094:潜んでいたのはニンジャ?
――俺達は早速、次の目的地へ向けて歩を進めていた。
先程リチェルカーレが発見した忍者のような者は、ダーテ王国の体制に反抗しているレジスタンスとの事だった。
外見に反して任務に殉じ死んでも口を割らない……などと言った気概は微塵もなく、攻撃魔術をちらつかせて脅したらあっさりと口を割った。
偵察中に襲撃を受けているこの村を発見し、兵士達を倒すべく仲間を呼びに戻ろうかと思った所で俺達が転移してきたらしい。
そのまま展開される非常識な光景についつい見入ってしまい、目的を忘れてその場に留まり続けてしまったとの事だ。
「我々は今までにも、今回のように理不尽な襲撃を受ける村があれば救うべく動いてきました。もちろん間に合う時もあれば、手遅れな時もあります。しかし、どちらにしろ国の兵士達は全て倒します。そうして、少しずつでも国の力を削がないと……」
レジスタンスは基本的に敵と正面から堂々と戦うだけの戦力なんて持ち合わせていない。戦力があれば、そもそもレジスタンスなどと回りくどい事はする必要が無いだろう。
故に、彼らの活動の主となるのは、国から派兵されてきた少数部隊をゲリラ的に襲撃したり、後方支援の兵站を叩くなどして、地道に弱らせていく事だ。
「ですが、今回は貴方達が兵士を倒してくれました。貴方達は一体、何者なんですか……?」
「それを問う前に、まずはキミが何者かを名乗った方がいいんじゃないかい? その恰好じゃ説得力が無いよ」
「も、申し訳ありません……!」
レジスタンスの忍者っぽい人が頭巾を取る。すると、中に隠されていた髪がブワッと広がる。
頭巾の下は黒色のセミロングに、可愛らしい顔……女の子だったのか。声が中性的でわからなかったぞ。
「私はレジスタンス組織ヴィーダーの偵察員でシャフタと申します。あ、改めてよろしくお願いします」
おぉ、頭巾無しで喋ると完全に女の子の声だ。あの格好の時はなりきってるって事なんだろうか。
「偵察員というより忍者だよな、その恰好……」
「ニンジャ……。貴方はニンジャを御存じなのですかっ!?」
「え、えらい食いついてくるな。急にどうした?」
「貴方の仰る通り、私は和国に居るというニンジャに憧れているのです!」
忍者について熱く語り始めるシャフタ。格好にも表れているように、余程忍者が好きなのだろう。
と言うか、日本っぽい国だという和国には忍者も存在するのか。ますますオダ・ノブナガなる人物が本人のような気がしてきたぞ。
もし彼がこの世界に来ていて、戦国時代のような風土を築いているのであれば、忍者や武士が居たっておかしくない。
「けど、女の子が憧れるのなら、忍者というよりくノ一じゃないか?」
「クノイチ……なんですか? それは」
意外だな。あくまでも外部に伝わっているのは忍者のみという事か。凄まじい異常気象に包まれているらしいから、あまり文化が外へ出ないのかもな。
俺の知識範囲内でだが、簡単にくノ一の事を説明してやると、シャフタは目を輝かせて俺の話に聞き入っていた……。
「いいですね女ニンジャ――クノイチ! 私もいつか本場に行ってニンジュツを学びたいです!」
目をキラキラさせてるぞ……。どうかこの世界にもくノ一が存在していてくれ。そして、俺の語ったようなイメージの範囲内であってくれ。
「はっ、脱線してしまいました! 申し訳ありません、私……ニンジャの事となるとつい熱く」
シャフタは緩んだ気持ちを改めるためか、再び頭巾をかぶってしまった。可愛かったのにもったいない。
「いやいや、気にしなくていい。俺も久々に語ってしまった」
忍者はいつの時代も日本男子が一度は憧れるものだろう。テンションが上がるのも仕方がない事だ。
「……で、俺達なんだが、ツェントラールから来た『流離人』という冒険者パーティだ」
「冒険者パーティ……にしては、いきなり出現したり、おぞましい骸骨を呼び出したりと、とても普通の冒険者とは思えないのですが」
「普通の冒険者とは一体何だい? 冒険者と言っても人れぞれ、冒険者の数だけ個性があると言っても過言じゃないよ」
「むむむ、確かに言われてみれば普通の冒険者って何なんでしょうか。そう言えば、私はそんなに多くの冒険者を知らないのでした」
リチェルカーレの露骨な話題反らしを真面目に受け取ってしまうシャフタ。素直な良い子だ。
シャフタが言いたいのは、彼女の知る冒険者とやらを基準として考えた場合、明らかに俺達がおかしいと感じた――と言う事だろう。
別に彼女の言っている事は間違ってはいない。リチェルカーレやらレミアみたいなのが冒険者の基準であってたまるか。
冒険者のハードルが一気に上がるわ。加えて死者の王の存在もあるし、普通の冒険者とは思えないなんて考えに至るのも当たり前だ。
「どちらにしろ、細かい部分の説明は組織に合流してからにしておこう。二度手間になるしね」
