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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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108:王の献上品

『端的に言えば、コネクションが欲しい。我はリッチであるが故に孤立していたのでな。安定して人間界で活動できる場所、定期的な食料の供給などの後ろ盾を望んでいる』

「確かリッチは一人奥に籠り魔導の探究を続ける存在だったな。それがわざわざ表に出て接触を図ってきたのだ。その苦労は察しよう」


 本来のリッチは人間達が自らその領域に踏み込まないと巡り合わないような存在であり、基本的には手を出さなければ危険はない。

 だがその環境ゆえに食料となる魂などのエネルギー源は非常に少なく、定期的に表に出て採取を行う必要がある。人間達が災厄に見舞われるのはその時だ。

 ティアも、王がそうした事情から表に出てきたリッチと考えていた。そして、無闇に人里を襲わずこうやって接触してきた以上、並のリッチよりは遥かに頭が回るとも考えていた。

 何より実際に握手した際に感じた力から、実力差を痛感している。下手な対応をして機嫌を損ねでもしたら、それだけでヴェイデンが壊滅の危機に陥りかねない。


『人間の国にこれほどの魔族の施設を作れるのだ。お主達の後ろ盾になっている、強大な魔族の統治者が居るのだろう? もちろんタダでとは言わぬ、我をその者に売り込みたいのだ』

「わかった。だが、この私もトップの方とは繋がりが無いのだ……。代わりに、トップと繋がりのある大貴族を紹介しよう。位は大公だし、後ろ盾としては充分ではないか?」

『ふむ、大公か……。確かに、国においてはトップに近しい権力だな。それならば、問題ないだろう』

「それでは、王は大公に一体何を差し出すというのかな? 差し出す相手が相手だ。並のものでは印象にすら残らんぞ」

『……こういうのはどうだ?』


 そう言って王が地面に空間の穴を出現させ、手を突っ込んで引きずり出してきたのは一人の人間だった。

 頭を鷲掴みにされ、苦しそうにうめいていたのは黒髪の少年だ。軽装鎧に普通の剣と、特に何か変わった点があるようには思えない。


「空間収納か……さすがだな、だが、なんだその少年は。捕らえた冒険者でも引っ張り出してきたか?」

『この者はな、こう見えて異邦人だ。お主も肉を喰らう存在であるなら意味が分かるだろう。この世界の者ではあり得ない、特異な能力に目覚めた者の肉を食う事がどういう事であるか』

