115:現れた者
――時は数年前にまでさかのぼる。
ファウルネス大公は中年期を超えてもなお、飽く事無く強さを求め続けていた。
若き頃より軍の最前線で戦い続け、強さと共に功績を積み重ねて位が上がっていった所までは良かった。
しかし、それにより前線へ出る機会が減ってしまい、思うがままに戦う事が出来なくなっていた。
後進の指導として時に腕を披露する時もあったが、自身の立場もあり本気で闘り合う機会もなく……。
自己鍛錬の日々のみで、強くなる勢いよりも衰える勢いの方が増してきたのではないかという時に、その者は現れた。
「どうも、はじめまして。私は――――と申します。ファウルネス大公……で、間違いないですね?」
この時確かに挨拶をされ、名も名乗られたハズなのだが、大公はどうしても相手の情報を思い出す事が出来なかった。
姿もモヤがかかったようにぼかされた感じでしか記憶されておらず、声も加工されたかのように性別が分からない感じで聞こえるという。
「……何者だ?」
「あるお方の使者と言っておきましょうか。単刀直入に言いましょう。貴方の願い、叶えて差し上げます」
「我の願いを叶えるだと? ふん、我の願いはそう簡単に叶えられるものではないわ」
「それはどうでしょう。実は私――――でしてね。『科学』の力を以ってすれば、不可能ではないのですよ」
そこまで話を聞いたところで、スイッチを落とされたかの如く突然に大公の意識が断たれた。
◆
次に我が目を覚ましたのは、見た事が無い装置が立ち並ぶ研究室のような場所だった。
「お目覚めですか? 願いは叶えてさしあげましたよ」
そう言われた所で、我は自身の異変に気が付く。嫌という程見てきた己の手が……違う。
近くには水槽が置いてあり、その中には不気味にも目玉が浮いていたが、我が驚いたのはそこではなかった。
水槽に映る自身の姿。中年期を超え、衰えが見え始めたハズの肉体が活力に満ち溢れているではないか。
「これが……我なのか?」
まだ前線を駆けていた頃の、中年期に差し掛かろうかという所の、自分にとっての全盛期の姿。
何故か服を着用していない状態ではあったが、それ故に隅々までを確認する事が出来た。
「気に入って頂けましたか? 全盛期の肉体を取り戻す……これが、貴方の望む強さを手に入れるための第一段階」
「第一段階……という事は、その先に第二第三の段階があるという事か?」
「当然ですとも。第一段階は信用を得るためにサービスしましたが、ここから先は私の提示する条件を飲んでもらう必要があります」
「……言ってみろ」
既にこの時点で、我は相手の言う条件を何であろうとも飲むつもりでいた。
摩訶不思議な『若返り』という体験をしてしまった以上、その先のさらなる奇跡を見てみたいと思ってしまうのも仕方がない事だろう。
「実は国を欲しがっている魔族がおりましてね。この国、差し上げてしまっても宜しいでしょうか?」
「好きにしろ。かねてよりこの国の王は無能で、どのみち先は長くないと思っていた所だ」
「交渉成立、ですね。では、貴方を次のステップへ進めて差し上げましょう。ですが、その前に……」
その者は、我が若返った現状についての真実を余す所なく伝えた。
「なんだと!? 馬鹿な……。では、この水槽に入っている肉片の数々が、本当の我だと言うのか!?」
今ここにいる我は複製品に過ぎないと言われても、当然の事ながら自分にはそんな自覚など無い。
「にわかには信じられませんよね。それでしたら、面白いものをお見せしましょう」
その者が指先から魔術を発すると同時、俺自身の脳髄が収められているという水槽の左右に立てて置かれている棺が怪しく輝く。
勢いよくフタが空いたかと思うと、その中からまさに自分と同じ姿の人物が姿を現した……。
しかも、左右の棺から一人ずつ。自分自身と合わせると、この場には三人の我が存在している事になる。
「……!?」
「複製である事を証明するには、実際に複製をしてみるのが一番手っ取り早いでしょう」
そんな簡単に、我と同一の存在が作り出せてしまうと言うのか……。
「どうです? その気になれば、大公のみで構成された軍隊も編成できますよ」
「……これが、貴様の言う『カガク』とやらの力か?」
「はい。ですが、正直言って魔術に助けられた感じではありますね。魔術が、科学だけではどうにもならない部分を補ってくれました」
その者の声色には喜悦が混ざっていた。男か女かも判別できない声なのに、感情の起伏はハッキリとわかる。
嬉しそうな声色のまま、その者は複製によって生み出された我らの利点を語った。
「まず、最初に生み出された貴方が統率個体となります。以降に生み出された個体を指揮し、自由に動かす権利を持ちます」
ふむ。そういう設定であるが故に、後で生み出された二体は仁王立ちのまま全く動いていなかったのか。