そういう訳で、今は簡易的に名乗る程度の自己紹介で済ませ、現在のダーテの情勢などを聞きつつ歩を進めている。
王は現在召喚されていない。なんでも『冥王のゆりかご』の使用は相当に力を消費するらしく、今は回復に専念しているそうだ。
そりゃあそうか。領域内の者を死んでも即座に蘇るような状態にする魔術など、さすがに安易に出来るもんじゃない……。
ちなみに、冥王のゆりかごで救われた女性は空飛ぶ絨毯に寝かされる形で俺達と並んで飛んでいる。
俺達はと言うと、もう一枚取り出された絨毯に乗っている。そういやこれ、百億ゲルトで売りに出されてる商品だったっけ。在庫はあるって事か。
さすがにシャフタ一人を走らせるのも酷と思ったのか、新しく出された方の絨毯は一回り大きく、皆がしっかりと乗る事が出来ている。
「ほわぁ……凄いですね。空飛ぶ絨毯なんて初めて体験しましたよ……」
やはり、一般的に空飛ぶ絨毯はあまり出回っていないらしい。他にも作られているのかどうかはまでは知らないが……。
騎士になるまで冒険者として旅をしてきたというレミアも、コンクレンツ帝国で初めて見たようなリアクションしてたくらいだしな。
そう考えると、この絨毯を救急搬送に用いているのが如何に贅沢な事かが良く分かる。普及すれば、業界に新風が巻き起こるぞ。
女性をリチェルカーレの空間に収納する案もあったが、万が一にも中で目覚められたらトラブルになるらしいのでリチェルカーレ自身が却下した。
別に息が出来ないという訳でもなく、移動が出来ないという訳でもないが、何もしていない状態だと空間内は黒一色の世界で素人にはどうする事も出来ないんだとか。
幸いネーテさんをアヘらせた化け物やエリーティで処刑されていた者の身代わりとなった化け物は違う領域に潜んでいるので、遭遇する事はないらしい。
逆に同じ領域だったら嫌だわ。空間内に様々な物を収納しているらしいし、特にそれが飲食物だったりした場合はイメージが悪くなる……。
・・・・・
それから俺達は、国境にもなっている山脈の麓にある森の中を悠々と移動していた。
木々が多々並ぶ森ではあるが、リチェルカーレの神懸かり的な絨毯のコントロールでスピードを落とす事なく隙間を抜けていく。
乗っているこちらとしては絶叫マシーンの気分だ。バリアでも張ってあるのか、勢いに振り回されて落ちたり、飛んできた枝葉などが当たる事も無いが……怖い。
しかも、定期的にリチェルカーレの周りに光弾が生成されてはあちらこちらに飛んでいく。曰く、感知したモンスターを排除しているらしい。
確かに前後左右のあらゆるところから獣のような鳴き声や、モンスターの悲鳴のようなものが響いてくる。
彼女の事だから人間を巻き込むようなヘマはしていないと思うが、高速移動しつつ周りを見もしないで数と場所を把握しているのが恐ろしい。
攻撃は敵を感知した時点で既に放たれているし、同乗している誰かが敵の姿を目にする事無く、既にに討伐されてしまっている。
さらに、モンスター達の断末魔から少し遅れる形で、こちらに向けて様々な物が飛来してくる。
金貨やら宝石やら、爪やら牙やら、時には肉片や皮のようなものまで……ドロップアイテムまで逃さないってか。
ツェントラールの森でもやっていた遠隔回収ってやつだな。収集系の依頼においては便利な事この上ない。
「この森って、拠点として使っている私達ですらも危険と隣り合わせな所なんですけどね……」
シャフタがしょんぼりしている。自分達にも危険な場所だからこそ、安易に敵の襲撃を受けないというメリットがある。
それをこうもあっさり抜けられては、わざわざそんな場所にアジトを設置した苦労は何だったんだって話になってしまうわな。
「いや、こいつが……こいつらがおかしいだけだから気にするな」
「リチェルカーレ殿はともかく、私までおかしいかのような言い方はどうかと思うのですが」
「オーベン・アン・リュギオン……」
「そ、それは言わないでください! ずるいですよ!」
シルヴァリアスを扱えるようになってからのレミアは間違いなくおかしいからな。性格云々じゃなくて、そのケタ外れの力が。
もしここで彼女が本気で暴れでもしようものなら、ものの数分で更地になってしまうんじゃないだろうか。
「あのぅ、もしかして私もその『おかしい』の中に入っていたりします……?」
「自軍をあんな無敵状態にしたり、切断された腕を接合出来るほどの神官が普通なハズないと思うんだが」
「で、でも四肢を失ったあの方に関してはどうしようもありませんでしたし」
「いやぁ、あの状態で延命させ続けたってのもなかなかのものだと思うんだけどな」
エレナは謙遜しているが、リチェルカーレ曰く儀式を成功させる事が出来るだけでも凡人では無いらしいぞ……諦めろ。
(今更ですが、この人達を連れていってしまって大丈夫なんでしょうか……)
常識外れの冒険者達を前に、シャフタは若干の不安を覚えるのだった。




