今の私にできること4
残された私は、ワゴンを押しながら俯く。
街中に魔物の出没、尋常じゃない被害が出る可能性があるって言っていたけれど、同盟国とはいえ、国外の王族であるノア王子にも協力してもらうほどってことは、随分大規模なものなのではないだろうか。
ガイさん、リック、それに騎士のみんなは大丈夫なのだろうか。
魔物討伐といわれてもさっぱり具体的なイメージの湧かない私は、ぐるぐると考え込んでしまう。
「あの王子、結構な魔術師みたいだね」
「わっ! ヴァル!? あれ、いつの間に……?」
そういえば一緒に歩いていたはずなのに、いつからか姿を消してしまっていた。
「あの王子が来たから、隠れてたの。聖獣がいるって気付かれない方が良いんでしょ?」
そう言われてみればそうだ、さすがヴァル。
そんなことちっとも頭になかった私は、ヴァルの咄嗟の判断に舌を巻いた。
「僕、覚醒してから人間の魔力に敏感になったから分かるんだ。相当な魔法の使い手だよ。あの王子に頼るのも納得」
「でも、それくらい大変な事態ってこと、だよね?」
「だろうね。あの騎士団長の感じからすると、大量発生とか上級の魔物が複数発生した感じかな? 僕のお母さんも後で契約者の国王と一緒に、魔物が発生した街に行くみたい」
ヴァルの言葉は、だんだん私を不安にしていく。
きっとガイさんは私に気を遣ってそれほど直接的な言葉を使わなかったのだろう。
心配をかけまいというその気持ちは嬉しいけれど。
「……ね、尋常じゃない被害が出るかもって、どんな感じかな」
「うーん、魔物に襲われて怪我をしたり重傷を負ったり、下手したら命を落とす人もいるかもしれないね。あとは建物や家が壊れたり、焼かれたり。人間は住む家がなくなったら困るんでしょ? それと、食べるものにも困るだろうね。あとは重要なものが壊されたりもあるかな? 魔物が街に出没して出る被害っていえば、こんな感じが多いよ」
先程の分析と良い、思っていた以上にヴァルが詳しく被害について教えてくれたことに、少しだけ驚く。
聖獣とはいえまだ子どもだから……と侮ってはいけなかったみたい。
よく考えれば分かるような内容かもしれないが、実際にそれが起こっていると考えるととても恐ろしい。
〝命を落とす〟
その時がいつ来るかなんて誰にも分からないことではあるけれど、予期せぬ最期は、大切な人達と別れを惜しむこともできない。
前世の私の死、あの後、家族は、友達は、どうなったのだろう。
「ヴィオラ? どうしたの、急に黙っちゃって」
ヴァルの呼びかけに、はっと我に返る。
いけない、意識が前世の私の方に逸れてしまっていた。
「ごめん、なんでもないわ。想像したら、怖くなっちゃって。……ねえ、私達にもなにかできること、ないかしら?」
せめて、私のような思いをする人が少しでも減るように。
「……正直、戦闘は無理だと思う。いくらヴィオラの魔法レベルが高いからって、攻撃魔法を使ったこともない、魔物との戦闘を経験したこともない人間が活躍できるほど、魔物討伐は甘くないよ」
ガツンと言われてしまったが、ヴァルの言ったことは正論だ。
むしろ右も左も分からない小娘が行ったところで、邪魔にしかならないだろう。
自分が誰かを助けられるんじゃないかって考えは、ただの驕りだ。
それをまざまざと突き付けられたようで、しゅんと肩を落とす。
「ごめん、キツいこと言った」
「ううん。言いにくいことをちゃんと言ってくれて、ありがとう」
俯くヴァルを抱き上げて、ぎゅっと抱き締める。
こんな時なのに、私は無力だ。
それが、悲しい。
おかしいよね、少し前まではチートな能力なんて隠したい、平穏に過ごしたい、そう思っていたのに。
力になれないことが、こんなに悔しいんだから。
目に涙が滲むのを感じていると、ヴァルが体を捩じって顔を出した。
「ね、ヴィオラ。ヴィオラって、異世界での、前世の記憶があるんでしょ?」
どうして急にそんなことを言うのだろう。そう不思議に思いつつも頷くと、じゃあさ!とヴァルが声を上げた。
「異世界での知識を生かして、戦闘以外で役に立てそうなこと、思いつかない? ヴィオラのその、みんなの助けになりたいって気持ち、僕は大切なことだと思うからさ!」
ヴァルの前向きな姿に、私は目を見開く。
私の気持ちを認めてくれて、一緒になんとかしようというヴァルの言葉が、とても嬉しい。
「異世界の、知識……」
知識と言われても……と一瞬思ったが、よく考えてみると被害の状況は前世での災害の状況に似ている。
日本では様々な災害が起きていたけれど、どんな対応をしていたっけ。
ニュースなんかでよく流れていた災害ボランティアの話などを思い出していく。
「……そうだ、これなら」
私にも、ううん、みんなに協力を仰げばできそうなことがたくさんある。
「ねえヴァル、いくつか思いついたんだけど、聞いてくれる? もしかしたらできないこともあるかもしれないけど……」
前世の災害対応を真似てできそうだと思ったことを、口早にヴァルに伝えていく。
この世界では災害に対してどう対応しているのか、私は知らない。
そんなことは不可能だと一蹴されることもあるかもしれない。
けれど、やってみる価値があるのではと、言ってもらえたら。
「うん、できそうなことも多いと思うよ! 僕は良いと思う!」
「……そうかな? みんな、協力してくれるかしら?」
「大丈夫だよ。僕も思いついたことがあるから、声かけに行ってみる! それと、あの国王と秘書官には話通しておいた方が良いんじゃない?」
たしかにそうだ。
私達が良かれと思っても邪魔になることがあるかもしれないし、他の人の協力も必要だし、それにここでお世話になっている以上、許可を得る必要があるだろう。
「ヴァルってすごいわね。かわいいのに賢くて、優しくて、頼りになる」
「そ、そう? えへん、僕と契約して良かったでしょ?」
私が褒めたのにちょっぴり照れながらも、胸を反って自慢気に振る舞うヴァルが、とても頼もしい。
「うん! 最高のパートナーだわ! ありがとう、ヴァル!」
落ち込んでいる暇も、悩んでいる暇もない。
このチートな能力を隠さないと決心して、みんなの、この国の役に立ちたいと思ったのだから。
「じゃあよろしくね。私、陛下とフィルさんを探してくる!」
「分かった!」
ヴァルと別れて、ワゴンを戻し、急いで陛下の執務室へと向かう。
チートな能力とヴァルのおかげで増した力、それを発揮する時が今じゃないと言うのなら、一体いつだと言うのか。
今の私にできる、精一杯を。
そう心に誓って、私は駆けた。




