102:素直になれないお年頃
「ぶべらっ!」
結構重い一発だな……。そういや法力でも身体能力が強化されるんだっけ。ただ、闘気と比べて効率が悪いってだけで。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
すげぇ。ホントに回復したぞ。
「不思議な感覚だ。痛みと共に、なんかこう……温かいものが余の中に広がっていって……」
左頬を赤く腫らしながら、悟りでも開いたかのように穏やかな表情で語るジーク。
「王子! 気が付かれましたか! ご無事で何よりです」
ザザッとゼクレが駆け寄って、王子の手を両手で握り込む。
「む……? き、貴様はゼクレ! 何故ここに!? かつて、余は貴様を国外へと追放したハズだ!」
「……例え国を追放されようとも、決して私の忠誠が消える事はありません」
「ふん、懲りていないならもう一度殴ってやる! それとも今度は蹴り飛ばしてやろうか!」
「お好きになさいませ。例え手を斬り飛ばされようが、足を斬り飛ばされようが、私は考えを改めるつもりは御座いません」
そう口にするゼクレの表情は真に迫っていた。口にした内容からして、やはりニヒテン村での惨状を覚えているんだな。
久々に国へ戻ってきて早々にあれほどの目に遭ってもなお、逃げる事無く国に立ち向かう意思を見せるとは、何て強い人だろうか。
もちろん、ジークからしたらそんなゼクレの事情は知らないだろうし、ゼクレの方も特に詳細を話すつもりは無いだろうが。
「えぇい、減らず口を! 不愉快だ! とっとと出て行け!」
ジークがゼクレの手を振り払う。それとタイミングを同じくして、彼の横で寝ていたヴェッテにエレナのビンタが炸裂した。
彼もまたそれで意識が覚醒したのか、ジークに寄り添うゼクレの姿を見て大層驚いていた。やはり王城勤め同士、面識があったのだろう。
「そこまでこの私が不愉快と仰るのであれば、いっその事ここで私を殺しては頂けませんか? 王子の手に掛かって逝けるのであれば本望です。思い残す事は御座いません」
ゼクレはベッド横の台に置いてあった果物ナイフをジークに手渡す。
そして、ジークに握らせたナイフを自身の方へと向け、彼女は両手を大きく広げて受け入れる姿勢を作る。
「さぁ、一思いにドスッとどうぞ」
「ぐ、ぐぬぬぅ……!」
自らを殺せと言われて、固まってしまう王子。ははーん、そういう事か。
「王子、いい加減に観念なされたらどうですかな」
「ヴェッテ! お主……」
「いつまで子供気分でおられるのですか。素直に言えば良いではありませんか。そのために、力を付けたのでしょうに」
「くっ、くそっ。確かに、戻ってきてしまった以上は仕方がないか……。よし、余も腹をくくるぞ!」
スゥ―ッと深呼吸。そしてジークは部屋に響き渡る声で叫んだ。
「ゼクレよ! 余の妃となれえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
えぇぇぇぇっ えぇぇぇぇっ えぇぇぇぇっ……
部屋の中が沈黙に包まれる中、最初に口を開いたのは側近のヴェッテだった。
「……王子、さすがに話が飛躍しすぎですぞ」
「良いではないか。最終的にはそれこそが余の目標なのだ。そのためにもこの国を平和にせねばならぬ」
「すまぬな、ゼクレ殿。聞いての通り、お主へのつらい当たりは、王子の愛情の裏返しだったのだ」
実はゼクレが王室秘書として勤めていた頃から既に国の異変は起こり始めており、危険を感じた王子が悪役を演じてゼクレを追放する形で逃がしたのだ。
城内の女性騎士や女性魔導師、使用人らが次々と豹変した王侯貴族達によって手を付けられていたため、魔の手が及ぶ前にどうにかしようとした王子の苦肉の策だった。
逃がす事が目的であるが故に国外追放。その際に暴力を振るったのも、自身に対する嫌悪感や恐れを植え付けて、戻ってくるのを防ぐための事。
「だが、そこまでしてもお主は戻ってきてしまった。お主の愛国心はそれほどだというのか……のぅ、ゼクレよ。……おや?」
ヴェッテが問いかけるが、当のゼクレからの反応が無い。
「お、おおおおおおおおお王子が、わ、わ、私を妃に……? 一体何がどうなって……」
顔を真っ赤にしてゆでだこのようになっていた。理知的で理解力もあるタイプだと思っていたが、そっち方面には疎かったようだ。
「でも私は王子の倍近い年のおばさんですし、教育のためとは言え日頃から強くあたっていましたし、色気なしの固い女ですし、こんな自分の何処に……」
いや、結構色気はあると思うけどな……。そんな年齢も感じさせないし、元々の俺からすれば年下の女の子とすら言えるぞ。
