半身がスライムのようにゲル状と化した、モーヴェの性質をそのまま姿形で表したかのような醜いもの。


「……くっ、貴様も魔族化していたか!」


 ここに至り、スピオンはようやく自分の考えの甘さを自覚した。もはや人間ではない奴に、まともな取引が成り立つはずがない。

 取引を交わした時点で奴が既にこうなっていたのなら、先程の使用人の件から考えて、家族の件も絶望的であろう。

 スピオンはその怒りを示すようにいくつもの炎弾を生み出し、部屋中のあちこちにぶつけて屋敷そのものを炎上させていく。


『貴様! この屋敷を燃やすつもりか……。貴様の家族がどうなってもいいというのか!?』

「そうは言いつつ、我が愛する家族は既にこの世にはいないのだろう……?」

『はっ、さすがに愚鈍な貴様でも気付いたか。徐々に絶望へと落としていこうかと思っていたが、その通り。貴様と密約を交わした早々にあの世へ送ってやったわ』

「外道が……っ! 最初から、最初から私に家族を返すつもりなど無かったというわけか!」

『どうせ貴様は死ぬまで使い潰すつもりだったのだ。返す者の居ない人質など居ても仕方が無いだろう』

「モーヴェェェェェェェェェェッ!!!」


 悪魔の所業を聞かされたスピオンの口から憎悪が溢れると同時、かつて跳ね飛ばされた首の傷が裂けて血が溢れ出す。

 同時に額にも自ら叩き割った際の大きな傷跡が現出し、まるで涙を流すように血が滴り落ちていく。


「ぐ……あぁっ。憎いっ! 憎い憎い憎い憎い憎い! がはぁっ!?」

『その傷……。まさか、貴様……既に!?』


 慟哭と共に空気中を漂う瘴気を取り込み、己の力へと変えていくスピオン。

 目が漆黒に染まり、瞳だった部分が逆に白く発光し、アンデッドとしての姿へと変わっていく。


『やはり貴様、既に死んでいるな!? どうやったのかは知らんが、まさかアンデッド化して私の呪縛から逃れたのか!』

「モ、モーヴェェェェェェェェェェ……」


 どす黒いオーラを身に纏いつつ、スピオンが一足飛びでモーヴェに迫る!

 すかさずモーヴェが魔力をそのまま固めて放り投げるが、スピオンはそれを受けてなお止まらない。

 今の一撃で左腕が飛んだが、かまわず右手を突き出してモーヴェの顔を鷲掴みにする。


『ぬあっ!? この、ゾンビになり果てた分際でぇ……!』


 ギリギリと顔を絞め付けつつ、燃え盛る本棚に突っ込み、そのまま部屋の壁を突き破って庭へと転落していく。

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