120:貴族の屋敷で見たもの
男が見たものは、一言で言ってしまえばオブジェだった。
台座に『アルテ村』と彫られたそれは、人間の手足や身体、顔などの部位がごちゃごちゃにくっつけられた異様な形をしていた。
ウニのトゲの如く四方八方に伸ばされた手足、手足の隙間から覗く顔。乳房や男性器と言った性の象徴までも見受けられる。
「あ……。が、あぁ……」
扉を開けた男は、それを見た瞬間に固まってしまった。
見た目が不気味だからではない。明らかにそれが本物の人間を素材にして構築されていたからだ。
死臭こそしないものの、オブジェからは血が滴り落ちており、使われている素材が割と新鮮である事を窺わせる。
「「「おぉぉぉぉぉぉぉ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
そのオブジェに縋りつくようにして泣きわめく者達の姿がある。いずれも同胞達である。
多数見える顔のうちの一つ……おそらくは女性であろうものに手を添わせつつ、名を呼んで慟哭する男。
その横では「お父さん!」と泣き叫びつつ、その場に倒れ込む女性……。
(確かあの男、出身はアルテ村だと言っていたが……そんな、そんなまさか! では、これは……)
アルテ村は過去、貴族の不興を買って滅ぼされた村である。金銭の少なかったその村は、代わりとばかりに多くの人々が連れていかれた。
オブジェの前で慟哭している男は、たまたま森へ狩りに出ていて無事だった男であり、事が済んだ後に戻ってきて一人絶望していた所をヴィーダーに拾われた。
女性の方は、貧困からもう後がない村よりはマシだからと他所へ出されていた経緯があり、彼女もまた後にヴィーダーに拾われる形となった。
(……アルテ村の人々で作られているというのかッッ!?)
ふざけるなとばかりに、剣を思いっきり振り下ろして床を叩き割る男。
変に真面目だった男はここで引き返しておけばよいものを、無謀にもさらに奥へと突き進んでしまった。
そして、その奥の部屋に広がっていたのは……入口のオブジェなどを作っていた工房だった。
死臭に顔をしかめつつ中に入ると、加工されてしまった人間達や、その半ばなのか台の上で中途半端に解体されたまま息絶えている人間の姿があった。
奥の方には素材となる人間を入れておいたと思われる牢屋らしきものがあり、その手前では先に来ていたヴィーダーの面々が無事だった人々を救護していた。
床には豪奢な衣装をまとった中年の男が血まみれで倒れているが、おそらくはこの男が狂った芸術家……部屋の主だったと推測できる。
「無事な者は! 無事な者は居るか……!?」
目で確認はしたものの、念には念と声をあげて確認をとってみる。
「こっちは大丈夫だ! 四人だが、無事に保護した!」
「アンタは奥を捜索してくれ! このお嬢さんの妹さんが、夫人に連れていかれたらしい」
「あ、あぁ……」
男は同胞の頼みを引き受けたものの。同時にさらなる不安を感じていた。
おそらくはこの部屋の主こそが、同時に屋敷の主。その夫人という事は趣味レベルも同等なのではないか。
今まで見た以上におぞましい何かが待ち受けている予感を抱きつつもさらに奥へと進んでいく。
その場所はわざわざ探すまでも無かった。とある扉の前で、幾人もの同胞達が座り込んでいたからだ。
同時に、先程のアトリエを凌駕するほどの強烈な死臭が漂ってくる。手持ちでとっさにマスクを作って装着した。
「……!?」
一体どれほどの惨劇が起きたのかと思わせるほどにおぞましい光景が浴室の中に広がっていた。
血で満たされた浴槽。そこに浸るようにして恐怖に顔を歪めたまま死んでいる中年女性。そして、浴槽の上に吊るされた不可解な物体……。
(こ、これは一体……何なのだ……?)
