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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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107:ヴェイデン屠畜場

「地上はこのように人間の育成施設となっております。さぁ、地下へまいりましょうか」


 魔力仕掛けのエレベーターに乗り、王の感覚で大体百メートルほど下った所で扉が開く。

 地上に広がっていた宮殿を模した学校とは異なり、まるで洞窟のような岩の空間が広がる。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ! たっ、助けてくれえぇぇぇぇぇぇっ!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突然、男女多数の悲鳴が聞こえてくる。


「ここには虐待や暴行によって肉体へダメージを与える事で肉の味や質がどう変質するのかを研究している部署があります」

「他の部署からは、研究とは名ばかりの憂さ晴らし部署って呼ばれてますが。いたぶり尽くす事が主となってしまって、なかなか成果が上がってこないので……」

(むしろ、変わっているのはお主達の方だと思うがね。魔物は本能的な行動として、あぁやって人間をゴミのように扱うのが普通なのだが)


 案内役の彼らは、美味しいものを作り上げたいという思いから、家畜としてではあるが人間に対して愛情を持っている。

 故に、ただ本能に従って動くだけで、自分達の食料に関して改善の努力が皆無な魔物達に対する嫌悪感が芽生えてしまっていた。


「それ以外にも、屠殺する際にあえて真実を知らせ、絶望させてから殺す事で味が変わるかどうかも試していたな……」

『肉の味に関しては何とも言えぬが、少なくとも魂に関しては味が変わるぞ。抜き取る直前に希望を抱いていたか絶望に満ちていたかで差が生じる』

「お、おぉ……それは本当ですか。魂は精神そのものとも言えますし、確かにその影響は大きそうですな」

『知識を蓄える事もまた、精神に変化を与える行為だ。それで脳が濃厚になると考えているのであれば、絶望希望も無意味では無かろう』


 王はあくまでもアンデッドというモンスターであるため、人間を喰うという行為に対しての忌避感はない。

 そのため、傍から見れば異様とも思えるこういった事に関してもアドバイスが出来る。何せ実体験に基づいているのだ。

 ニヒテン村においては人間の憎悪を喰らっていたが、今の彼自身の姿が示すように、別に光に満ちた希望でも全然イケるクチである。


「さすがは死者の王……。人間に対する造詣が深いですな」

「食す部分は異なれども、ここの顧問としてお勤め頂きたいくらいですね」


 岩の通路の左右には部屋がいくつもあり、その中には暴行される人間や虐待を受ける人間の姿が見受けられた。

 別の部屋には狭い檻に閉じ込められ、チューブで口内に無理矢理流動食を流し込まれて肥えさせられている人間達も居る。

 光の当たらぬ部屋に大量に詰め込まれた人間達もまた、外とは違うコンセプトでの食肉研究の一環と思われる。


 王はそれらを否定しない。命あるものを食料として扱う魔族を否定するなら、人間も否定しなくてはならなくなる。

 人間もまた、家畜に対して似たような事をしているのだ。どんな生物も、自分達より下位の存在には何処までも残酷になれる。

 一生物としてではなく単なる食料として扱う。味と効率の追求のためならどんな事だってやってみせてしまう。


(くっくっくっ、この偵察任務……存外に面白いではないか)


 魔族の恐るべき企てを見に来たつもりが、人間の抱える業の深さを改めて知る事になった王。

 湧き上がってきた感情は、意外にも愉悦であった。骨ゆえに空洞のハズの胸中が不思議と暖まる感覚を抱いた。



 ・・・・・



 やがて最奥の大きな扉にたどり着くと、案内役がそれぞれ左右の扉を押して王のために道を開く。

 そこには広大な空間が広がっており、地下とは思えない程に明るく整備された場所だった。


『むぅ、これは……』


 王が目撃したのは、広大な空間を埋め尽くす大きな機械の数々。各々に複雑な文様が刻まれており、淡い光と共に唸りを上げていた。

 もしも竜一がこの場に居たのならば、確実に『現代のライン生産方式の工場』を思い浮かべていた事であろう。


「如何ですか? 魔術を組み込んだ機械を用いた大規模な加工場です。我々も詳しくは分からないのですが、技術は異邦人によって持ち込まれたらしいです」

「とは言え、それを学んだ者達が彼らの世界のカガク技術? とやらが良く分からず面倒だったとかで、その部分を魔術によって補った結果、このようなものが出来上がったと聞いています。故に、本来異邦人が伝えようとしていたものとは異なると思いますが……」

『異邦人の技術か……。確かに、このような大規模な機械をこの世界の者がゼロから生み出せるとは思えぬな。だが、魔術で不明な点を補うのは良き試みだと思うぞ。魔術次第では、本家を超えるやもしれぬ』


