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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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109:異邦人、速達便でお届けします

 視界が光に包まれる。まぶしさに思わず目を閉じるが、直後に目を開いて見えたのはヴェイデンの街並みだった。

 背後を見ると教育施設と屠畜場を兼ねた宮殿があり、その屋根からは俺達が出てきたと思われる煙突が姿を覗かせていた。


『(煙突から飛び出すって……アンパンのヒーローじゃあるまいし)』


 こうして眼下を眺めてみるとほんとただの街にしか見えないな……。いや、ただの街以上に平和な光景だ。

 基本的に平民が虐げられている――ニヒテン村のような目に遭う事も珍しくも無い庶民が笑顔で暮らす事が出来る。

 さらに、教育まで受けさせてもらえるとなれば、確かに楽園以外の何物でもないだろう。


 鳥は霊体である俺の存在など全く意識することなく、さらに高度を上げつつ街を飛び出そうと羽ばたく。

 ちょっと待て。確かここって、街全体を包み込む結界が張られているんじゃなかったか……? 

 鳥は俺の思っている事など気にする事無く突き進み「クエーッ!」と甲高い鳴き声と共に城壁の上を通り抜ける。


『(っと、何かにぶつかるような感じはなかったが……)』


 後ろを振り返ってみると、事前に聞かされていた通りヴェイデンの上部は黒いドーム状の壁に覆われており、中が見えない。

 だが、その壁の一部には小さな穴が開いており、それが少しずつ閉じていくのが確認できた。おそらくは先程の鳥の鳴き声が合図だったんだろう。

 鳥は地上から誰かに見られる事を良しとしないのか、より高度を上げつつ目的地に向かって進み始めた。




 高度数百メートルから見る景色は圧巻だった。何と言うか、ロールプレイングゲームで見たイメージそのままの世界が広がっている。

 大きく広がる草原と、そこを突き抜けるように引かれている一本の道路。旅人か商人か、行き来する人の姿もちらほら見える。

 そこから離れた草原の只中には、野生の動物かモンスターか十数匹の群れが駆けていく光景が見える。背後から大型の捕食者に追われているようだ。

 他には目立つ高層建築も無く、あちらこちらに点在する森の木々が少々目立つくらいで、未開発の部分が非常に多いことを窺わせる。


『(こうして鳥で空を飛んでいると、国民的RPGで大空を飛ぶ時の音楽を思い出すな……)』


 町か村らしきものは……見渡して見る限り二、三か所か。いずれも木造の柵にボロ家ばかり、間違いなく平民の村だろう。

 基本的に立派な壁がある場所には、ヴェイデンのような例外を除いて平民は住めないようだな。あれじゃモンスターがやってきても攻め込まれ放題だ。

 おまけにまともな道すら整備されていない。住民が外へ物を売りに行く事も困難だし、逆に商人が買い付けに行く事も困難な道のりだ。

 ロクに儲ける事も出来ない環境なのにもかかわらず、貴族への献上品に対する取り立ては非常に厳しいというのだから理不尽な事この上ない。


 だが、この国の腐った貴族達からすれば、平民などただ自分達を潤すためだけに存在する奴隷のようなものにしか見えていない。

 びた一文とて平民のために金を出すつもりはないだろうし、時間や労働力を割こうなどとは間違っても思わないだろう。


『(一挙手一投足まで完全に管理されていたエリーティと、理不尽なまでの扱いを受けるダーテ。どちらも、魔物に支配されるとロクなことにならないのは間違いない……か)』


 過酷な現状を想像する間にも、鳥は地面に敷かれた道をなぞるように飛んでいく。この国において、道は主要な都市同士を結ぶくらいにしか作られていない。

 故に、ヴェイデンから北西方面へ続く道はそのまま王都にまで一本道で繋がっている。草原を抜け、森を抜け、小高い丘を抜けたさらにその先に目的地となる王都はあった。


 ヴェイデン以上に面積が広いサークル状の都市で、名はデルプニスというらしい。城壁もヴェイデンよりも巨大で美しく、壁の内側に並ぶ建物もどれ一つとして庶民的なものはなく、全てが豪華な屋敷だ。

 言うまでもなく、都市の一番奥にそびえる一際巨大な城が王城なのだろう。建造物自体はどれも美しいんだが、中身がな……ほんと色々な意味でもったいない都市だ。


 元々盆地にあるこの国だが、王都もまた周りを小高い丘に囲まれた盆地だ。自然の地形と人工の城壁が合わさって、ハイブリッドの強力な要塞として成り立っている。

 高度を下げつつある程度まで接近した所で、鳥がまたも「クエーッ!」と甲高い鳴き声を発する。城門前に居た兵士達がその声に反応して一斉に武器を構えるも、隊長らしき人が手で制し、兵士達が持ち場に戻っていく。

