113:そんなオチだと思ってたさ
大公の身体が色黒く変色していき、筋肉が隆起していく。それを抑えきれないのか、衣類などはすぐに吹き飛んでしまった。
気になって定番の箇所へ目を向けてみるが、シンボルは見当たらない……。まさかアレを内側へ収納するという『骨掛け』の使い手なのか?
などと、どうでもいい事を考えている間にも大公の身体は筋肉の密度を高めていき、凄まじい怪物になろうとしている。
俺は変身中ものんびり待ってやるほど気楽ではないので、容赦なく銃を発砲するが、先程までの肉体と違って全く弾が通らない。
比喩でも何でもなく、まさに筋肉の鎧だな。いずれ近代兵器が通じない相手が出てくると思っていたが、どうやらそれは想像以上に早いようだ。
『ぐぬぬぬぬ……力が、溢れる……。うがあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!』
大公が全身からドス黒い魔のオーラを立ち昇らせて、それを一気に解き放つ。
まるで暴風。俺は床に剣を突き立て、魔力で障壁を張って何とか凌ぐが、その暴風の中を大公が突っ込んでくる。
このまま耐えていたらあの剛腕で木っ端微塵に砕かれるな。別に砕かれても大丈夫だが、気分的に嫌だ。
俺は剣から手を離す事で暴風に吹き飛ばされる形となるが、その直後にお土産を一つ投下しておく。
当然の事ながら、暴風に耐えて動けない俺を打つつもりだった大公の拳は空振り。代わりに俺の居た場所に置かれていた地雷を踏みつける。
『小癪な奴め。まだ足掻くか……』
右足が焼け焦げ血が噴き出してはいるものの、全く痛がる様子もなく平然と歩を進めてくる。
その間にも右足は再生していき、あっと言う間に元通りになってしまった。これは一撃で倒さないとダメな奴か。
『こうなったからにはもはや加減は出来んぞ。粉微塵に打ち砕いてくれる!』
大砲の如き拳が放たれ、壁に巨大なクレーターを生成すると共にフロア全体を大きく揺らす。
何とか横っ飛びで回避したが、確かに直撃したら粉微塵に打ち砕かれそうだな……。
俺は素早く背後へと回り、闘気を剣先へと込めつつ渾身の力で刺し貫こうとするが、通らない。
固いものを刺したような感じでも、柔らかいものを刺した感じでもない、まるで分厚いタイヤを刺したかのような。
ただでさえ人間状態の時に指で止められていた剣。変身した後は防御すら必要ないって事か。
『それが貴様の渾身か? ならば、もう打つ手はないな』
ガトリングガン……いや、撃つまでの間にやられるな。魔術……ダメージが通るほど力を籠めるには時間が必要だろう。
こうなれば、最後に一つ試して、ダメだったならば方針を変えるしかないな。残念ながら、今の俺ではまだまだ未熟なようだ。
「あんたはエリーティで戦った魔族みたいに巨大化しないんだな」
『巨大化だと? ふん、大きくなれば良いと思っているようでは未熟も未熟。真に高みを目指すならば、姿を変える事無くとも圧倒的な力を行使出来ねばならぬ』
俺の頭の中でリチェルカーレの姿が思い浮かぶ。そして、彼女から聞いた本物の魔族の姿が――。
『あらゆる生命体の中で、人の姿こそが到達点と言われている。我のように、巨大化まではいかずとも肥大化して人の姿から遠ざかっているようではまだまだ未熟者という事よ』
「正直、あんたはエリーティを支配していた魔族より強いと思うぞ。それでも己を未熟者と称するあたり、ストイックなんだな……。だが、それで何故魔族に魂を売った?」
『知れた事。我は強くなりたいのだ。何処までも、果てしなく……人の領域を超えた圧倒的な強さを手に入れたい。そのために、より上位の存在である魔族の力を求めたに過ぎん』
「仲間に聞いた話だと、人の身でありながら人の寿命を超越して研鑽を続けるとんでもない奴らが居るらしいんだが……」
リチェルカーレの場合は肉体を造り替えているらしいから、その定義からは少し外れるかもしれんが、それでも数百年の時を生きているらしいからなぁ。
『……賢者ローゼステリアと十二人の弟子の話か?』
賢者ローゼステリア――魔術講義の時に名前を聞いたな。確か弟子達が居ると説明されていたが、十二人か……。
「そいつらに師事した方が人のままで強くなれたんじゃないのか?」
