103:出会って数秒でバレた
「君達に見て欲しいのはコレさ」
そう言ってリチェルカーレが空間の中から出現させたのは、小さな鳥だった。
全身が赤色のオーラで構成された、明らかに普通の生物とは異なる……魔力で作られた生物とでも言うのか。
「ま、まさかそれは……連絡鳥!」
「スピオンが得意としていた魔術だな。お主も使えるのか」
ヴィーダーの二人は心当たりがあったのか、すぐにそれが何であるかを言い当てる。
「確かにアタシもこの術を使えるが、この鳥を出したのはアタシじゃない」
「そう言えば、ゼロから作り出したというよりは、空間の中から取り出したって感じだったな。何処かで捕獲したのか?」
「たった今王子が口にした通りの男さ。この鳥はアタシ達が上にいる間に、彼が外に向けて放ったものだよ」
「スピオンが作ったものだと? 何故奴の鳥を捕獲する必要があるのだ?」
「それは、この鳥の中身を見てみればわかる事さ。それと、魔力の質も調べるといい」
彼女がそう言って鳥を羽ばたかせ、ヴェッテの手元まで飛ばすと同時、鳥が光に包まれ、一枚の紙となった。
「これは……むっ。なんという事だ!?」
「見せてみろ!」
ジークが紙をひったくって内容を確認し、驚きに目を見開く。
「これは、我が組織の内情ではないか……。最近の動向や、人員について。流離人の件まで……」
「そういう事さ。平たく言うと、スピオンはスパイだ。定期的に王国側へ情報を送っていたんだろうね」
「スピオンが……? 我らと共に国を抜け出し、この組織を創設したあ奴が、スパイ……?」
なるほど。スピオンと出会った直後、何やら目線を向けていたと思ったら、そういう事か。あの時点で気付いたのかよ。
「出会った直後に不自然な『揺らぎ』を感じたからね。彼の魔力に干渉しておいて正解だったよ」
「揺らぎとか干渉とか、言葉のニュアンスから何となく意味は察するけど、そんな事まで出来るのかよ」
揺らぎとは、魔力の波長や相手の存在から感じられるイメージの事で、それによって相手の心理状態を察する事が出来ると言うものらしい。
確かに、死者の王の魔力などは怖気を感じるし、レミアの魔力は温かくも心強い感じがする……魔力のイメージってそういう事なのか?
彼女によるとスピオンの魔力は『何かを隠している』とか『悪意が感じられる』とか、そういったものだったようだ。
干渉は、寄生虫の如く密かに相手の魔力の中に自身の魔力を潜ませ、狙ったタイミングでその魔力を動かすという恐ろしい術だ。
そのため、対象が放った魔術も操る事が出来てしまう。スピオンの連絡鳥も、そうして自身の下へ飛ばしたらしい。
「ぐぬぬ。共に戦い続けた同志を疑うのは心苦しいが、この連絡鳥の魔力は間違いなく奴のもの……」
「今すぐスピオンを呼んでまいれ。これより、事実の確認を行う!」
・・・・・
「スピオン、只今馳せ参じました。王子、此度は如何なるご用命で?」
医務室のベッドに腰を下ろしたままのジークに対し、スピオンが跪いている。
元々王城で文官だったらしく、レジスタンス組織に入っても臣下としての礼節は弁えているらしい。
「早速ですまないが、これは一体どう言う事か説明してもらえるか?」
彼が見せたのは、連絡鳥が変化した手紙だった。それを手にしたスピオンは驚きに目を見開く。
ガクガクと手が震え、恐ろしいものを見るような顔で王子に目線を送る……。
「こ、これを……何処で……?」
「そちらの魔導師が確保したものだ。貴様がスパイとして国に手紙を送っていると、な」
スピオンが、王子に対する時と同じ恐ろしいものを見る顔でリチェルカーレの方に目線を向ける。
見られたリチェルカーレはと言うと、それをみて愉快そうにニヤニヤしていた。
「誤魔化しは効かぬぞ、スピオン。魔力の質も調べさせてもらったが、この手紙を形成しているのは間違いなくお主のものだ」
「くくっ、くははははは……。まさか、こんなに早く露見するとは思いませんでしたよ」
突然笑い始めるスピオン。悪役定番の開き直りって奴か。
「どうやらシャフタが連れてきた冒険者達……いや、ツェントラールのエージェントは想像以上に優秀なようですな」
「何故なのだ、スピオン。共に城を抜け出した際、ワシは武力で、お主は知識で王子を支えていこうと誓い合っていたではないか……」
「ヴェッテ殿。貴方は何ともおめでたい人だ。貴方は、立ち向かおうとしている相手の恐ろしさを知らないのです」
「恐ろしさ……だと……? お主は、一体何を知っておると言うのだ……?」
「言う訳が無いでしょう。私は敵なのですよ? 例え拷問されようとも、口を割る気はありません」
ヴェッテが押し黙る。スピオンの決意が固いと悟ったのだろう。
「それに、任務に失敗した時の覚悟は決めています。残念ながら、貴方達の思い通りには行かせませんよ」
スピオンの口から一筋の血が流れる。まさか、舌を噛んだか、即効性の毒か……?
