100:『死ぬがよい』
100話目です! ご愛顧感謝!m(_ _)m
「あぁ、いいともさ。けど、その前に……」
リチェルカーレの眼前に白い粉末が集まってきて――おなじみ、王の顕現だ。
初めて登場した時は黒い穴の中から出てきたのに、最近はこの形で登場する事が多い。気に入ったのか?
『お初にお目にかかる。我はアンデッド属のリッチ、人呼んで死者の王である。縁あってこの者を主とし、召喚対象として身を捧げておる』
眼下の奥に赤い光が灯る。もし肉体があったのならば、きっとその目はクワッと見惹かれていたに違いない。
「むぅ……! 何という迫力か! 向き合っているだけで殺されそうではないか」
『まずは前座として我がお相手しよう。容易に我を下せぬようでは、主になど手が届かぬぞ?』
王が禍々しい剣を召喚する。アロガントの時にも見せた、まるで魔に侵食された聖剣のような……歪んだ剣。
「なんと、リッチでありながら剣士とは珍しい……。血が滾るわっ!」
巨大な斧を手にしたまま一気に間合いを詰めてくるヴェッテ。王は剣で斧の一振りを受け止めるが、やはりそのパワーに押され気味。
何合か得物を打ち付け合うも、さすがに剣で戦い続けてきたレミアとは技量が違うのか、王の動きは精彩に欠けている。
その差が如実に表れてしまったのか、王は手放しこそしなかったものの大きく剣を弾かれてしまい、隙を晒す事になってしまった。
「召喚対象となっている者は死んでも魔力に還るだけと聞く。許されよ」
ヴェッテが王にその斧を叩き付ける。いとも容易く砕かれてしまう王の身体……。
破片となったその身体は音もなく粉末状に砕け、風に乗って空気の中へと溶けていく。
『……見誤ったな。若造』
「!?」
直後、ヴェッテの背後に王の顔が形成されたかと思うと、同時に形成された右腕がヴェッテの頭をつかむ。
瞬く間に『光を放つ闇』という矛盾した球体に捕らわれた彼は、言葉を発する事も出来ずにその顔を恐怖に引きつらせる。
『死ぬがよい』
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヴェッテの全身が一瞬で墨のように真っ黒に染まり、足元から風に吹かれて砕け散っていく。歴戦の近衛騎士が見栄も外聞もなく叫ぶ程の恐怖。
コンクレンツでは王の気を浴びた兵士達が瞬く間に砕け散っていったが、直接死を与えられるとこうなるのか……。
「はっ!? ワシは一体……」
塵となったヴェッテは、直後に再生した。そう、冥王のゆりかごの中で死んだ場合は復活する事が出来るのだ。
王は殺すつもりで放つ一撃に備え、ちゃんと事前に保険をかけていた。今回はあくまでも実力試し、さすがに殺すのは度が過ぎる。
また、彼らは立場的にも重要な人物達である。本当に殺してしまっては、間違いなく今後の状況が悪化するだろう。
『貴様はたった今、死んだのだ。死と言う概念が形となったに等しいこの我に触れられるという事自体が、すなわち死を意味すると思え』
「死……? そんな、まさか――」
否定しようとしたが、死ぬ直前のあのおぞましい恐怖と、まさに死に瀕した際の自身の絶叫を思い出してか、その場に崩れ落ちる。
どうしようもなく震えが止まらないヴェッテ。その光景は、見ていたジークにも少なからずのショックを与えた。
『所詮は人間の領域に居る若造よ。世の中はまだまだ広い。人の域を超えて強くなりたくば、今以上の研鑽を積む事だ』
ギロリ――と、王が今度は王子の方へと目を向ける。
『そちらの王子も含め、二人して我が主に挑んでみるが良い。人外の領域を知る良い機会となるであろう』
冥王のゆりかごが、ジークの身体を包む。この時点で、彼に対して死ねと宣告したようなものだ。
ジークは舌打ちと共に身を起こすと、素早くヴェッテの下にまで歩み寄り、その身を無理矢理に引き起こした。
「ヴェッテ、しっかりしろ! 貴様、それでも余の近衛騎士か! この程度で折れていてどうする! 我らが立ち向かうのは国なのだぞ!」
いやいやいや、王以上の脅威がある国ってどんなんだよ……。よほど王に立ち向かう方がヤバい気がするんだが。
『ふ、ふはは……そうですな。我らは国と戦おうとする身。こんな所でなど、終わってられませんな』
ヴェッテの士気、回復。だが、立ち上がりながらもわずかに震えている事から、王の恐ろしさは身に染みているようだ。
「さて、王に言われた通り、次はアタシが相手だ。適当に攻めるから、そっちも適当に攻めてくるといい」
◆
先程の死者の王も化け物であったが、この魔導師もまた尋常ではない化け物のようだ……。王を従える器なのだから当然か。
不敵な笑みと共に放たれた魔力の勢いはまるで暴風。斧を支えにしてどっしり構えないと吹き飛ばされそうだ。
王子も横で剣を突き立てている。このままでは攻勢に出る事すら出来ずに狙い撃ちだ。何とかして打開策を考えなければ。
などと思っていたら、彼女から闇が広がっていき、瞬く間に辺り一面を覆い尽くしてしまった。
青空と山岳の景色に代わり、一面の星空と果てしなく続く水面が姿を現す。水面には星空が逆さに映っており、何とも言えぬ幻想的な光景が広がる。
思わず目を見開いて感動してしまう程の美しい光景だが、何故そんな光景が唐突に広がっているのだ……?
