095:森林巡回班
――その日、森は喧騒に包まれていた。
あちらこちらで爆発音とモンスターの悲鳴が響き、森が揺れているのだ。
この森にアジトを置くレジスタンス組織ヴィーダーの面々は、この騒ぎに一抹の不安を抱く。
「山ならば『いつもの事』で済むんだが、森からとなると事情が違うな」
「まさか、国の奴らが攻め込んできたのか……?」
「それを避けるためにわざわざモンスターが蔓延るこの地を拠点としたのに、無意味だったというのか」
「こんな辺境にまで手を伸ばす事は無いだろうという目論見は甘かったようだな」
「……で、どうする? 戦うか?」
「当然だ! 俺達は、国と戦うためにこの組織に入ったんだ。その相手から逃げてどうする!」
開けた場所に設置された三つのテント。三角に配置されたその中心に、メンバーが集まって輪を作り緊急会議を行っていた。
人数は九名。いずれも男性で平均的に若く、見た目でおよそ十代から三十代と思われる世代の者が集まっていた。
「落ち着け! まだ敵と決まった訳ではない! 我々が戦う時は、明確にここが標的だと判明した時だ!」
まとめ役と思われる男性も、お兄さんと呼ぶにはちょっと、だがおじさんと呼ぶにもちょっと……と感じる微妙な世代の風貌だ。
「リーダー、それだともし先制攻撃をされたら間に合いません。事前に防御だけでも展開しておくべきかと」
「ふむ、一理あるな。確かに、敵の目的が判明したと同時に終わっていた……では話にならん。お前の案を採用する。魔導師達は結界を張れ!」
リーダーは部下の声にもちゃんと耳を傾ける柔軟な男だった。完全に否定出来る要素が無い意見は、必ず考慮の余地がある。
そうやって自分では意識が向かなかった部分の指摘を素直に取り入れる事で、彼とその部下達は過酷な森での生活を生き抜いてきた。
「しかし、様子を見に行った奴が戻って来ないな……。深追いしていなければいいんだが」
一人の男がそうつぶやいた時だった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」
まるでそれが合図とでも言わんばかりに、上空から悲鳴と共に男が降ってきた。
その男が自分達の仲間だと気付いた時、一同は身体に気を巡らせて身体強化を施し、みんなして落下する男を受け止めた。
「お前は偵察に行っていた……どうした! 何があった!?」
「うっ、うぅ……。俺達は、もしかしたらとんでも無いのに目を付けられたかもしれない……」
偵察に行っていたという男曰く、騒ぎの元を探るため一定の距離まで近づいて行った。
しかし、ある程度の所まで行ったと思ったら、彼方から無数の光弾が飛んできてあちらこちらに居るモンスターや獣を殺し尽くしたという。
そしてその光弾は自分にも命中したが、何故か自分はこうして弾き飛ばされるだけで済んだ――という顛末であった。
「こ、こんな事が出来る魔導師は半端なくレベルが高い奴だ……。何者であれ、敵に回したら俺らは終わりだ!」
「へぇ。よくわかってるじゃないか。キミ達には、くれぐれも賢明な選択をお願いするよ」
男が絶望を口にした瞬間、彼らの背後から少女の声が響いてくる。
「……何者だ!?」
森の奥の暗闇から、その闇と同等に真っ黒な衣装を身に纏った少女が歩いてくる。
その少女を守るようにして、軽装鎧の女性と男性、その背後に付き従うようにして神官の女性が現れる。
「俺達はツェントラールから来た冒険者パーティ『流離人』だ。故あって、革命に協力したい。リーダーと話をさせてくれ」
男性の申し出に、一同は驚きを隠せなかった。自分達の素性を知っている上に目的まで知っている。
その上で協力……しかも、隣国の冒険者だという者達がだ。意図がわからない。だが、せっかく話す所から始めようとしているのだ。
リーダーの男性はずいっと前に出て、冒険者達の話を聞こうとしたが――
「いやいやいや、貴方は確かにリーダーですけど、森林巡回班のリーダーですからね!」
「シャフタさん!? どうして、ここに……」
流離人と森林巡回班と呼ばれた者達の間に降り立ったシャフタが、ツッコミを入れる。
「国の兵による襲撃を受けていた村を見つけたのですが、この方達が兵士を倒してくれたんです。実力は保証しますよ!」