『馬鹿を言うな。その者達は数百年前の存在で、今は伝説として語り継がれている過去の事に過ぎん。そもそも人の身で人の寿命を超えたなどと、信じられるか』
人の寿命を超越する――世間一般ではそんな扱いなんだな。言われても、確認しようがないもんな。
かくいう俺も、リチェルカーレが人の寿命を超越しているという証拠をハッキリと見せられたわけではない。
単に俺が俺の意思で彼女の言葉を信じているだけだ。あいつを見て、信じる事が出来ると思った。
『さて、戯れはもういいだろう。そろそろ貴様を喰らって終いにしてやる』
「何がお終いだ。そう簡単にいくか……がはっ!?」
一瞬にして頭を鷲掴みにされた。さっきまでの動きとは全然違う……見えなかった。
まさか、今に至るまで完全に力を解放していなかったとでも言うのか。
『我が下に敵が攻め込んでくるなどとは初めての事だった。立場上、前線で戦う事も少なくなっていたが、こうして戦う機会を得られて嬉しく思うぞ』
「そいつは、光栄だな……」
俺は悪足掻きで拳を叩き付ける。持ち上げられているため、ちょうど奴の顔面に打ち込まれる形となった。
『未だに戦意を失わないのは誉めてやろう。だが、人を喰らう魔族……その顔面に拳を突き立てる事がどういう事か、理解しているのか?』
直後、開かれた奴の口が俺の拳をガブリと咥え込んだ。そりゃそうなるわな。奴からすれば、目の前に美味そうな食料を差し出されたようなもんだ。
だが俺の狙いはまさにそれ。表面は頑丈であっても内部はそうでもないだろうという定番の作戦だ。通じるかどうかは別として、とりあえずはやってみる。
「理解しているからこそやっているんだ。この食いしん坊が」
まだ手が食いちぎられていないうちに、奴の口内にある拳の中に爆発物を召喚する。そして、火の魔術で起爆させると同時、奴のアゴに全力で膝蹴りを叩き込む……!
『ごぁ……? うぐぅおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
アゴを蹴った衝撃で奴の牙が食い込んで俺の手首が千切れるが、同時に頭を掴んでいた手の力も緩み、俺は拘束から逃れる。
奴の口を塞いだ事で爆発の衝撃の大半が奴の中へ行ったため、俺は至近距離でも巻き添えを喰らう事は無かった。
さすがに剣も突き刺さらないほどに頑丈だった奴も口内まではそうでも無かったようで、一瞬で頭部が木っ端微塵に砕け散った。
顔を失って倒れる奴の身体。だが、まだ油断はしない。相手は魔族だ……人間の尺度で計ってはいけない。
某完全体の奴みたいに上半身を失っていても起き上がってくるかもしれないし、何より奴は複製体だと言っていた。と、なると――
「「「「「ふっふっふっふっ」」」」」
やっぱりとは思ったが、本当にそういうオチだったか。奥の扉から、次々と変身前の大公達が飛び出してくる。
ようやくの思いで倒した後、崖の上に百体以上がズラリと並ぶよりかはまだマシだが……それでも十数人は並んでいるな。
「ここまで同じ顔が並ぶと気味が悪いな。どうせなら以前に見たティアとかいう女性でやってくれ」
「ふはははは! 面と向かって何と無礼な奴だ。だが、奴は確かに美しい。沢山並んでいればさぞ素晴らしい光景だろうな」
「だろ? そう思うなら消えてくれないか? 屋内にオッサンが密集していて暑苦しい事この上ないからな」
「そんな状態で良く吠えられるものだ。我を一体倒しただけで既に満身創痍ではないか」
今の俺は右手を失った状態である。法力麻酔で痛みこそないものの、決して放置できる状態ではない。
いっその事ここいらでもう一度死ぬべきか。けど、それならいっそ『無い方の手』で一発殴ってみるのもロマンかもな。
「……いや、すまない。どうやら選手交代のようだ」
「ぬ?」
と言うのも、俺の横にはらはらと白い粉末が降り注いできたからだ。粉雪のようなそれは瞬く間に降り積もり、巨大な盛り塩のような山を作り出す。
そして、その山の中から骨の手が生え、続いて頭蓋骨が顔を出し、そのままフワフワ上昇しながら残る身体と足を形成していく。
最後に豪奢な法王のような衣装を召喚し、身に纏えば……死者の王の登場だ。相変わらず登場を演出したがるエンターテイナー気質だな。
『ふむ、貴様らがファウルネス大公とやらか。待ちきれずに我の方から来てしまったわ』
「豪奢な法衣を纏ったスケルトン……。そうか、貴様が死者の王か」




