101:再会する者達
いきなり辺り一面の景色が別物に変化してビックリしたが、これもまたリチェルカーレの仕業なのか。
一面の星空と果てしなく続く水面。そして、水面に映り込む星空。二つの星空が鏡合わせとなり、まるで宇宙に居るかのように幻想的な美しさを作り出している。
俺はこの景色に見覚えがある。これは、俺達の世界で言うウユニ塩湖の夜に見られる光景とそっくりなんだ……。
彼女曰くちょっとした思い入れがある景色らしいのだが、この世界にもこんな美しい景色を見られるような場所があるって事か。
「こんな激しいドンパチが無きゃ、何もかもを忘れて一日中ここでぼーっとしていたいくらいなんだがな……」
二人の相手をする気になってしまったリチェルカーレが、様々な魔術をバカスカ撃ち込んでいる。
時には近接戦闘に切り替えたりして、何度も何度もジークとヴェッテを殺している。その度に、冥王のゆりかごの効果で即座に復活。
俺の荒行と比べれば優しいが、殺されては蘇りを繰り返す組手など、初めて体験する者にとっては苦行でしかないだろうな。
「リューイチさん、一体何が起きているんですか……? 私、理解が追いつかなくて」
「リチェルカーレが遊ぶのに丁度良いオモチャを見つけてしまった……って所だ」
「は、はぁ……」
エレナにとっては理解しがたい感覚だろう。ちなみに、俺にもわからん。
だが、巻き込まれたあの二人が生涯に渡ってトラウマを背負う事になる事だけは分かる。
「正直言いますと、私はあの魔力砲撃の嵐に曝されるのは御免被りたいところです」
レミアが言っているのは、今まさにリチェルカーレが二人に対して行っている攻撃の事だ。
エリーティで雑魚魔物とゾンビの集団を狩り尽くしたアレだ。一発撃つのでさえゴッソリ魔力を吸い取られるやつ……。
「でも、あのお二人も凄まじいですよ……。闘気を高めて、少しずつですが前に進んで……あっ、抜けました!」
左右に分かれて魔力砲撃の中から抜け出し、リチェルカーレに向けて刃を振り下ろす。
彼女はまだ両手に銃を手にしたまま。まさか、あの二人の攻撃すらも『外へ垂れ流す気』で受け止められるのか?
と、思いきや……ちゃんと二人の攻撃は手で受け止められていた。両手が塞がっているのにもかかわらず。
「ど、どうなっているんですか! 手が増えましたよ!?」
リチェルカーレの胸から生えた手がジークの剣を、背中から生えた手がヴェッテの斧を受け止めている。
直後、その手に続くようにして顔が現れる。その顔は紛う事なきリチェルカーレのものだ。ちっ、そういう事か。
「リチェルカーレは分身を生み出す術を使えるんだ。俺が見た時は左右に生み出していたが、今回はおそらく演出であぁやってるんだろうな」
「ブンシンのジュツってニンジャ以外にも使い手が居るのですね。さすがはリチェルカーレさんと言いますか……」
「忍者か……。シャフタは分身の術を使える程度には忍者の真似事が出来てるんだろうか。後でちょっとその辺聞いてみるかな」
おそらく今回は、身体から手が生えてくるとかのホラーじみた演出で脅かしてやろうって魂胆だろう。
そういうの好きそうだもんな……。実際に攻撃を受け止められた二人の顔と来たら仰天を絵に描いたような感じだ。
リチェルカーレの奴、表面的にはすまし顔だが、内心ではこの状況に大笑いしてるんだろうな。
「さすがにキミ達の攻撃を身体で直に受けるのは気が引けるからね。手を出させてもらったよ」
「さて、そろそろおしまいにしようか。王もあまりアレを長くは維持できないものでね」
「最後はどうしてあげようか……そうだ。大きい方のキミはより大きく、小さい方のキミはより小さくしてあげよう」
分身もそれぞれ意思を持っているため、リチェルカーレ同士が三人で会話している状態だ。
目の前で起きている事についていけないのか、二人は武器を叩きつけた姿勢のままで固まっている。いや、正確には固められてると言った方が正しいか。
二人を包む冥王のゆりかごをさらに覆うようにして赤い光が包み込んでいる。おそらくはこれが二人の動きを止めてしまっているのだろう。
「お二人の攻撃を受け止めた時点でカウンターとして発動させたようですね……恐ろしい罠です」
「なるほど。仕留めきれなかった時点で手痛い一撃を喰らう。なんかのゲームでそういう敵が居たな」
