119:変貌する同胞達
レジスタンス一同の士気は高く、雄叫びをあげつつ王都へと突入する。
本来、奇襲するにおいて大声を出すというのは自らの侵攻を知らせる行為であり愚策であるのだが、門が無力化された今……その心配はなくなっていた。
一同はすでに崩壊していた王都の門にギョッとしながらも、そのままの勢いで次々に内部へ飛び込んでいった。
「な、なんだ貴様らは!」
当然の事ながら警備兵が駆けつけてくるが、数人では止められる人数にも限りがあり、隙間を抜けて次々とレジスタンスの侵入を許してしまう。
残念ながら止められてしまった者達は、他の者を追われないようにじゅうたんを降り、警備兵と戦うべく武器を手に取った。
「俺達はレジスタンス組織ヴィーダーだ! 貴族の支配も今日で終わりだ!」
「ふん、素直に名乗ってしまう辺りまだまだ若いな。だが、王都を守る兵士をそう簡単に落とせると思うなよ」
・・・・・
一方、警備を抜けて先へと進んだレシスタンス達。
「なぁ、俺達の作戦って王都に居る貴族を手当たり次第に殺るんじゃなかったか?」
「お前、本気でそれを言っているのか? あの作戦は王子ではなく、余所者の魔導師が立てたものだぞ」
その中のとあるコンビは、道中で見かけた貴族達や使用人達に手を出す事無く、ただ屋敷を襲撃する事のみを目標に動いていた。
彼らにとっての目的は、あくまでも貴族によって奪われた人々や物品の奪還であり、貴族を殺害する事ではない。
「それは知っているが、王子やヴェッテ様も同意しておられたし、無視するのもどうかと思うが」
「お前もさっき見ただろう。俺達に、あのようなか弱き御婦人方や罪なき子供達まで手にかけろと言うのか? それこそ俺達が唾棄する貴族と同じ、虐殺ではないか!」
同輩である男が疑問を抱いた男を怒鳴りつけるように言う。彼は、良くも悪くも真面目で融通の利かない男だった。
もっとも、彼以外にも手当たり次第貴族を殺していくという虐殺とも言える行為が出来ない者は多かった。
いくら貴族憎しと言えども、心までもが腐っている訳ではない。当然の事ながら、虐殺など躊躇おうと言うもの。
「……そ、それは確かにそうだが」
言われた方とて、貴族達の遣わした兵士達による平民虐殺の現場を何度も見てきたレジスタンスの一員だ。
無差別に人を殺して行くという事が如何におぞましいかは良く分かっている。しかし、故にこそ同じ事をやり返したいという気持ちもある。
同輩は性格の差故か完全にその辺の事を克服しているようで、貴族と同じ道に堕ちる事を断固として拒む強い精神を持っていた。
……しかし、そんな先輩の価値観をも完膚なきまでに打ち砕く地獄がこの先に待っていた。
「おらあぁぁぁぁ! 死ねやこのクソゴミどもがあぁぁぁ!」
「殺す程度じゃ足りねぇ! 引き裂いて、潰して、塵一つ残さず燃やし尽くしてやる!」
あちらこちらに散乱する死体。そのどれもが一つとしてまともな形を残していない。
仲間達が貴族共に殺られているのかと思い、コンビが慌てて現場へと駆け付けるが……。
「死ね! 死ね! 死ねぇ! ひゃーはははは!!!」
倒れ伏す幼子の背に何度も何度も突き立てられる刃。力無き者に対して行うにしては、悪魔の所業の極みである。
それを行っている者の顔は憤怒に染まっており、とてもではないが殺した程度では収まらぬほどの凄まじい怒りが感じ取れた。
だが、問題はそこではなかった。これを行っていたのは……他ならぬレジスタンスの同僚達だったからだ。
「こんな奴らが存在しているだけでおぞましいわ! 肉片の一つだって残す事は許せない!」