「いちいち指示しなければならないのか。自発的に動いてくれて構わんのだが」
「そう指示すれば、己で考えて動くようになりますね。ただ、そうなるとやがては『自分こそがオリジナルだ』と主張する者が現れて同士討ちになりますよ?」
「まるで見てきたかのように言うのだな……。だが、もしそれで我が死んだらどうなる? 統率個体が消える事になるが……」
そう言った瞬間、我が胸を黒い刃が貫いた。
「がはっ!? な、何を――」
痛烈な一撃に意識が落ちる……が、次の瞬間には意識を取り戻していた。
「……ど、どうなっている!?」
目の前には胸を貫かれ、血の海に沈む己自身の身体があった。ならば、今の自分は一体何だと言うのか。
「統率個体が死んだ場合、その機能は次の個体へと移される。今の貴方は、二番目に誕生した個体に意識が移っているのです」
「なんだと!? いや、だが確かに先程まで我は今倒れているその肉体で活動していた……」
「素晴らしいでしょう。例え肉体が死ねども、新たな肉体で蘇る。これはある意味、永遠の命ですよ」
「永遠の……命……」
「そして、さらにさらに!」
再び我に向かって伸びてくる黒い刃! しかし、その刃が我を貫く事は無かった。
と言うのも、我の肉体へ突き刺さった瞬間に刃が砕け散ったからだ。
「この通り。一度受けた攻撃は即座に解析されて他の肉体に反映されます。つまり、貴方は様々な攻撃を受ける度に耐性を得て強くなるのです」
「何と凄まじい超技術なのだ……至れり尽くせりではないか。魔族に国を与える見返りとして我が受けるには、正直言って大き過ぎる気もするのだが……」
「私は自身の研究を完成させるため、貴方を実験台にしたに過ぎません。別にお褒め頂けるような事はしておりませんよ」
「例え実験台としての利用であっても構わん。何処までも強くなれるというのであれば、例え悪魔にだろうが魂を売っても構わぬ」
「……ほほぅ。今の言葉、相違ありませんね?」
その者の声が、急に冷徹さを増した感じに変化した。まるで、その言葉を待っていたとでも言わんばかりだ。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。貴方は強さのため、悪魔に魂を売っても構わないのですか?」
「人の領域のままでは限界があるというのなら、人など辞めても構わぬ」
「わかりました。では、悪魔……ではありませんが、魔族の力を貴方に与えましょう」
その者は、何処からか取り出した盃を我に渡してくる。中に注がれた赤黒い液体からは、生臭い不快な……これは、まさか。
「これは魔族の血です。上位存在の血を己の身体に取り込めば、心身ともに大きく伸びる事でしょう。しかし――」
我は最後まで聞く前に魔族の血とやらを飲み切った。強さを手に入れるためならば手段は選ばぬ!
「……まさか即断即決で飲み切るとは思いませんでしたよ。その思い切りの良さなら、耐えられるかもしれませんね」
ぐあぁっ! 史上最悪レベルに不味い! やはり血などと言うものは飲用するものでは……
◆
苦しみの声と共に、大公がその場に倒れ伏す。
「魔族の血は非常に強い。他の生物の心身を犯してしまう程に……。ですが、それを乗り越えさえすれば」
全身を蝕む激痛にもだえ苦しむ大公だが、やがてその身に変化が訪れる。
肌が色黒く変色していき、筋肉が大きく隆起する。元々大柄だった男がさらに一回り二回りと肥大化していく。
「おぉ、素晴らしいですね。並の者であれば人間の形を維持できず異形になり果てるというのに、貴方は人の形を保ったままだ」
三メートル程の黒々とした筋肉質の男に変貌した大公を見て、その者は満足げに語る。
『……これが、我なのか』
水槽のガラス面に映った己の姿。だが、姿以上に驚くべき変化が内面で起きていた。
大公は、内側からかつてない程の力の高まりを感じていた。以前までの自身が捻り出す全力を軽く超える程の、凄まじい力だ。
「おめでとうございます。貴方は無事に魔族化し、力を大きく伸ばしました」
「魔族化……我は魔族になったのか。人を超えた上位存在に……」
「えぇ。あと、先述したシステムにより、貴方のパワーアップは他の個体にも即座に反映されます」
……つまり、以降に生み出される複製は、全て魔族化しているという事になる。
・・・・・
謎の存在との出会いからわずか数時間あまり、大公は劇的な進化を遂げ、自身を複製する技術を手に入れた。
その後、さらに他の生物を魔族化される技術も授かり、一個人で大きな力を有する軍勢すらも製造できるようになった。
「我は、最強への道を手に入れたのだ……!」
この時の大公は、間違いなく有頂天になっていた。しかし、その慢心が後に自身の夢の崩壊を招く事となる。




