116:ちゃっかり寝返ってました
「……と言った経緯があってな」
大公の昔語りにより、何者かによって超技術を与えられ、魔族化したという事が判明した。
その人物は姿形が認識できず、声でも性別が分からなかったとの事だが、一つだけ分かった事がある。
ファンタジー世界に分不相応な技術。そんなものを持ち込めるのは……異邦人しか居ないだろう。
ここで気になるのは、ギルドで聞いた『オダ・ノブナガ』の件なんだよな……。
もしミネルヴァ様の召喚が時間軸を無視出来るとするなら、向こうの世界の過去の人間をル・マリオンの現代へ呼べる事になる。
ならばその逆……未来の人間を呼ぶ事も出来るはずだ。未来の人間ならば、クローン製造技術に長けていてもおかしくない。
『どうしたリューイチよ。何か思い当たるフシでもあるのか?』
「あぁ、話を聞く限りでは、その誰かは俺と同じ『異邦人』じゃないかと思ってな」
『異邦人か……。確かにこの高度な技術を見れば、その線も納得がいくな』
いや、待てよ? そいつは確か「魔術が科学だけではどうにもならない部分を補ってくれた」って言ってたらしいな。
もしそいつが『完全な技術が成立した未来』から来た人間であるならば、科学だけではどうにもならない……なんて事があるだろうか。
俺は早々に、大公に協力した奴は『自分と同じくらいの時代から来た異邦人』であると結論付ける。
「話の中で出た『国を欲しがっている魔族』と言うのが、今この国を支配している魔族という事で間違いないだろうな」
「そうだ。我との取引が終わってそう間を置かずして国の体制が変わった。おそらく、その者が手引きした魔族が国を手に入れたのだろう」
「その口ぶりからすると、どうやら支配者である魔族との面識は無いようだな……」
「我が対面したのは取引をした謎の存在だけだ。その後に王城に行った事もあるが、魔族の姿は無かった」
「となると、ホイヘルのように表の支配者を置いて自身は裏に隠れている可能性もあるな」
『いや、この国の在り方を考えると、それはないだろう』
王曰く、エリーティは表向きの支配を人間に任せっきりで、人々の知らぬ裏側で魔族やゾンビなどの実験を行ってきた。
だが、この国の場合は違う。ヴェイデンなど、日の当たる場所で堂々と魔族が食糧を確保するための大規模な施設を作ったりしている。
そうなると、支配者も自ら表に出て事細かに指揮をしなければならない。人間に任せっきりでは、魔族用の施設は作れないからだ。
『間違いなく、件の魔族は表舞台に出ている……。おそらくは、何者かに擬態しておるのだろう』
ここで言う擬態とは、密かに始末しておいた元々の人間の姿を借り、それに成りすましているという事だ。
「国を動かすとなると、王国においてもかなり影響力の強い存在に成りすます必要があるな。大公……違うのか?」
「何を馬鹿な! 我は複製体ではあるが、れっきとした我だ! 決して別の何者かではない!」
「じゃあ、魔族が成りすますであろう候補はあるか?」
「一番手っ取り早いのは国王であろう。だが、先日見た国王は変わらずの無能ぶりだった。アレを魔族が演じているとは考えづらい」
ジ-クも散々言っていたが、大公からもこう言われるとは、どれだけヤバいダメ人間なんだよこの国の王は。
「他には大臣のテュラン、お抱え魔導師のモーヴェ辺りが特に発言力の強い連中だな。我は大公ではあるが、内政にはほとんど絡んでおらん」
『魔導師モーヴェか。今現在そ奴のもとへ向かっている者が居るな……。さてさて、当たりか外れかどちらに転ぶやら』
王によると、俺が王都に着いたくらいを目途として、レジスタンス組織ヴィーダーの全軍による王都侵攻が始まっているらしい。
圧倒的な力を持つジークとヴェッテを筆頭に、レミアも先陣に立って次々と敵をなぎ倒しつつ進んでいるとの事だ。目的は当然の事ながら王城侵攻だ。