 王の目の前には、幅にして一メートル半ばの太さはあろうかというベルトコンベアがあり、その上を裸の人間が寝かされ幾人も流されて行く。

 頭だけが横にはみ出している状態だが、しばらく進むとコンベアの端に赤色の魔力の刃が形成され、流れていく人間の首を次々と斬り落としていった。


「基本的に頭部は斬り落として、残りの部位を細かく切り分けて加工していきます」

「頭部は珍味として愛好する者も居れば、嗜好品として楽しまれる方もおりますので別口での出荷が多いですね」


 頭部を斬り落とされた人間の足にフックが打ち込まれ、逆さ吊りにされてラインを流れていく。

 ここはさすがにオートメーションとはなっていないのか、作業着のスタッフが一人一人の腹を割いて中身を取り出していく。

 それらは一人分ずつ袋にまとめて収められた後、別のコンベアに乗せられ流れていき奥の方へと消えていった。


「中身は中身で需要がありますのでまとめて別売りとしています。薬効を信じる方や、頭部と同じく珍味として愛好する者もおりますので」

『皮肉な話だな。人間が家畜を捌くために編み出した屠畜技術をそのまま人間自身に適用できてしまうとはな……』


 一行は様々な行程が行われるラインの横を通り抜けて、さらなる別の扉の前にまでやってきた。


「ここがヴェイデンの長の部屋となります。話は通してありますので、王のみで入って来て頂きたいとの事でございます」

『承知した。では、話をさせてもらうとしようか』



 ・・・・・



「やぁ、よく来てくれたね。私がヴェイデンを統治するティア・ツフトだ」


 部屋に入った王を出迎えたのはなんと女性だった。年の頃は三十代半ばだろうか。軍服のようなものを身に纏ったスラリとした長身に鋭い眼光、成熟した美貌。

 黒い服に対し血のような赤い髪が良く映えるその姿は、相対したのが普通の人間であったのならば、間違いなく見惚れてしまうような逸材だった。


『名は失われているのでな、済まぬが……』

「話は聞いている。アンデッド属の最高位リッチにして、死者の王と呼ばれる存在であると。歓迎しよう、王よ」


 ガッツリと握手を交わす二人。その瞬間、ティアに怖気が走った。一瞬で死者の王の力量を感じ取ったのだ。


「……さて、貴殿の目的は『人間の魂』だと聞いているが」

『うむ。お主らは人間の血肉を望み、我は魂を望む。同じ個体から肉と魂のそれぞれが採取できる以上、競合はしないと思うのだが』

「確かにな。我らはまず人間の命を絶ってから加工に移る。いわば魂はその時点で捨てているに等しい」

『その捨てているものを我が欲しているという訳だな。確か人間達の間では、こういうのをリサイクルと言うのだったか』

「王の提案には何も問題はない。ただ、全ての人間の魂を……とはいかないが」

『承知している。愛好家の中には『生きたまま』を所望する者達が居るという事だろう』


 動物を食す人間達にも狩る所から始める事を楽しむ者が居るように、人間を喰う者達の中にもその行程を楽しむ者達が存在する。

 その者達も最初は奴隷市場から調達していたのだが、奴隷は労働力や愛玩として使われる事が主であり、消耗品として使われると供給が追い付かなくなる。

 加えて奴隷は食料としての美味しさを考慮されて居る訳ではなく、生育環境が普通の人間よりも悪いためか、比べて不味い場合すらある。


『奴隷市場は供給の問題に悩んだようだが、ここは問題ないのか? 先程もラインに何十人の人間が放出されたようだが』

「忘れたのか。ここは人間の牧場だぞ。当然、繁殖に関しては力を入れている分野だ。見るがいい」


 ティアが壁にガラスのような魔力の板を展開する。いわばスクリーンだ。


「各部屋に監視として置いている使い魔の視界を投影しよう」


 すると、画面には保育園の教室らしき場所が映し出され、何十人もの子供達がワイワイと遊んでいる。

 どの子供達も元気いっぱい健やか、笑顔満点だ。世話役の女性達も、わんぱく盛りの子供達に手を焼かされつつも笑顔が絶えない。


「この子達はいわば天然モノだ。楽園に招かれた人間達が愛を育み、その果てに産まれた子供達という訳だな」

(この光景を見て、この子達が将来喰われるために育てられているなどと、誰が思うのだろうな……)


 しばらくすると画面が切り替わり、今度は無機質で暗い部屋に円筒型の水槽が立ち並ぶ光景が写った。

 水槽の中には何処も等しく人間の赤ん坊が浮かんでおり、それらを眺めては何かしらメモを取っている者達の姿が見える。


「当然、牧場であるが故に養殖の研究も行っている。人間として見れば欠陥品ばかりだが、食肉として考えれば問題はない」

『人材として使うのであれば大いに問題があるのだろうが、そう割り切ってしまえば確かに大丈夫そうだな』


 竜一達の世界においてはご法度とされているクローン生産も、異世界では魔術的観点から研究開発が進み実用化されていた。

 ただし、現時点では何かしらの欠陥がある者しか生み出せていないため、欠陥を問題としない形での利用にしか用いられていない。


「それで、死者の王よ。本題は何だ……?」

『さすがに気付いていたか』


 不敵に笑むティア。そして、それに対して同じように返す王。目の部分の骨格を器用に歪め、骸骨ながらにして表情を作り出して見せるのだった。

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