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異世界の流離人~俺が死んでも世界がそれを許さない~  作者: えいりずみあ
第四章:魔の手に堕ちしダーテ王国
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105:『楽園』とは

『スピオンよ。まだ、我々に語っていない事はあるか? 敵方の情報があれば、なお良いのだが』


 王に問われたスピオンは、ただ一言「はい」と返事するのみで、俺が語った『既に家族が殺されている可能性』については反応を示さない。

 もし普通に生きているのであれば、そこで只事では無い反応を示した事だろう。やはり、行動自体は王に操られているという事か。


「一つ、気になっている事がございます。実はシャフタにも調査をさせていたのですが……」


 近年になって、急に広大な草原の中に誕生した都市とおぼしきものがあるらしい。

 堅牢な城壁と門に閉ざされた上に、空は不可視の結界で覆われていて中の様子は窺えないが、その防衛構造が都市の防壁にそっくりだという。

 それがわずか一週間足らずで構築されたものであるらしく、敷地の規模は国の中心である王都に匹敵するとの事。


「その都市らしきものの話は余も耳にしている。噂では『楽園』だそうだが、外部に対しても内部に対しても門は固く閉じられているそうだな」

「ワシも発見時からずっと目を付けていたが、未だ正体が分からぬ。少なくとも、貴族連中が何かやらかしたのは間違いないのだが」


 確かに怪しんでくれと言わんばかりの構造だな。貴族達の企てがそこに集約しているとでも言わんばかりだ。


「なるほど、そういう事か。どうやらこの王国の魔族達はエリーティよりもさらに段階が進んでいるらしい」

「今の話だけで何かわかったのか? 聞く限りだと、魔族絡みのようだが……」

「昔、別の国で同様の事例を見た事があってね。魔族が国をあらかた掌握した後に作る定番の施設さ」


 リチェルカーレの説明によると、こういう事らしい――


 魔族が国を掌握し、国内に瘴気を撒いて多数の人間を魔族化させて手足として扱き使う。しかし、魔族化した者達を維持するには多量の食料が必要。

 人間以上に喰う魔族達を維持するには、既存の食料だけではとても足りない。そこで、栄養価も高く魔族達にとっては美味であるモノを養殖しようと試みる。

 そのモノとは――人間。世界最多の種族になるほど繁殖力が高く、成長も早い。それでいて各々の個体がそこそこ大きくなり食べ甲斐もあるとは魔物談。



「それでは何か、あの壁の中は人間の牧場とでも言うつもりか!?」

「楽園を謳っているんだろう? それは、そう言ってその言葉に釣られた者を引き込むための方便さ」


 そういや俺の世界でもあったな、地上の楽園を謳ってどうこう――って騒動が。


「人間の牧場――想像が付きませんな。家畜だと、敷地内に離して好きにさせているとか、檻などに入れてエサを与えているのが思い浮かびますが……」

「動物にとっては野を駆け回るのが普通の生活だけど、人間にとっては街での暮らしが普通だ。壁の中には街が広がっていて、真実を知る事なく普通に暮らしているハズさ」


 街での暮らしが放牧にあたる訳か。だが、虐げられている平民にとってはそれですら夢のような生活だろうな。楽園とはよく言ったものだ。


「一方で、動物達にとっての檻にあたるのは、おそらく教育施設だろう。魔族達からすれば、人間の知識量や筋量脂肪量なども味や食感を左右する要素らしいからね」


 確かに、教育施設は一種の隔離空間だな。家畜も様々な条件下で味や質の変化を試みるというが、人間も例外ではないのか。


「……話だけ聞けば、確かに楽園だな。この国の平民達は、普通に町で暮らす事はおろか、教育を受ける事すらままならぬ現状だからな」


 ジークも俺と全く同じ事を思っているようだ。救うべき民が置かれている窮状に歯噛みしている。


「しかし、我々はどうすれば良いのだ? お主の言う事が嘘だとは言わぬが……」

「簡単な話だよ。まずは中の様子を実際に確認すればいい」

「だが、門は固く閉ざされているのだぞ。誰がどのようにして入るというのだ?」

「あの施設がアタシの推測通りなら、搬入される者以外で入る事が出来るのは需要がある者達だけ。つまり、人間を喰らう魔族という事さ」


 牧場へ品定めに来るようなものか。あるいは生産拠点の視察か……。


「魔族……まさか、変身でもして行くと言うのか?」

「いやいや、もっと単純な方法があるよ」


 リチェルカーレのつぶやきと共に、再び死者の王が横に姿を現した。