 どうやらあの人物はこの鳥の事を把握しているらしく、鳥に向かって敬礼をしている。まぁ、速達便のようなものだしな……これって。来る度に撃墜されてしまうようなら、もはやビジネス成り立たないわな。




 壁を越え、王都に入る。ヴェイデンの時と違って壁越えの際には何も起きなかったが、この王都があそこより警備が薄いなんて事はありえないだろう。

 おそらくはあの時敬礼していた者が一時的にバリアを解いて通すように通達したのだと思われる。貴族宛の荷物の運送を妨害などすれば、それこそ首が飛んでもおかしくない。

 何せ荷物を運んできた鳥に対してすら敬礼していたくらいだ。貴族社会における序列の差は、俺達が考える以上に絶対的なものであるに違いない。

 確か、俺が行く事になっている相手は大公だったな……。上には王くらいしか居ないぞ。ルクセンブルク大公国のように、国によってはトップにもなり得る程の地位だ。


 眼下に広がるのは、余すところなく贅を尽くした街並みだった。美しい模様が描かれた石畳に、芸術的な意匠の街灯、大型のプランターには美しい花々が植えられている。

 オープンテラスでは貴婦人達が談笑し、彼女らの使用人と思われる執事服の男性やメイド達が商店街を歩き回って物資の調達を行っていた。

 とある屋敷では立食パーティか何かが催されているのか、庭に多くの人達が集まって机を囲んでワイワイ騒いでいた。ほんと平民の現状とは正反対だな。

 金は使いたい放題、食べ物も食べ放題。ほとんどの奴が労働すらしてなさそうだ。そんな貴族の暮らしっぷりを目にしつつ、鳥は王都の中でもかなり大きな宮殿が建つ庭へと下り立った。


 既に出迎えのための使用人が何人かやってきており、鳥が三度「クエーッ!」と甲高い鳴き声を発すると、口の中から何やら黒い筒を吐き出し、同時に姿がかき消えた。

 役割を果たしたという事なのだろう。使用人が筒を手に取り封を開けると中には書類が入っており、内容を確認するとすぐ周りの人達に指示を出し始める。


「ま、まさかヴェイデンから異邦人の肉が献上されるとは……これでますます大公は力をお付けになる。下剋上の日も近いのかもしれん」


 サラリととんでもない事を言う使用人。大公は下剋上を企んでいたのか。王子は革命を目指し、配下は下剋上を企てる……どんだけ酷いんだこの国の王は。

 俺の死体を見てためらいなく『肉』と口にした以上、この使用人も魔族化しているという事なのだろう。もはや王都に人間はいないのかもしれないな。

 


 ・・・・・



 そして、棺は使用人達によって宮殿の中へと運び込まれる……。


 厨房の床にデデンと置かれた俺の棺の周りには、料理人達がなんだなんだと群がって来ていたが、執事らしき人物がパンパン手を叩くと皆が持ち場へ戻っていった。

 そして、奥の大扉からライオンみたいな髪と髭の大男が出てきた。まるで王様と見紛うような豪華絢爛な衣装を纏い、指には凶器かと言う程の指輪をジャラジャラ付けている。


「ご主人様。ヴェイデンのティア様よりお届けものです。何でも、死者の王と名乗るアンデッドのリッチによる献上品との事で……」


 執事に渡された手紙を読む大男。手紙を渡した事から見ても、この男がファウルネス大公であると見ていいだろう。

 正直思ってたのとイメージが違ってびっくりした。てっきり俺はでっぷり肥えたブヨブヨのおっさんが出てくるとばかり思っていた。

 ヴェッテさんやアロガントほど巨大ではないけど、それに迫る体格だ。この世界の人達、俺の世界よりデカい人が多いな……。

 さっき使用人も「ますます大公は力をお付けになる」とか「下剋上」とか言ってたし、これは完全に自ら最前線で戦うタイプの人だ。


「おぉ! 何という芳醇な香りだ! これが、異邦人の肉なのか!?」


 さっきのティアもそうだったが、そんなに俺の身体って香しいのか……? 人間にはよくわからん感覚だな。

 プラモデルのようにバラされた俺の死体を眺めつつ満足気な表情を浮かべる大男。一歩間違えればウホッて感じで、違う意味で恐ろしい。

 執事から渡された手紙を最後まで読み切ると、それを執事へと返却し、両手を大きく広げて高らかに宣言する。


「いいだろう! これを提供してくれたという死者の王とやらには最大限の便宜を図ってやろう! 生まれも育ちも違えど同じ魔の者、我は野心ある者を歓迎する!」

「はっ、では早々にティア様に向けて返信を行っておきます。ご主人様は、贅を尽くした異邦人のフルコースをご堪能くださいませ」


 あー、俺。ついに調理されちゃうのかー……。

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