リチェルカーレの宣言通り、ヴェッテは風船のように膨らませられて破裂し、ジークはまるで握りつぶされるようにして小さな肉塊へと変わり果てた。
しかし、ゆりかごの効果でその直後に五体満足の状態で復活した。しかし、二人とも立つ事が出来ない程に精神的な疲労が激しい。
『……もう良いだろう。さすがの我も、二人分のアレを維持し続けるのは疲れたぞ』
沼に沈むように、足元に開いた空間の穴へと還っていく王。
「で、次は俺が相手をすればいいのか?」
と、へたり込む二人に向かって言ってみたが、二人は全力で首を横に振って拒否した。
俺は別にリチェルカーレのように理不尽ではないつもりなんだが……。見せ場が無いまま終わってしまった。
・・・・・
それから、再び本部に戻った俺達は疲労困憊の二人を医務室のベッドに寝かせていた。
医務スタッフ曰く、本来なら修行を終えてクタクタになったら呼び出し用の魔術道具で上にスタッフを呼んで回復するらしい。
「それすらも満足できない程に憔悴しているとは……一体、お二方に何をやったのです?」
「組手だ。一方的な蹂躙と言った方がいいかもしれないけどな」
「ハッキリ言ってお二方はヴィーダーにおいて群を抜いて強い方々です。それを蹂躙するとは……」
ウチの女性陣は化け物揃いなんだ。特に、このちびっこい魔女はな。正直、居るだけで勝利が確定するジョーカーと言っても過言ではないだろう。
ただし、彼女が動き出すのは本当にどうしようもない状況になったらだ。理想とする十全な勝利を望むのであれば、安易に縋るべきではない。
「王子! 王子がここに居ると聞いてやってきました!」
他愛もない話をしていると、突然バァーンと扉を開けて誰かが駆け込んでくる。紫髪のメッシーバンと眼鏡が特徴的なその女性は――
「……ゼクレさん? どうしてこんな所に?」
「どうしてって、ダーテ王国は私の元々の……って、リューイチさん?」
なんと、俺達があの村――ニヒテン村で助けた女性はゼクレさんだったらしい。
さすがにあんな状態になっていては誰か分からなかったぞ。
「うっすらとですが覚えています。私を救ってくださったのは……貴方ですね」
ゼクレはエレナに目をやると、彼女の前まで歩を進めて深く礼をした。
「い、いえ。私は……」
ややこしくなるのでお茶を濁しておけ、とばかりにリチェルカーレがエレナに目線をやる。
「し、神官として当然の事をしたまでですから、そんな」
「それでも、私が今こうしてここに居られるのは貴方のおかげですので」
最終的に救ったのは自分では無いためか、エレナは何処か居心地が悪そうだ。
しかし、今この場で色々とややこしい事は避けたい。すまないが、スケープゴートになってもらうぞ。
「貴方はリューイチさん達の仲間だったのですね。まさか、このタイミングで貴方達と巡り合えるとは実に運が良い。これなら、ダーテ王国も救える事でしょう」
「俺達は当然そのつもりだ。そのためにも、この後からどう動くかを相談したいところなんだが……な」
肝心の組織の長達は、精神疲労からか呆けた状態のまま現実に戻ってこない。
「王子! 王子! ゼクレです! 王室秘書のゼクレです! 戻ってきましたよ!」
ゼクレが耳元で叫んでもブツブツと言うだけで反応が無い。まさかそこまで精神にダメージ受けているとは思わなかった。
その傍らで、リチェルカーレが何やらエレナに耳打ちをしているようだが……。
「えぇっ! そ、そんな事してしまって良いのでしょうか……?」
「あぁ、君の力であれば二人を回復させられるハズさ。遠慮せず、思いっきりやってやるといい」
「な、治せるんですか!? 是非、ぜひお願いします!」
どうやらジーク達を回復させる手段があるみたいだが、エレナはその手段に抵抗がある様子だ。
しかし、ゼクレが真摯に頼み込む事もあってか、嫌とは言えない状況になってしまった。
「……わかりました。では、失礼して」
エレナが右手に法力を込め、緑色のオーラを纏う。これ、見た事があるぞ。ロシアのプロレスラーのやつだ。
きっと魔術も相殺する事が出来るに違いない。それはさておき、まさかとは思うが、その手で――
べちこーん! と容赦無くジークの頬をひっ叩いたー! やっぱりかー!