「これはアタシの魔力で辺りの空間を塗り替えた結果さ。元々の空間とは違う領域になっているから、多少暴れた所で影響はない」
空間を……塗り替えた……? そんな事が出来るのか……。
「ちなみに広がる光景は術者の深層心理が繁栄される。アタシの場合は、この景色にちょっとした思い入れがあってね……。どうだい? 美しいだろう」
美しさは否定しない。だが、ル・マリオンにこのような美しい光景がある事は、長年生きていながら知らなかった。
水は非常に浅く、靴底を濡らす程度。踏みしめる感触は砂のような……。砂浜に薄く水を張ったかのようだ。
「ではまず小手調べから行こうか」
爪先程の小さな炎を灯し、こちらへと放り投げてくる。いかん! アレにはとてつもない魔力が凝縮されている……。
「王子! 全力で凌ぐのです!」
「わ、わかった!」
◆
二人の全身から黄色いオーラが立ち上る。発現時は荒々しく波打っていたが、すぐに形を整え自身を包み込む球体へと変化を遂げる。
直後、彼らの足元で炎が爆発した。極限まで圧縮されていたものが広がる勢いは凄まじく、美しい夜の景色を赤で染めるまでにはそう時間を要しなかった。
炎の波は徐々に奥へと突き抜けていき、その場には黄色いオーラを纏った二人だけが残されていた。
「ぬぅぅ……耐えるだけでこんなに疲労するとは、恐ろしい」
ジークに至ってはゼーハーと息が荒い。ヴェッテは息こそ荒れていないが、顔に疲労の色が浮かぶ。そんな二人に、リチェルカーレから拍手が送られる。
「見事だ。さぁ、次は近接戦闘と行こうじゃないか」
一瞬で姿を消し、二人の眼前に現れたリチェルカーレ。無造作に魔力剣を振り回し、ジークに斬りかかる。
「いけません王子! それを受け止めようとしては……」
ヴェッテの指摘は遅かった。既に彼女の剣は、ジークの剣諸共に腕と胴体を斬り裂いている。
ジークは胸の辺りから崩れ落ち、頭が水面に落ちて飛沫を立てるが、その瞬間に何事も無かったかのように身体が元に戻る。
「? ? ?」
何が起きたのかよく分かっていないジークに気を取られた隙に、今度はヴェッテが懐に潜り込まれる。
王子と同じ過ちはしないとばかりに、己の得物に魔力を通わせる事でリチェルカーレの魔力剣を受け止める事に成功する。
物理的な武器を透過してしまうのであれば、魔力を通す事で表面を同じ魔力武器に変えてやれば良いのだ。
こうなってしまえば後はヴェッテの領域。何合か刃を合わせれば押し切る事が出来る……と考えてしまった時点で彼は甘かった。
「ぐはぁっ! い、一体……何が……」
背後から大きく切り裂かれる感触。そのままヴェッテは胴を袈裟斬りにされ、崩れ落ちていく。
「残念ながらアタシのは真面目な剣術じゃないんだ。正面からまともに相手してるとそうなっちゃうよ」
ジークと同じようにすぐさま復活したヴェッテに向かって、かかってこいとばかりに指をくいくい動かして挑発する。
さすがにそれでカッとなって突撃するような未熟者ではないものの、一泡吹かせてやろうという対抗心が湧いてきたのは現役の騎士ゆえか。
「王子、呆けている場合ではありませんぞ。ここは、二人同時に行きますぞ!」
状況が呑み込めずにいたジークに喝を入れると、ヴェッテは先程炎の魔術を防いだ以上の闘気を発する。
ジークもそれに続く。接近を試みれば当然ながら魔術で迎撃されるだろうが、接近しなければ話にならない。
ならば、大きな魔術を使う隙を与えず、小さな魔術を使わせた上でそれを斬り裂いて突き進むのみ。
「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
同時に飛び出す。リチェルカーレは手元に銃を召喚し、魔力砲撃で撃ち落とそうとする。
しかし二人の纏う闘気はそれを弾き返す。ならばと連射するも、一撃あたりの威力が弱いのか突進を緩められはしても止められはしない。
銃を両手に増やし、さらに連射速度を高めるが、それに対抗するかのように二人の闘気は発現の勢いを増していく。
「余は、こんな所で終われはしないのだ!」
「近衛騎士としての矜持、今こそ貫き通す時!」
津波のように打ち付ける魔力の流れに逆らい、一歩また一歩と突き進み、遂には流れを斬り裂いてリチェルカーレを射程に捕らえる。
彼女の左側からはヴェッテが、右側からはジークが、それぞれ全身全霊を以って得物を振りかざし、それを叩きつけた――!




