チートを発揮するなら、今でしょ!1
その日、魔物の襲撃はなんの前触れもなくやって来た。
いつも通りの夜明けだった。肌寒さすら感じるような朝、そろそろ温かいものが美味しい季節ねと、台所に立つ母親が朝食を用意しながらそんなことを呟く。
家族を起こして、みんなで朝食を食べて。
それぞれに仕事や遊びに出かけて、さあお腹が減ってきたぞ、もうすぐ昼食だ。
みんなが思うようなお昼時、それは起こった。
「……おい、なんだあれ」
街中を歩く、ひとりの男が空を見上げて、それが迫ってくるのに気付いた。
「ん? っ! おい、あれ……」
「な、なんだあの大群は!?」
遠くの空からこちらに向かってくる黒い点の集まり。
虫かなにかだと、最初は思ったかもしれない。
だが、少しずつその形が見えてきて、街の人々は震えあがった。
「ち、違う、虫じゃない。あれは……!」
あれは、魔物の大群だ。
すぐに人々は教会や役場など防御魔法が施された施設に避難した。
駐在兵が急いで周辺の街に伝令を飛ばし、その知らせは通信魔法によってすぐ近くの王都にも伝わった。
王城のシルヴェスターもその一報を聞き、すぐに移動魔法を使って騎士達を街に送り込んだ。
そして自身も、魔物の襲撃が激化するであろうことを予測して、準備を整えていた。
* * *
「陛下!」
マナー違反だと分かってはいたけれど急がずにはいられなくて、扉の前にいた衛兵の制止も聞かずに陛下の執務室の扉を勢いよく開いた。
「……ヴィオラ、どうした」
現れた陛下の姿を見て、胸がドクンと鳴った。
いつも剣を携えてはいるけれど、ここまでピリリとした空気は纏っていない。
陛下も、行くつもりだ。
そう確信した。
「ヴィオラ殿、陛下は今……」
すぐ側にいたフィルさんがそう声をかけてきて、はっと我に返った。
「すみません、お忙しいところ。……行かれるのですね?」
「……ああ。用件はなんだ」
いつもと違う。
いつもなら、もう少し声が柔らかいのに。
それくらい、状況が深刻だということだろう。
「私もお手伝いさせて下さい」
「「!?」」
陛下とフィルさんが息を吞んだのが分かった。
「戦いに参加、という意味ではありません。みんなの力を貸して頂きながら、私の能力と料理でお手伝いしたいと言う意味です」
それだけで街の人々への支援という意味だと察してくれたようで、陛下は口元に手を当てて少しだけ考えるような仕草を見せた。
「……分かった。おまえがなにを考えているのかは知らんが、恐らく被害者の心に添うものなのだろう。俺はすぐに出るが、フィルに伝えて実行すると良い。ただしフィルが無茶だと判断したことは諦めろ。あまり時間がない。……今、そこに配慮する余裕が俺にはないからな、おまえが考えてくれると助かる」
そう言うと、陛下は最後に少しだけ微笑んでくれた。
どうしてこの人はここまで私の心を汲み取って、信用してくれるのだろう。
「はい、お約束します。お時間取らせてしまって申し訳ありません。陛下も、お気を付けて」
だから私も、その信頼に応えられるように、精一杯やるだけだ。
胸を張って、笑う。
そんな私を見て、陛下は一瞬目を見開き、ふっと笑うとマントを翻した。
「フィル、後は頼んだ」
「はい、お気を付けて」
すると陛下は移動魔法を使ったらしく、ふっと消えてしまった。
「魔物の襲撃については大丈夫ですよ。陛下とガイ、それにノア王子もおりますからね」
「みなさんお強いのですね。……ではフィルさん、街の人々の支援について、私の考えを聞いて頂けますか?」
頼もしいですねと、どこか楽しそうにフィルさんも笑った。
「ヴィオラ、一番デカい鍋持って来たぞ! 野菜はこれくらいで良いか!?」
「はいスープは二種類作ります! 具は同じもので良いので、とりあえず切って切って切りまくって下さい!」
「ご飯、炊けました!」
「パンも大量に成形したぞ~」
フィルさんとの打ち合わせの後、私はすぐに騎士団専属食堂へと向かい、被害のあった街へと運ぶ炊き出しの準備を始めた。
わけを話すと、みんな快く手伝いを受け入れてくれた。
それにしても、さすが普段たくさん食べる騎士達の食事を用意している料理人のみんなだ、とても早い。
「ヴィオラ、おにぎりの具はできたか? できたものから俺達が握っていくぞ」
最初は力が強すぎておにぎりが石のようになっていた料理長さんも、すっかり程よい力加減を覚えて、綺麗な三角おにぎりを握れるようになった。
「はい! ありがとうございます、お願いします!」
おにぎりの中に詰める具を用意しながら、魔力を込めていく。
体力の回復、精神の安定、とにかく食べた人が元気になりますように。
そんな思いを込めて。
具に回復効果がついていれば、おにぎりは誰が握ったって良い。
スープも一緒、煮込みや味付けの工程を私が魔力を込めて行えば、しっかり回復の効果はつく。
ひとりではできる限界があるけれど、みんなと一緒なら。
「騎士達も疲弊してるだろうからな。あいつら普段から良く食うんだ、戦闘の後はいつもの倍くらい食うんじゃねぇか?」
「そこは市民優先だろ。でも遠慮なく腹いっぱい食べてほしいからな、ありったけの材料で作って持って行ってやろうぜ」
被害に遭っている街の人達と、今この時も魔物と闘っているはずの騎士達を労うための食事。
魔物討伐の心配はいらないとフィルさんは言った。
それなら私は、その後のみんなの傷ついた心を少しでも癒したい。
温かいご飯を食べて力をつけて、明日への一歩を踏み出す元気を持ってほしい。
食べることは、生きること。
生きるために、必要なこと。
『生きてりゃ色々ある。腹が減ってるから暗いことばっかり考えちまうんだ。でもな、腹が減ってるってことは、生きてるってことだぞ。これ食って、また頑張ろうって立ち上がれ。そんでまた腹が減ったら、ウチの店に食いに来い!』
前世で私が小さい頃、ひとりのお客さんにお父さんがそんな言葉をかけていたことを思い出す。
お父さんの料理がそのお客さんを元気づけて、笑顔で「また来ます!」って帰って行ったのを覚えている。
「身体を、心を癒してくれる、そんな温かい味に仕上がりますように」
そう心を込めて、みんなと一緒にひとつひとつおにぎりを三角に握っていく。
すみません、しばらく所用により二、三日に一度の投稿になります……。
とりあえずラストまであと少しかなと思ってますので、最後までよろしくお願いします!