だが、その中で生前の自身を脅迫し家族を人質にとった魔導師モーヴェに制裁を下すべく、スピオンが戦列を離れたという。
『今や奴は我の配下。動きも常に追っておる。何かがあればすぐに向かうつもりではあるが……』
「王がわざわざ出向くまでも無いだろう。私も今や貴方の配下に等しい。命令して頂ければ今すぐにでも同胞を助けに行こう」
そう言って王の影の中から現れたのは、さっき見た軍服が似合う赤髪の女性……ティア・ツフトだった。
◆
「貴様はヴェイデンのティア・ツフト! 何故ここに……」
「何故って、王に下ったからさ。今の大公ならば解るだろう? 我々では、決して彼にはかなわないと」
歯を食いしばる大公。今、彼の脳裏には数多の複製体を一瞬にして消し飛ばされた先程の光景が蘇っていた。
ここに居る彼自身はその後に生まれた複製だが、経験が共有されるためまるで己が身に起きた事のようにして焼き付いている。
「だったら、逆らうより下についた方がいいじゃないか。賢い選択だと思って欲しいね」
否定は出来なかった。だが、大公にもプライドがあるのか、肯定を口にする事までは出来なかった。
「確かにその通りだ。無謀にもあの時点でケンカ売ってたら、アンタが間違いなく塵一つ残さず消滅してたと思うぞ」
「そうそう、だよねぇ……って! あ、あんたは確か、さっき私が解体したハズの……」
ヴェイデンにおいて間違いなく解体して箱詰めしたハズの存在が生きていれば、驚いても仕方が無いだろう。
竜一を見て思わず取り乱してしまうティアだったが、直後その表情をうっとりしたものに変えた。
「あ、あぁ……この香り……。やはりそうだ……間違えるハズがない。先程の……」
「香りだと……? むむ! 戦闘に夢中で気が付かなかったが、貴様なかなかに芳醇な香りをしておるな」
どうやら大公は先程食そうとしていたものと俺が結びつかないらしい。
大半の部位は調理されてたし、顔はあったが、おそらくはただ食料としてしか認識していなかったのだろう。
しっかし、俺ってそんなに匂うのか……? さっきも同じ事を思ったが、人間にはわからん感覚だな。
「俺の香り云々はどうでもいいが、大公……アンタこれからどうするんだ?」
「どうする……とは?」
「敗北を認めてしまった上にこんなベラベラ喋って大丈夫なのか?」
「ふーむ……。おそらく、大丈夫ではあるまい」
あっさり言う大公。
「この研究施設が封印で隔離されていたように、本来は極秘の場所なのだ。外に知られたとあっては……」
「だったらなんで魔導師達に封印解除の方法を伝えてあったんだよ。禁忌の領域とか言ってたし」
「いざという時のためだ。この研究施設で生まれた者達であれば、彼奴らが手に負えぬ侵入者であろうと対処できるであろう」
「俺達がここに居る時点でどうにか出来てないけどな……。と言うか、今頃宮殿内は阿鼻叫喚だが、いいのか?」
「開放する事は危険を伴う事だとも伝えておいた。ならば、それも覚悟の上だろう」
そう言えば「我々もただでは」とか「可能性にかける」とか言ってたな。なら、いいのか……?
「って、俺から話を振っておいて何だがそんな事はどうでもいいんだよ。大丈夫じゃないってのは、一体どういう――」
そこまで言った瞬間の事だった。突然、大公の脳髄が収められていた水槽が爆発した。
「こういう事だ……。奴は己の痕跡を残しはしないだろう。そして中枢を破壊された以上、我も……」
生命体として己を維持できなくなったのか、スライムのようにドロドロとなって大公の複製体が崩れていく。
そして、最初の爆発と連鎖するように次々と水槽が爆発していき、研究室全体が崩壊しそうになる。
『……脱出するぞ』
俺達は特に慌てる事もなく、王と共に空間移動で外へと逃げだした。