「全てだ! 余にとっては、お主こそが全てなのだ。家族でありながらろくに接する機会も無かったあ奴らとは異なり、お主は教育係として常に共に居てくれたであろう。どんな時も余の傍にいて、楽しい事も悲しい事も、全て親身になって話を聞いてくれた。時に厳しく、時に優しく。先生であり、母であり、姉のようでもあった。そんな女に惚れぬ方がどうかしている。今後は伴侶として、妃として余と共に在って欲しい。そう思ってしまったのだ」
悪辣な態度で隠していた本音を怒涛のように吐露するジーク。まぁ、なんだ。とにかくお前がゼクレさんの事を物凄く好きだという事はよーく分かった。
だが当人が話を処理し切れていないぞ。少しくらいは冷却時間をくれてやれ……。
「……申し訳ありません。取り乱しました」
スタッフに軽い飲食物を用意してもらい、少し休憩を挟んだ後、ゼクレはようやく落ち着きを取り戻していた。
「まさか、王子が私を心配するが故にあのような態度を取っていたとは驚きでした。そして私を妃に……と」
「本当にすまなかった。当時の余に力が無かった故の苦肉の策だったのだ。だが、力を得た今ならば、そんな回りくどい事をせずとも余自らが守る事が出来る」
「とは言いつつ、最初は同じように追放しようとしておりましたな? 自ら守る事が出来る力を手に入れたのではなかったのですかな?」
「ぐぅっ、仕方がないであろう。何せ相手はダーテ王国そのものなのだ。余でさえお主に鍛えられてここまで強くなれたのだ。ならば、元々戦闘を生業とする兵士達が、かつてお主の指導を受けていたとなると……想像するだに恐ろしい」
ん? 何やら認識に齟齬がありそうだな。俺はこっそりヴェッテさんに確認を取ってみた。
「御想像の通りでございます。王子は、ワシの訓練により素人の身から成り上がりました。故に、元々から戦いに身を置いている者達がかつてワシの指導を受けていたと聞いて、戦々恐々としておるのです」
なるほど。ヴェッテの指導で素人の自分が強くなれたのだから、戦闘のプロが指導を受けていたのであればより強くなっているに違いない――という思い込みか。
「実際は、兵士達の大半はワシの指導など一日と持たず逃げ出しておるのです……。まともについてきたのは、王子と他数人くらいしかおりませぬ」
「王子は兵士が一日足らずで逃げ出す程の内容に喰らいついていったんですか。その覚悟たるや、並々のものではないですね」
「ワシも驚きました。王子と言えど、ワシは戦闘訓練では一切容赦いたしませぬ。それでも、倒れる度に強くなるためにと立ち上がりました」
勘違いをさせたままなのも、王子の強くなろうとする気概を折らないためらしい。見立てでは、既に王子は王国軍に敵なしと言える仕上がりとの事。
確かに、シルヴァリアスを使ったレミアと打ち合えるくらいだもんな……。少なくとも、エリーティで共に戦っていた誰よりも強いとは思う。
「レミア殿は確か、元ツェントラールの副騎士団長でしたな。おそらく王子の認識では、騎士団の副団長は大体あれくらいのレベルだと認識しているでしょう」
そんなレベルの騎士団があってたまるか。いや、世界に目を向ければ、もしかしてあるのかもしれんが……。
「実際、王国にレミアや貴方レベルの敵は居るんですか……?」
「お主達から聞いた魔族とやらの事は分からぬが、少なくともワシと同じく近衛騎士だったもう一人は共に研鑽し合った仲であったな。あとは、騎士団長もワシの訓練について来ておったな」
少なくとも、その二人に関しては警戒しておいた方が良さそうだ。エリーティの時と同じく、リチェルカーレが前に出るとは限らないからな。
それに、今の俺がレミアのようなレベルの敵と正面から相対した時、勝てるかどうかも怪しい所なんだよな。死による不意打ちが通じるかどうかもわからんし。
「それで、この後の予定はどうなっているんです?」
「そうですな……。その事についても相談をせねばなりますまい」
「あ、そうそう。それなんだけど、ちょっといいかい?」
ヴェッテが思案すると同時、横合いから声がかけられる。リチェルカーレだ。
彼女が軽く指を鳴らすと、一瞬にして医務室内に魔力が広がっていく。今度は一体何をしたんだ……。
「……これは?」
「この部屋を別の空間に隔離したのさ。盗聴や盗撮を防ぐためだね」
「とんでもない事をさらっとやってのけますな……」
ヴェッテの問いに、彼女がそう答える。と言う事は、これから話す事は第三者に漏れてはマズい話という事か。
裏を返せば、先程までの会話くらいなら別に問題はなかったと言う事になるが……一体、どんな爆弾を落とすつもりなんだ?




