そして舞台は終幕へと②
国王が、真っ直ぐデイルを見据える。
「さっさと…答えぬか!!」
ビリビリと空気が震える感覚がした。
氷点下よりも更に下の温度を纏い、蔑みきった眼差しを向けて、怒りに満ち溢れている。
隣に立つ王妃はまさしく『絶対零度』。
実の息子に向ける目ではない、と反論したかったがそれは許されない様子でしか無かった。
「貴方、落ち着いてくださいませ。…お前は…ソルフェージュ女公爵に対して、今、何を、言ったのかしら…?」
王妃の言葉にも温度はない。
ひゅ、と喉から奇妙な音がした。
「さっさと答えなさいな。口がきけなくなってしまったの?」
王妃が、デイルとの距離を一歩縮める。
「あれほど威勢よく言い放ったのに…私と国王陛下の前では申せぬと、そういうこと?」
「、あ、…の、」
口の中が酷く乾く。
湿らそうとしても出来ないほどに呑まれていた。
「王太子殿下、先程仰ったことをそのまま、繰り返せばよろしいだけですわ」
背後から聞こえる軽やかな声。
この場にそぐわないほどに軽く、楽しそうで、そして未だかつて聞いたことの無いものだった。
「お、おま、え…」
ぎりり、と歯を食いしばりルナリアを睨むが、視線の先の彼女は至極楽しそうに笑っていた。
「わたくしは王家の言葉に従うだけ。さぁ、もう一度どうぞ」
笑いながら告げられ、再度国王を振り返ると視線の温度は更に下がっていた。
一国を統べる王と王妃の絶対零度の眼差し、雰囲気に耐えきれるものだろうか。
いつもならば、厳しいながらにも優しさがある眼差しに、今はそれが一切無い。情けも容赦も、何も無いのだから。
それに、ルナリアは婚約破棄を突きつけても平然と笑っているし、何なら楽しそうでもある。
狼狽えるだろうと、そう思っていたのに。
狼狽えもしなかった。
惜しみさえも、しなかったのだ。
それどころか、今までに見せたことの無い晴れ晴れとした笑顔で『婚約破棄』の言葉を再度言わせようとしている。
「我が耳が正しければ、婚約破棄とか抜かしおったな」
「えぇ陛下。王家の結んだ婚約…いいえ、我らが願いようやく叶った婚約を、まさか子に破棄される日が来ようとは」
「……え?」
今、何と言ったのか。
『我らが願い、ようやく叶った』と。
父と母は、間違いなくそう言った。
隣に立つマナも、驚愕の表情を浮かべている。
どちらともなく自然と顔を合わせれば、蒼白な互いの顔が瞳に映った。
「ルナリアさんが、願ったんじゃ…ない、の」
「願うわけないじゃない。他でもない私が願ったのだから」
即座にマナの言葉を否定し、王妃は絶対零度のままに冷たい笑みを浮かべた。
「大切な大切な、私の親友。その娘。…ルナリアは、本当に優しくて良い子だし、親友と縁続きにもしたくて、私が我儘を言ったの。私の陛下にね」
少女のような笑みで、そこそことんでもない事をさらりと言った王妃に、会場は息を呑む。
「王妃の唯一の願いであったからな。叶えてやらねば、と思ったまでのこと。だが、先代公爵は条件をつけおった」
「『王太子が婚約を嫌がって、いつか『破棄』を言い出したら、ルナリアの願いを何でも叶えてやること』、それが唯一の条件」
「予言が成ってしもうた、というわけだ」
はぁ、と大きな溜め息が二人から零れる。
ルナリアが願った訳ではなく、王家から是非にと願った婚約。
父と母が、結んだ、子同士の婚約。
「お前は、見事なまでにやらかしおった…!」
その辺の貴族の婚約とは違うのだ。
公爵家令嬢と、王太子の婚約。
「優秀な血を、逃しおって…」
優しく、心配りの出来る穏やかな美しき令嬢。
王妃の唯一無二の親友の、大切な一人娘。何ものにも代え難い、大切な宝物。