入り口で見た以上に意味が解らなかった。扉の前でぐったりしている同胞から何とか話を聞きだした彼は、詳細を知って唖然とする。
現在浴槽の中で死んでいる女性こそがここの貴族の夫人であり、処女の血で満たされた浴槽に浸かる事で若さを得られると信じていたという。
浴槽の上に吊るされているのは中に人間を入れて串刺しにする拷問器具で、それによって血を噴き出させて浴槽を満たしていた。
男は何とか拷問器具を下ろす事に成功し、強引に蓋をこじ開けると、中から全身を穴だらけにされた少女が転がり出てきた。
あまりにもむごい惨状に目をそむけたくなるが、捕らえられていた女性の妹かどうかを確認……出来なかった。
顔に至るまでを容赦なく破壊されていたと言うのもあるが、そもそも女性当人しか顔を知らないため判別出来ない。
再び扉の前に居る者達に聞いてみるが、当然の事ながらそんな事に心当たりがあるはずもなかった。
代わりに可能性を指摘されたのは、浴場の奥にある巨大な樽のようなものの中であった。
男が中を覗き込み、確認した瞬間……今まで何とか耐えていたものが決壊し、盛大に床へと吐き散らかした。
「あがっ! がはっ! はぁーっ、はぁっ……」
樽の中に目いっぱい詰め込まれていたのは、砕かれた人間の破片だった。所々に手足の名残や顔の一部、臓物や骨などが見えた。
ここだけで一体何人分の死骸があると言うのか。この中から、たった一人の人間を探し出すなど不可能である。
男は居ても立っても居られなくなり浴場を飛び出したが、耳に飛び込んできた悲鳴が、まだこの屋敷から逃げ出す事を許さなかった。
「俺は、一体何を見ているんだ……?」
この屋敷だけでもう何度「一体、何?」と思わされたか、もはや男は分からなくなっていた。
とある部屋の中では、全裸にされた女性に対して椅子に座った子供が次々と電撃の魔術を撃ちこんでいる光景が広がっていた。
「あっはっは! 面白ーい! 電気で踊ってるよこの平民!」
齢にして十歳にも満たないであろう子供が、平民の女性を的にして魔術を撃ちこみ、そのリアクションを楽しんでいる……。
よくよく見てみると、子供の周りには剣やら槍やらが突き立てられて死んでいる男や、全身黒焦げで壁に貼り付けられている死体もあった。
他にも、入り口付近に倒れているのは同胞達の遺体だ。乗り込んだは良いものの、魔術を撃ちこまれたのだろう傷痕が見て取れた。
「あっれー。また侵入者? 平民のレジスタンスが貴族の僕に勝てるとでも思ってるの?」
指に炎の魔術を形成しながら挑発してくる貴族の子供。その様子に、男の中で何かが音を立てて崩れた。
開戦の合図とばかりに放たれた炎の魔術に対し、男は倒れ伏す同胞が手にしていた鉄の盾を拾って放り投げる。
初歩的な魔術だったのか、飛んでくる金属の塊の勢いを殺す事は出来ず、魔術は消滅。鉄の盾勢いそのままに少年の身体を強く打ち付けた。
それなりに重い鉄の塊が勢いをつけて飛んできたのだ。ひ弱な子供の身体にとっては深刻なダメージとなる。
床へ倒れ伏した子供を見下ろすようにして目の前に立つ男。ここへきてようやく恐怖を抱いたのか、子供は無様に命乞いを始める。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。既に男は持っていたはずの信念を完全に砕かれてしまっている。
「貴様らが我等平民を人として見ないように、我等もまた貴様らを人としては見ぬ……」
子供と言えど、その首を容赦なく叩き斬る。表情を絶望に歪ませたまま転がる首を一瞥し、男は宣言する。
「俺は人を斬ったのではない。国に巣食う魔物を斬り伏せたのだ。魔物は全て滅する」
一介のレジスタンスだった男が、一人の戦士として覚醒する――。




