114:大公の真実
『……貴様らが大公か。すまぬな、待ちきれずに来てしまったわ』
横に降り立った王が、ずらりと並ぶ大公達に驚く事もなく気軽に挨拶する。
空間転移で現れたのではなく、粉末の状態から具現化したという事は……おそらく少し前からここに居たな。
『察してはいると思うが、我は密かにお主の戦いを見ていたぞ。よく頑張ったな、リューイチよ』
骨の手が俺の頭をぐりぐりと撫でる。よせやい、照れるじゃねーか。だが、褒められるのは素直に嬉しい。
「けど、一人倒すのにもこのザマだ。俺はもっともっと強くならなくちゃいけない……」
『その向上心は良き事だ。だが今はホイヘルにも勝る魔物を、死ぬ事なく一人で倒せた事を素直に喜ぶがいい』
やっぱ奴はホイヘル以上の強敵で間違いなかったか……。なんとなくで相手の強さが分かるようになってきたのも成長の証かな。
『後は我がやろう。お主は少し休むが良い』
失われた俺の右拳を、黒い魔力の塊が包み込む……と同時、一瞬にして俺の右拳が再構築された。
冥王のゆりかごコンパクト版って所か。部位欠損まで直せる高位の治癒魔術としても運用できるって事か。
◆
竜一の手を治癒した王は、大公達が並ぶ所まで歩み寄る。
「法衣を纏うだけあって治癒魔術はお手の物か。だが、戦いの方はどうかな……?」
いきなり竜一に見せた時のように自身を肥大化させて変身する。口では軽い事を言いつつも決して油断していない。
彼は対面した瞬間に感じたのだ。死者の王という存在は、自分達をして最初から全力で掛からなければならない相手だと。
『……魔に堕ちし哀れな人の子よ。せめてもの慈悲だ。塵一つ残さず消滅するが良い』
王は言葉と共に右手を伸ばし、黒き波動を放つ。それは一瞬にして大公達を包み込み、そして――
『ぐあぁっ!? こ、これは一体……どういう……こと…………』
竜一の斬撃すら通さなかった強靭な肉体が、まるで骨格から削ぎ落されるようにして消し飛んでいく。
それに続くようにして、次はその骨格が粉末状に砕け散り、最終的には中に残る臓物までもが綺麗サッパリと消し飛んだ。
『む。これでもダメなのか……。やはり死の力はコントロールが難しい』
大公には一切の油断は無かった。誤算だったのは、相手が例え全力でかかろうが到底及ばない程の領域に居た……と言う事だ。
「さっき塵一つ残さず消滅するが良い――とか言っていなかったか?」
『あれは箔付けのつもりで言ったのだ。カッコイイであろう。まさか本当に消滅するとは思っておらなんだ』
「無茶言いなさんな……」
綺麗サッパリ消え去った大公達。二人が次に目を向けたのは、奥にある扉だった。
「複製達が出てきた以上、大元となる本体が奥に居るハズだ」
『ほほぅ。我らが世界の魔術とお主の世界のカガクの融合、なかなかに愉快であるな』
◆
その奥に広がっていたのは、先程まで居た場所とよく似た実験室だった。
多数の水槽が並び、その中には人体を細かく分割したと思われる各種部位や臓器などが事細かに分けられて収められていた。
最奥の一段高くなった場所には、脳髄と思われるものが不気味な光に照らされて水に漬けられている。
「おそらくは、これらが大公の本体ってオチだろうな……。オリジナルは既に故人、ありがちな話だ」
『気を探ってみたところ、あの脳髄に限らず、ここにある全てのものが先程の大公達と同一のもののようだ』
「余すところなく素材になっているとか、敵ながらえげつねぇな」
脳髄の左右には棺のようなものが立てかけられており、今まさにその片方の蓋が開いた。
中から出てきたのは、先程俺達が戦っていたのと全く同じ姿の大公だった。ただし、全裸だ。
「すまないな。一体でも肉体を生成しないと会話すらままならぬので、新たに産ませてもらった。安心しろ。我にもう抵抗の意思はない」
言葉通り、次に続く肉体が生産される事は無かった。先程の一掃により、降参の意思を示したようだ。
「……とりあえず何か着てくれないか。おっさんの裸は見苦しい」
「相変わらず口の減らぬ男よ。だが、確かにこれでは場が締まらぬのも事実だ」
素直に服を着てくれた。
「それで、どうする? 我諸共にここを完膚なきまでに破壊していくか?」
「いや、その前に聞いておきたい事がある」
「言ってみろ。貴様は変身後の我を倒した勝者だ。敗者として、その意向には従おう」
「……親玉の情報を知りたい。俺達はこの国が魔族によって支配されているのは既に知っている」
「だろうな。我の許へ乗り込んできた上、変身に驚きもしなかったからな」
ご機嫌に笑う大公。この男が、ニヒテン村の虐殺を指示したようにはとてもだが思えないな……。
確かに平民や動物を実験台にする外道ぶりではあるが、その目的はあくまでも自国の兵力を強化するという所にある。
あの兵士達のような、弱者をいたぶって快楽を得ようとか言う悪趣味で加虐的な思考は見受けられない。
この男が、本当にあぁ言った行為の裏で糸を引いているのか……?
「どうした? 急に言葉を止めて、何か気になる事でもあるのか?」
俺は素直に思った疑問をぶつけてみた。すると、大公からは意外な答えが返ってきた。
「方向性が違えど、我の行っている事も外道には違いない。確かに気に食わぬ趣向の者も居るが、こんな身でどうして他人の外道を否定する事が出来ようか……」
ようするに、言う資格なしという事だ。仮に指摘した所で「では貴方はどうなのだ」と突き上げを喰らうに違いない。
例え上の立場の者であろうと、少しでも隙があれば食らいついて引きずり降ろそうとするのが貴族社会だ。
故に、他の貴族達の行動を野放しにしているらしい。だが、他の貴族達はその黙認を『大公からの後ろ盾を得た』と利用する。
「そのせいであらゆる悪評が我の下に集まってしまっているが、まぁ自業自得だな」
ニヒテン村を滅ぼした兵士達が『大公に逆らうつもりか』などと言っていたのは、それらが歪んで下にまで伝わった事によるものか。
言われもない悪意を受ける覚悟を決めてまで己と国の強さを求めるさまはストイックではあるが、そのために自らも外道を行っているのが惜しいな。
『強さを求める姿勢には好感が持てるが、何故そのような外道に身を落としたのだ……実にもったいない。強さを求めるため、外法に身を染めた我が言うのもおかしな話ではあるが』
そういやリッチというモンスターはより深い魔術の探究をするために、己を屍と変える術を使い不死となった存在だったか。
王は専属契約で魔力をもらっているからまだしも、通常のリッチは己を維持するため人々の魂を喰らうため非常に恐れられているらしい。
大公に何か感じ入る部分でもあったのか、王はその在り方に興味を示しているように思える。
「単純に己の心の弱さ……だろうな。長年に渡って地道に鍛錬を続ける道ではなく、手っ取り早い方法の誘惑に負けてしまった。それがこのザマだ」
そう言って、大公が自身の周りにある水槽の数々を指し示す。
やはり、この中に収められているのがオリジナルたる肉体の各部位であるらしい。
「あれはいつの日の事だったか、我の前に謎の存在が現れたのだ……」