『ねぇ、王太子殿下はわたしの娘を大切にしてくれるかしら?』
『えぇ、きっと!』
かつての記憶にある、大好きな親友の声が脳裏をよぎる。
そして、もう叶わなくなった王妃の願い。
「国王陛下、王妃殿下、そのように責めてはなりませんわ。お二人のご結婚を認めて差しあげてくださいまし」
あまりにあっけらかんとした声音が響く。
手のひらで顔面を覆った国王は、それまでよりも大きく溜め息を吐いてから真っ直ぐルナリアを見る。
「理由は」
「相思相愛、良き事ではございませんか?」
「一国の王子が、そのような感情に流されるなど…!」
国王の怒りをさして気にしていないのか、ルナリアは笑顔で続ける。
「おとぎ話のようですわね、まるで」
にこやかに。でも、目の奥は一切容赦が無い。
「ねぇマナさん。貴女、王太子殿下を愛していらっしゃる?」
「………ぁ、当たり前よ!」
「まぁまぁ!大変よろしくてよ!凄いわね、本当におとぎ話のようだわ!子爵令嬢が王太子の目に留まり、大恋愛の末結ばれて王妃になるだなんて!」
思いもがけず応援され、マナは訝しげな表情になる。
悪役令嬢が、ヒロインを応援するなどあってはならない。あるわけが無いのに。
「まぁ、嫌なんですの?」
「嫌なわけないでしょ?!アンタ馬鹿なんじゃない?!」
堂々と公爵令嬢に対して暴言を吐くマナを、会場の生徒達が白い目で見る。
だが、マナはもう後には引けないのだ。
どうにかせねば、と必死に考える。思考回路をフル回転させる。
「では、ご結婚なさいませ。あぁでも……」
そこまで言って、ルナリアはニヤリと笑みを深めた。
「え…?」
嫌な予感がする。
恐らく、王太子と結婚したら地獄が待っているに違いない。きっとルナリアが側妃になり、己をいじめ倒すのだと、そう思っていたのに。
「おとぎ話のその後、お姫様が幸せになれるだなんて誰も言ってないのに…どうしてマナさんは幸せになれると思われたのかしら」
つぅ、と汗が流れた。
「だってそうでしょう?王妃教育を受けていない身分が低い令嬢が王家に嫁いで、どうして苦労しないと思えるの?」
王太子とマナ、二人が目を見開いた。
王妃は意図が何となく分かり、手にしていた扇子をぱちん、と閉じる。
「童話なら、『お姫様は幸せに暮らしました』で終わるけれど、現実は更に続きますのよ。貴女、耐えられまして?」
ゲームではこんなことにはならなかった。
今更ながら、マナはじわりと理解をしていく。デイルも同じように。
「わたくし、婚約破棄を受け入れますわ。そして、わたくしは願います。この二人の婚姻を!」
そうして、高らかに続けて宣言をする。
「さらに、わたくし。ルナリア・イル・フォン・ソルフェージュは、何が起ころうとも側妃などにはならぬと、この場で宣言いたします!今仰ったわたくしとの婚約破棄の撤回も認めません!」
「ルナリア…っ」
「まぁまぁ、名前で呼ばないでくださいませ、王太子殿下。貴方の真の愛は隣におられるマナ様でいらっしゃいます」
冷たく突き放され、絶望の表情を浮かべるデイルだが、遅すぎた。
「真の愛、貫きなさいませ」
「…そうさなぁ…己で宣言したのだ。己で責任をとるが良い、我が息子よ」
ようやく、悪役令嬢らしい表情ができたかしら、と。ルナリアは心の中で思った。
駄目よ、まだまだ序の口なのだから。そう、心の中で付け加えて笑みを更に深めた。
おとぎ話の続きを紡ごうというのならば、理解しなければならない。
何もせず、国の長になるなど浅はかすぎる。
「やめ、てよ…」
掠れたマナの声は、ルナリアには届かない。届いても、聞いてなんかやらない。
ここでようやく理解を始めた。
敵に回してはならない女を、本当に敵に回してしまったのだと。