女性の隊員すらもが、日頃見せる眩しい笑顔は何処へやら、悪鬼羅刹の如き顔で魔術を放っては貴族を焼き、凍らせ……破壊し尽くしている。
その様は、まるで自分達が唾棄してきた醜き貴族の所業そのもの。それを、よりにもよって仲間が行っている悪夢のような光景。
「ど、どうしたんだみんな!? あの余所者の魔導師に感化され過ぎたのか!?」
真面目な男は、余所者である彼らを疑っていた。魔導師の作戦に感化され、神官の演説に乗せられ、皆が洗脳されてしまっているのではないかと。
もはや原形すらとどめていない肉の塊をなおも足で踏みつけ続ける男を羽交い絞めにしてその行為を止めようとする。
「落ち着け! 俺だ! 同じ釜で飯を食った男の顔を忘れたか!?」
「……! あ、あぁ、お前か。どうしたんだ?」
さっきまでの鬼のような顔から一転、何でもないかのように返答する男。
その表情は、まるで何か大きな事を成し遂げたかのように生き生きとしていたものだった。
「どうしたも何も……一体何をやっているんだ!?」
「何って、貴族を殺してるんだよ。いいじゃないか、それが俺達の作戦だろう?」
「確かにそう言われはしたが、それを鵜呑みにするとは愚かにも程があるぞ。これでは、我々が唾棄した貴族のやり方と同じではないか!」
「あー、そうか。お前、まだ知らないんだな。だからそんなに頭が平和なままなんだろうな」
怒られた事に対し、ニヤニヤと笑みすら浮かべて言葉を返す男。
「何を、言っている……?」
「ほら、そこだ。そこに貴族の屋敷があるだろう? 俺達はさっき、そこを家捜ししたんだ。そしたら……」
「「「うっ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
まさに男が指し示した先の屋敷から、複数人の男女が悲鳴をあげながら外へと出てくる。
「どうやら、あいつらも見てしまったようだなぁ。最初は絶望感に包まれるだろうが、間もなくそれが果てしない憎悪へと変わるんだ」
外へ出てきた者達は一様にその場でうずくまり、胃の中のものを全て吐き出して激しくむせた後、ゆらりと立ち上がった。
そして武器を手に取り、ふらついた足取りのままで町の中へと歩いていった……。
「あーなったら、後はさっきまでの俺達と一緒さ。正直言うと、俺もまだ殺したりないから次行ってくるわ」
「ま、待て! 無闇な虐殺は……」
「いーから、お前もその屋敷を捜索してこい。その後で同じセリフが吐けるんなら、従ってやるぜ」
◆
俺は、奴の言う屋敷の目の前にまでやってきていた。一体、この中には何が待ち受けているというのだ……。
あの男は屋敷を捜索した後で同じセリフが吐けるなら――と言っていたが、おそらくは、俺の頭では想像できない程に理解を超えた何かなのだろう。
それこそ、悲鳴をあげて逃げ出し、心が狂ってしまう程の狂気的な。おそらくは、俺自身も見ない方が良かったと思うような。
少し躊躇ってしまったが、奴らの変貌の原因を知るべく思い切って門に踏み入ってみるが、敷地内には幾人もの人が倒れていた。
俺の同胞達や警備兵達、屋敷の使用人達と思われる者らが入り混じっている。ここで激しい戦いがあったのだろう。
死した者達の冥福を祈りつつ屋敷の庭を抜け扉の前にまでやってくると、そこへもたれかかるようにして疲労困憊の同胞達の姿を見つける。
「おい、大丈夫か! 一体、何があった……?」
「俺は見てない。何も見ていない。見てなんかいない……」
俺に声をかけられた事になど気付かず、焦点の合っていない目で虚空を眺めつつ執拗に「見ていない」と連呼する同胞。
この屋敷の中には一体何があるというのだ!? 俺は思い切って扉を開け、中へと踏み込み――
「な……?」




