表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
112/494

106:死者の王、視察する

 王は空間転移で目的地近くに出現し、そこからは一人で歩いていった。

 堅牢な門と城壁、空は不可視の障壁で覆われた、噂では『楽園』と呼ばれている場所である。


「待て! 貴様……モンスターだな!?」

「その姿からしてアンデッドのようだが、何故このような場所に居る!?」


 門番を務めている二人の男性が、王の姿を発見してすぐさま駆け寄ってくる。


『くっくっくっ、沢山の人間の匂いがしたのでな……。思わず引き寄せられたわ』

「まさか、中の人間達を狙っているのか!?」

『問題なかろう? 貴様達が欲しているのは血肉であって、我が欲するのは魂だ。獲物が競合する事は無い』

「……どういう、事だ?」


 怪訝な顔をする門番の男達。しかし、王に虚飾は通じない。

 眼前までやってきた二人からは、誤魔化しきれない魔の臭いが漂ってきていた。


『こういう事だ』


 右手をかざして光を放つと同時、それに包まれた兵士が異形の存在と化す。


「き、貴様ぁっ!」

『猛るな。我も生まれはこの世界とは言え魔に属する者。言わば同胞だ。包み隠しは無しで行こう』

「お、落ち着け相棒! よくよく見てみれば、このアンデッド……只者じゃない!」


 魔族としての正体を暴かれ怒る兵士と、それを取り押さえる人の姿のままの兵士。

 取り押さえている側の兵士は、王が正体を暴いた際に発する力を見て、瞬時にその力量差を把握していた。

 包み隠しは無しに――と言う王の言葉に従うように、その兵士も魔族としての姿を自ら曝け出した。


「……このアンデッドを客として迎えよう」

「わ、わかった。今から上に確認を取ってくる!」


 王は、出来る事ならば主の推測が外れていて欲しいと願っていた……。しかし、現実はこうだ。

 魔族達が門を守っていたその時点で、既にリチェルカーレの推測は大当たりであると言えるだろう。

 確認は数分とかからず、王は『楽園』の中へと通してもらえることになった。



 ・・・・・



 ――門の中は、ごくごく普通の町だった。


 活気に満ちた人々が行き交い、会話に花を咲かせる者達があちらこちらに溢れている。

 まるで祭りでも行われているかのように沢山の出店が並び、それら店も客の出入りが激しく賑わっていた。


(ふむ、エリーティのシェーナのような演技臭さは感じぬ。少なくとも、ここに居る人々は本気でこの生活を堪能しているようだ)