『我が行こう。魔族ではないが、我もまた『人間を喰らう存在』には違いない。向こうからすれば、客にはなるだろう』


 王はリチェルカーレの魔力を糧にして生きているが、リッチと言えば本来は人の魂を喰らう存在だ。

 人間の牧場があるという噂を聞いてやってきたとしても、特に不自然ではないな……。


『それで我が受け入れられれば、主の推測は正解。拒まれれば、推測は不正解という事になる。後者ならば、またその時に考えれば良い』


 リチェルカーレ発案による、死者の王による偵察が決定した。



 ・・・・・



 その後、空間の隔離が解かれると共にジークとヴェッテが一同を集めて今後の作戦展開を語った。

 レジスタンスでも噂になっている『楽園』の調査に乗り出し、結果次第では一気に攻め込んで落とす事も視野に入れているらしい。

 まだ事実が確定した訳ではないので人間の牧場云々は伏せ、貴族達が何かを企てている事を臭わせる程度にしていた。


「まずは報告を待て! その時に備え、皆で準備を整えておくのだ!」


 隊員達は「おーっ!」と雄叫びをあげ、各々持ち場へと戻っていくが、そこに残る者が一人……シャフタだ。


「あの、ジーク様……スピオン様は、どちらに?」

「奴には別件の任務を命じてある。奴でなければできぬ事もあるのでな」

「そうですか……」


 何処か悲し気なシャフタ。他愛のない会話の合間に聞いた話だが、彼女はスピオンに見出されてこの組織に来たらしい。

 そのためスピオンを一番慕っているフシがあり、実は彼がスパイであったという事実を話すのは止めておこうという事になった。

 この場に居ないというだけでこれなのだ。事実を知ってしまったら、おそらくは使い物にならなくなる……。


 ちなみにそのスピオンは王の配下としてしばらく採用する事にしたらしく、王の召喚対象となって今は空間の中に消えている。

 王自身も、実際に動く時以外は姿を消している。確かに、あんなのがずっと居座っていたら一般的なレジスタンス隊員達は落ち付かないだろう。

 抑えているとはいえ、王から放たれる気配は人間に対して良くない影響を与える。人にとって、死とは恐怖の対象に他ならないからな。 



 ◆



『さてスピオンよ。これより、貴様の戒めを解こうと思う』


 闇に支配された空間に、死者の王の声が響く。その瞬間、スピオンは――目覚めた。


「――!? わ、私は、一体……」

『貴様は死んだ。そして、我の手により蘇り、全ての話を聞かせてもらった』

「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 死ぬ前に恐れていた恐怖が蘇る。貴族による、自身にかけられた制約と、家族を盾にした脅しを思い出し、慟哭する。

 口を割った事でこの失態が貴族にバレてしまい、家族が危機に晒されるという事態に彼は耐えられなかった。


『絶望に狂うには早いぞ。思い出せ、貴様の魔導石は……発動したか?』

「……どういう、事です?」

『貴様自身が語った事だが、死するまで秘密を守った際には不問となるそうだな』

「死するまで……。はっ!? そういう事ですか」


 スピオンはようやく思い至った。自身が情報を吐かされたのは死後。さすがに脅しをかけた貴族もそこまでの事態は想定していなかった。

 つまり、上手い事制約の穴を抜ける事に成功したのだ。だが、そうなるとまた別の疑問が湧き上がってくる。


「死者の王、貴方は私にかけられた制約を知っていたのですか……?」

『いや、元々語らぬなら殺して吐かせようと思っていた。残念ながら、我は正義の味方などではないのだからな』

「ふ、この際何でもいいですね。まだ家族が無事であるというのであれば、私は思い残す事などありません」

『そうか。このまま召されるのも良いとは思うが、本当に思い残す事は無いか? 我の配下となった今の貴様にであれば、力を与える事も可能であるぞ?』

「力……ですか。少し考えさせて頂けますか? 既に死者となったこの私にも何かできる事があるのかを考えてみましょう」


 王はあえて、竜一が語っていた『最悪の事態』を伝えなかった。今それを知ってしまえば折れると思ったからだ。

 しかし、いざその時になって知る事になれば、それは強大なる憎悪を生み出し、より凄まじい力を引き出すための鍵となる。


(済まぬな……スピオンよ。我は、貴様を良いように利用させてもらう……)


 自身を『正義の味方ではない』と言った死者の王は、表情のないハズの髑髏で皮肉気に笑ってみせた。

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