「なんと、他の国の冒険者がこの国の兵士達に喧嘩を売っただと……。意味を解っているのか? お前達」
「国にケンカを売る事と同義――って事だろう? 俺達は元々そのつもりで来たんだ。買ってくれるならばありがたい」
「……豪胆だな。分かっていてそれをやるとは、余程強い動機があるのだろう。よし、本部へ案内しよう」
リーダーは男性の言葉を聞き、すぐに受け入れる事を決定した。
「い、いいんですか!? 見ず知らずの者を本部に招き入れるなど……。国が寄越したスパイの可能性も否定できませんよ」
「疑念は最もだ。だが、お前も真正面から向き合ってみればわかる。この者達は、そういう類ではない」
リーダーに促された男が、流離人の皆を一人一人確認していく。
まずは前衛と思われる剣士の男、同じく前衛と思われる女、魔導師の少女、そして神官……。目が合った瞬間、満面の笑みを返された。
「……そ、そうですね」
落ちた。微塵の悪意も無い美女の微笑みは、こうも容易く男を落とすものなのか。
(それに、だ。この者達の誰にも、俺達十人が総がかりで挑んだ所で勝てはしないだろうさ)
リーダーは内心で、目の前に居る冒険者達の脅威を感じ取っていた……。
・・・・・
「申し訳ない。俺達が到着した頃にはあらかたの村人が殺されてしまっていたんだ」
シャフタの案内を受けながら、俺は森林巡回班のリーダーという男に謝罪をする。
彼らが守りたいと思っているのは、まさに俺達が救えなかった人達であろう。兵士達は始末したが、村は滅んでしまった。
こんなザマではとても村を救えたなどとは言い難い。大手を振る事など出来ようハズもない……。
「聞けば、火の手があがっているのを見てすぐさま駆けつけてくれたそうではありませんか。奴らにとって、火を放つのは締めの時……ならば、どう足掻いても間に合わなかったでしょう」
「そうですよ! 兵士達を始末してくれただけでも今後に起きる悲劇が減らす事に繋がるのですから、謝罪なんてしないでください。それに、一人は救えましたよ!」
シャフタが示す先には、徒歩で歩く俺達に付き従うようにしてフワフワと浮いている絨毯――その上に寝かされた女性の姿。
「うむ。あの惨劇を生き延びた貴重な生存者だ。彼女には酷とは思うが、起きて体調が安定したら話を聞かせてもらわなければ……」
女性が元々は四肢を切断されるほどの瀕死だった事も、それを治してしまえるほどの術が使われた事もシャフタは話していない。
別に俺達が話すなと脅しをかけた訳ではない。リチェルカーレも王も、別にそれを話された所で何も困りはしないのだ。
おそらくは彼女自身、監視中に起きたこれらの出来事を未だに信じられないのだろう。人に説明するにあたって上手く言葉で言えないのかもしれない。
「本部には医務室もあります。早くこの方を安全な場所にお連れし――!!」
突如、森全体を揺らす程の轟音と共に、木々が裂けて倒れる音や、獣や鳥などの甲高い鳴き声が響き渡った。
木々の隙間から音の方向を見ると、山の中腹辺りで爆発が起きているのが見える。森からは凄い勢いで鳥達が飛び立っていく。
「なんだ!? 砲撃でも撃ち込まれたのか……?」
「いえ、あれは我がヴィーダーにおける名物みたいなものですよから、安心してください」
シャフタとリーダーは全く動じていないどころか、爆発が起きた事を笑ってすらいる。名物……?
「あの山では、我が組織のリーダーがサブリーダーと共に特訓を行っているのです。爆発は、彼らの特訓に力が入ってきたからでしょう」
男が言った通り、一度爆発音が鳴り出してからは連続して爆発が響くようになり、一気に森が騒がしくなった。
一体どんな特訓をしているというんだ……。大規模な魔術の打ち合いでもしているのか?
「ちょっと待て。リーダーとサブリーダーがあそこで特訓しているという事は、本部へ行っても幹部が居ないという事にならないか?」
「戻ってくるまでの間にその方の処置をしましょう。一応、組織のナンバースリーであるスピオン様がおられますので、その辺の事を先にやるくらいは大丈夫かと」
それもそうだな。戻ってくるというのならば待てばいい。まだこの先、どう動くのかすら決めていないしな。
本部にたどり着いたら、せっかくだし俺達も少し休息を取らせてもらうとするか……。