 シェーナは対外的に豊かさをアピールするために、徹底した演劇が行われていた町だった。

 それ故に何処か人々の様子に不自然な部分が感じられ、見る者達に不気味なものすら感じさせた。

 しかし、ここにはそれがない。ただ、ごく普通の明るい街の光景が広がっているだけだ。


「如何ですかな。えっと……何とお呼びすれば?」

『我の名はリッチ化した影響で呪われていて封じられておるのでな、周りからは他のリッチと区別する意味で『死者の王』と呼ばれておる』

「では王よ。これがこの都市・ヴェイデンにおける人々の暮らしで御座います。如何で御座いましょうか」

『とても信じられんな。この光景を見る限りでは、ここがそのような用途で作られているなどとは思えぬほどだ』


 魔族が門を守っていた場所だという事を忘れそうになるくらい、王は感心していた。

 ダーテ王国に入る前に話しかけてきた冒険者が語っていたような悪い部分が全く見られない。


「あっ、神官さまだ! 僕たちの街にお祈りに来てくれたの!?」


 通りを歩いていた親子連れのうち、子供母親の手を振り切って王の下へと駆け寄ってきた。


『……神官? おぉ、我の事か』


 現在の王は光の力を強めて綺麗な姿となり、法王を思わせるような豪奢な祭服を身に纏っている。

 髑髏が見えるとまずいので顔はヴェールで隠しているが、それがまた大物感を漂わせている事に彼自身は気付いていない。

 いつしか王達は人々に囲まれて歓待を受けていた。しかし、これだけ人が集まってしまうと先へ進めない。


「おぉ坊主、今日も元気そうで何よりだ!」

「あっ、門番のおじさん!」

「けどなぁ、あっちで母ちゃんが困ってるぞ。あんまり迷惑をかけちゃいけねぇぞ。なぁに、神官さまはすぐにいなくなる訳じゃねぇさ」

「うん、わかった! じゃーね、おじさん! 神官さま!」


 王を案内する門番の一人が、子供の頭を撫でて母親の下へと返した。

 もう一人の門番の方も集まった人達の所へ行って何やら話し、その場を解散させていた。


『意外だな。人間を単なる食料としてしか見ておらぬ魔族が、まさかそのような振る舞いをするとは……プライドが許さないのではないか?』

「何を驚く事がありますか。人間も単なる食料に過ぎぬ家畜共を丹精込めて育てているでしょう。自分達のそれも同じ事です」

「考えても見てください、家畜を虐待したり拷問したりして育てたものが将来的に美味しくなるでしょうか。否、愛情をもって真摯に育ててこそ美味しく育つのです」

『……む。そ、そうか』


 珍しく気圧される王。どうやらこの魔族達は割と本腰が入った畜産をしているようだ。 


(人間達の畜産は、時に虐待とも思えるような酷いものもある。下手したら、この魔物達は人間達よりも真面目に畜産をやっているのかもしれないな……)


 それから街中を案内される中で見てきたのは、公園で奔放に遊ぶ子供達の姿。

 仲間同士で連れたってにぎやかに買い物をする少年少女達。店の軒先でのんびりティータイムの主婦達……。

 ツェントラールの首都スイフルでさえ時々トラブルが起きるのに、ヴェイデンは平和そのものだ。

 お年寄り達も日の光を浴びつつ、のんびりとベンチに座ってただただ時間が過ぎゆくのを楽しんでいるようだった。


『外から見れば不可視だったが、中から見るとちゃんと空が見えるのだな』

「完全に屋根を閉じてしまっては生育に支障が生じますからね。貴族の魔導師さまさまですよ」

「違いない。魔族の力を得たとは言え、これほどの結界を作る大魔術……恐るべしだ」


 王は結界に目線をやると、瞬時にその魔術を理解した。


(ふむ。確かにこれはなかなかの高等魔術だ。これでは、ジークやヴェッテでも破るのは骨が折れるだろうな)


 当然リチェルカーレは言うまでもない。レミアもさらにシルヴァリアスの力を引き出せばいけるだろう。

 王はさっきの一瞥で結界の効果や強度も把握し、素早く分析を済ませていた。この程度、人の域を超えた魔導師にとっては基本である。


「おっと、着きましたぞ」


 案内役が立ち止まったそこには、まるで王城の如き大きな宮殿が建てられていた。


「ここがヴェイデンの中枢となります。王が望んでいたであろう『真実』も、ここでハッキリわかると思いますよ」

『真実……ここがいわば屠畜場と言う訳か。ここへ連れて来られた人間達は騒いだりしないのか?』

「騒がれると面倒ですので、連れて行く際には意識を奪います。あくまでも我々の部署は事務的に食料生産をする事を是としておりますので」

『部署? ここにはいくつかのグループが存在しているのか?』

「違う育成方法を試みている者や、より良い加工法を模索している者達が居ます。あと、先程我々が否定した虐待や拷問を行っている者達も……」


 苦い顔をする二人。家畜に愛着を持ってしまった者として、家畜を乱暴に扱う者を受け入れがたいのだろう。

 だが、あくまでも彼らは自身で育てている食料に愛着があるだけであり、人間を好きになったとか共存を望むようになったとかではない。

 この場を出て一兵士として戦場に赴けば、その時は容赦なく人間の敵性存在として爪や牙を振るい、破壊と殺戮を繰り広げる。


(何とも愉快な話だ。主が聞けば大笑いしそうだ……。いや、既に笑っているな)



 宮殿の中に足を踏み入れると、そこは――学校だった。

 沢山の教室が並び、大人から子供まで多種多様な者達が席を並べて勉学に勤しんでいる。

 中庭では運動に興じる者達や、近接戦闘術、魔術の特訓をする者達の姿も……。


「ここは、人間の才を伸ばす事で味を引き立てる事を目的とした部署です。運動により肉を引き締めて密度を増す事で味を深め、知識を蓄える事で珍味の脳がより濃厚になると言われております」

『一生懸命学んだ知識や身に着けた技術が、描いた夢の役に立つ事もなく終わってしまうとは、何とも悲しきものだな……』


 ちょくちょく耳に飛び込んでくる「将来は騎士になって国を守るんだ!」とか「魔導師になって凄い魔術を編み出したい」などと夢を語る子供達の声が、存在しない王の耳を震わせる。

 まさか、自分達のやっている事がその身を美味しくするための意図であるなどとは夢にも思わないだろう。彼らの輝かしい夢が叶う事は決してないのだ……そう、このままでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