「その少年が異邦人だと!? それは本当か……」


 異邦人は別世界の人間であり、ル・マリオンへ召喚される際にこの世界の人間ではありえない特異な能力を発現させる事がある。

 魔族の界隈において、別世界の存在の肉はこの世界の肉とは明らかに違う格別の美味さを誇り、かつ食した者に比類なき力を与えるとすら伝えられていた。

 ル・マリオンにおいて上級魔族と言われている存在の中でも、特に群を抜いた力を持つ者達は等しく異邦人を食したのではないかと言われている。


「た、確かにこの五感全てを余す所なく刺激するかのような香しさ……。そ、そんな異邦人の肉が、今……目の前にあると言うのか……」


 ティアはとろけたような表情になり、涎をこぼしながらハァハァと荒い呼吸をしている。

 人間達で例えるなら、目の前で最高級の肉を炙られ、その香りを直に浴びせられているかのような状態だ。

 それほどまでに、魔族にとっての異邦人の肉とは魅力的なものなのであった。


『お主にそれほどの反応を頂けるとは、献上品としての効果はありそうで何よりだ』

「はっ! す、すまんな。大公への献上品であるのに、みっともなく欲してしまうとは……」



 ・・・・・



 ――少し時はさかのぼる。


 実は王が出発する前、リチェルカーレによって王の感覚を共有する魔術を施されていた。

 エレナとレミアは『人間を解体する現場を見せるのはキツいだろう』という計らいで感覚を共有する対象から外れている。

 いくら戦場で傷ついた者達や無残に殺された者達を見ているとはいえ、解体はまた意味合いが違うからな……。


 そんな訳で俺はヴェイデンの事は把握しているし、屠畜場の様子もバッチリ見ていた。

 まさか剣と魔法の世界に近代的なライン生産方式の工場が建設されているとは思いもしなかったな。

 しかも、魔術とのハイブリッドだ。明らかに俺達の世界の技術を上回る凄い物が生まれている。


 王はやがてヴェイデンの代表だというティアという女性と対面していた。

 すげぇ美人だが、この人もエリーティの彼らみたいな異形に変わってしまうんだろうか……残念だな。

 二人が話を始めた所で、ふと俺の頭の中に声が響いてきた。


『(リューイチよ。どうやらお主に活躍してもらう時が来たようだぞ。良いか? まずは――)』


 そう。リチェルカーレの魔術は王と意識内でやり取りする事も可能となっていた。

 表向きにはティアと会話しつつ、裏で彼が提案してきた内容は、まさに俺が持つ能力をフル活用した作戦だった。

 エレナとレミアを除外したのはこの件もある。もし俺を利用する事を知ったら反対されるだろうからな。




 ……と、そんな訳で俺は現在に至る。


 今は王によって召喚され、頭を鷲掴みにされ苦しそうにうめいている所だ。

 演技と思われそうだが実はそうではない。リアリティを出すために、実際に王は俺の頭をギリギリ絞めつけている。

 と言うか、マジでかなり痛いんだけど……。話を進める前に潰れたスイカみたくならないだろうな。


『それで、大公へ献上すると言うが一体どうするのだ? このまま連行していくのか?』

「いや、大公には踊り食いの趣味はない。品格ある大貴族らしく、ちゃんと調理されたものを好むのでな。ここで下処理をさせてもらおう」


 そう言ってティアが指の爪四本を伸ばして一つに束ね、ナイフのようなものを作り出して一瞬のうちに俺の首を刎ねる。

 その瞬間、俺の身体から誰にも見えない霊体が飛び出した。そして、霊体となった俺は見た。跳ねられた首が、ティアの胸元に抱かれているのを……。


『おい、俺の首! そこ、俺と代われ!』


 元々三十代半ばの俺にとっては、三十代の女性は同年代であり充分に魅力的な女性だった。

 しかもティアはかなりの美人で体格もグラマラス。そんな胸に顔を埋めている俺の首がうらやましい。

 しばらく胸元の首を見つめたティアは、名残惜しそうに俺の首を放して机の上に置いた。

 そして素早く手足を切り離して一か所にまとめると、腹を斬り裂いて中身を取り出し素早く大きな袋へとまとめていく。

 さすがは解体現場を仕切る長。当然の事ながら、自身で解体するだけの技術も有していたという事か。


『(しっかし、何とも言えない感覚だな……。自分が解体されていく様を見るなんて)』


 あっという間に解体された俺は、氷の敷き詰められた棺のような箱に元々の人型を思わせるような配置で並べられていった。

 まるで関節部分を外されたプラモデルのようだ。大公へ送る際は、こうやって箱詰めのレイアウトにもこだわるんだな……無駄知識が増えたぞ。

 さらに上から氷をかぶせられ完全に俺の姿が見えなくなると、ようやく蓋を閉めた。まるで冷凍魚の配送だ。人間も新鮮さが命なんだな。


「よし、では速達で配送させてもらう。出でよ、我が僕よ!」


 ティアが床に魔法陣を描き出すと、そこから体長にして二メートルほどの真っ黒な鳥が出現する。

 体長に見合わぬ巨大な足でガッツリと棺を掴むと、バッサバッサと翼をはためかせ始めた。

 ちょっと待て。ここ地下の部屋だったよな……一体どうやって出るんだ? と思ってたら天井が大きく開いた。

 円筒状の筒のようなものが遥か上にまで続いている。これはヴィーダーのアジトと同じパターンか。

 少しずつ浮いていく鳥と俺の棺。おっと、俺もついていかないといけないな……。


『(何となくだが、霊体時の動き方も分かる気がする。えっと、こう……俺の身体との間にリンクを結ぶような感じで)』


 自らの身体から立ち上る気――霊力とでも言えばいいのか、それを自身へ接続するイメージ。

 そうする事で、肉体が移動すると共に俺も引っ張られる事となり、移動が楽になる。

 事実、鳥が徐々に上昇していく度に霊体の俺も引っ張られるようにして登って行っている。


『お、おぉ……これは楽でいいな。このまま目的地にまで引っ張っていってもら――おぉぉぉぉぉぉ!?』


 突然の急上昇! またかよ! どうやら鳥が羽ばたきではなく風の魔術での上昇に切り替えたようだ。

 翼をヘの字状に固定して下向きに魔力を放出している。魔法陣で呼ばれただけあって、やはり普通の鳥では無かったか。

 幸か不幸か今の俺は霊体。ヴィーダーの時のように風圧とかホコリが当たる感触は感じないのが救いだな。


 ――鳥が勢いを増して間もなく、俺達はすぐに薄暗い穴を抜け出して、空へと飛び出していた。

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