「死を選ぶとは、キミは何とも愚かしい選択をしたものだ」
「どういう、事です……?」
彼の言葉に反応し、リチェルカーレの背後に死者の王が出現する。
「彼はアンデッド属の中でも最高峰の個体でね。リッチ……死者の王と言えば、言いたい事は分かるかい?」
「死者の王……ありとあらゆる死者を思うがまま操り、配下にする事が出来るという……まさか! まさかまさかまさか!」
「キミが死ねば思う壺って事さ。死後にでもキミを操って、洗いざらい話してもらうとしよう」
「ひいぃぃぃぃぃぃっ! イヤだ! イヤだ! イヤだイヤだイヤだ!!!」
狂ったように頭を床に打ち付け始めるスピオン。そこまでする程に、話す事を拒むとは……。
余程恐ろしい存在がバックに居るのか、あるいは話したその時点で何か彼にとって不都合な事が起きるのか。
テロ組織では、家族を盾にして従わせるという人質パターンがあったが、そういう類だろうか。
「残念だけど、頭を割った程度では意味はないよ。魂に定着した方の記憶を見るからね。キミが死を選んだ時点で詰みだったのさ」
スピオンの動きが止まる。既に頭は血で染まり、真っ赤だ。
「イヤだあぁぁぁぁっ! 死にたくない、死にたくない、生ぎだい……っ!」
なんという掌返し。だが、さすがに自ら死を選んでおきながらそれは都合が良くないか?
治療を期待してか神官であるエレナの方に這いずっていくスピオン。しかし、当のエレナは怯えた目で見るばかり。
「見苦しいぞスピオン! 男であるならば、一度決めた道を貫かんかぁっ!」
ヴェッテが間に割り入り、スピオンの襟首をつかみ上げて殴り飛ばす。
「すまぬな、スピオン。余らがもっと早くお主の状況に気付いていれば、解決の道はあったかもしれぬのに」
ジークが尻餅をついたスピオンの首に刃を走らせる。あっと声を発する間もなく、その首が落とされた。
王子として臣下を捌いたジークの顔は苦々しい。まだ十代の少年には重い事であろう。
「せめて、死後に語られる事情次第では、その遺志を汲んでやろう……」
その傍らで、床に転がるスピオンの首を、死者の王がむんずと持ち上げる。
「王、頼むよ」
『承知した。スピオンよ、目覚めるがいい!』
クワッと生首の目が見開かれた。
「これじゃ不格好だから元に戻してやってくれないか」
『うむ。では修復しておこう……』
王がスピオンの頭を彼の首に装着する。そんなプラモデルみたいに簡単に……って、あっさり立ち上がったな。
しかも、血だらけだった頭も綺麗に元に戻ってるし、眼鏡が無い以外は元の状態と変わらない。
「王よ、ご命令を」
立ち上がった直後、今度は死者の王の前で跪く。彼にとって今の主は王なのだ。
『早速だが、お主がスパイをするに至った経緯を伺いたい。最初からお主は敵だったのか?』
「私は王城に仕えていた頃より、心から王族の皆様に忠誠を誓っております。しかし、近年の王は欲に身を任せ好き勝手に振舞うようになっていました。王子は、そんな王の姿に失望しておられました」
俺はジークの方を見て見る。すると、目を合わせてしっかりと頷いたので、この話は事実に違いないだろう。
王自身が言っていたが、死者を操れるという事は、すなわち思い通りに操れるという事であり、好きな事を喋らせる事も出来るのだ。
だからこそ、今のスピオンが語っている事が彼自身の記憶に基づいたものなのかを判断してもらう必要があった。
「やがて、王侯貴族や騎士団魔導師団などにも徐々に変質が見られるようになり、皆が皆欲望のままに行動するようになっていきました。最初にその欲望の犠牲になったのは、城に勤める女性達でした」
「うむ。それがあったから余はゼクレを追い出したのだ。あちらこちらで所かまわず欲望のままに襲うとは、まるで蛮人……。何が王侯貴族だと言わんばかりの荒れようであった」
「まだ正常であった王子は、この異常さを父である王や貴族達に進言しましたが、聞き入れてもらえませんでした。そこでやむなく、王子は城を飛び出して外から国を討とうとお考えになったのです」




