閑話③ とある職人の不幸な出来事
「母上、少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「私は忙しいのです、下がりなさい」
冷ややかに一蹴されてしまい、デイルは母の執務室から半ば無理矢理に追い出されてしまった。
これまでは忙しいながらも自身との時間を作ってくれた、優しい母。
その母の声も、眼差しも、表情も。何もかもが冷たく、これではまるで自分が何かやらかしてしまったようだと、デイルは思うが心当たりがなさすぎた。彼自身にとっては。
王妃にマナを慰めていた所を見られていたとは気付かないまま、あれから一ヶ月が経過していた。
その間、ルナリアの悪い評判は一切無い。
マナに関わろうともしていないし、校舎内で姿を見かける方が稀だ。
偶然会うことがあっても、ルナリアは一切の興味をマナにも、デイルにも示さない。
ただ、そこに居るというだけ。
これまでならば、デイルの姿を見つけると足早に駆け寄り、聞いてもいないスケジュールを披露したり、己の功績を興奮気味ながらも伝えてくれていたのに、それらが一切、無くなった。
まさか、自分がルナリアに対しての態度を変えたことに気付かれたのかとも思うが、やらかしてしまったのは復学の日のあの一件だけ。
それ以外は彼女に接触すらしていないのだから、やらかしようがない。
あと二ヶ月もすれば卒業を迎え、ルナリアを正妃とするための儀式に入るが、嫌でたまらない。せめて、愛妾ではなく何とかマナを側妃にしようと母に頼みたいが、そもそも母に取り付くしまもない。
「どうしたら良いんだ…」
こうなったら、恥を捨ててでもルナリアに頼み込むしかないのか、とまで考え、手紙を書いたのだが。
彼女からの返答はただ、一言。
『王太子殿下のお好きなように』
力になるとも書かれていない、ただそれだけの簡単な文。
これまでなら、もっと違う返事が貰えていたはずなのに、どうしてこうなったのかと考えても答えなど出てくるはずもない。
卒業パーティー用の礼服の採寸をしてもらっている最中も、デイルはずっと考え込んでいたのだが、職人がふと思いついたように口を開いた。
「王太子殿下、パートナー様用のドレスはどうなさいますか?」
「パートナー…?」
「はい。学園の伝統ですよ、卒業パーティーにはパートナーを伴い出席すること。そして、パートナーのドレスは相手が贈ることも」
「そうか…。では、後ほど採寸を頼みたい女性の家名を記したものをそなたに渡そう。すぐ向かい最高の物を製作してくれ」
「かしこまりました」
職人は思っていた。
『あぁ、きっと向かう先はソルフェージュ公爵宅だろう』と。
だが、渡された紙に書かれていた家名を見て思わずぎょっと目を丸くした。
「これ、は…」
書かれていたのはプリメラ家。
ソルフェージュの文字などどこにも無い。
「これ…大丈夫なんですか…?」
助手も顔を顰めて問うが、王太子からの頼まれ事を断るなど出来るわけもない。
「書かれた通りの仕事をするしかないだろう…!でなければ、我らの首が飛ぶんだぞ!だが……」
とんでもない事になる、と。
青ざめた顔のまま、職人と助手はプリメラ家へと向かう。
採寸をしている間、マナは大層機嫌が良かったのだが、職人たちは気が気ではない。
王太子の望むままに仕事をしたが、これほど気が重く、気の乗らない仕事は今までかつて無かった。
「ありがとー!早く仕上げてねー!」
こちらの気も知らず、マナはひらひらと手を振る。
純白の、まるでウェディングドレスのようなドレスを希望された時はさすがに反対した。
卒業パーティーとはいえ、王立学園。
色々なしきたりもある中、いくらオーダーメイドとはいえ何でもかんでも好き勝手作ることなど出来ない。
何とか宥めすかし、規則に則った中でも派手なデザイン。
「あのご令嬢って、確か聖女様とかいうご身分、でしたっけ?」
「あぁそうだ…。王太子殿下の寵愛を一身に受けている令嬢だが、評判は驚くほど悪い」
採寸の最中の発言や、帰り際の態度を見ていても納得出来た。
「ソルフェージュ女公爵様のドレスは…どうなさるのでしょうか…」
「分からん…。もしかしたら、他の方が用意するかもしれんが…我らはどうなっても良いように、仕事はするんだ。良いな?」
「はい。かしこまりました!」
「それと、この件は決して人に話してはならんぞ、良いな?」
「勿論です」
なお、この服飾職人達が言わなくとも、王太子が婚約者にドレスを贈らなかったという話はいつの間にか広まっていたのは言うまでもない。
ルナリア本人が学園で卒業パーティーの話題になった際に、『まぁ、わたくしもドレスの準備をしなくてはいけないわね』と、あっけらかんと話した事が起因である。
それを聞いた特進クラスの仲良しグループの令嬢が己の父母に相談し、その父母がまた知り合いにこっそり話した事により、とんでもない拡散力を持ち広まっていったのだが、噂を聞いたルナリアは『本当のことだから仕方ないわよね』と、ケロリとしていた。
バレるの分かってそうなもんだけど、どうして婚約者に送らなかったんだ馬鹿王太子。




