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「心を穿つ」

 田中武士は覚えていた。

 今回の戦闘に入る前に作戦を立てていた時、直也が言った言葉。


「田中。おそらく神楽は、九色刃の力を使用不能にする結界を敷いているはずだ」

「それって、前に葵ちゃんが捕まっていた時に……」

「ああ。吉祥寺の古い神社の地下空洞。あの上で翠さんは碧双刃を使えなくなっていた。相手が対刃朗衆を想定している以上、同じものがあると考えた方がいい」

「あの時は、僕が結界を壊せたみたいだけど……同じ事ができるかな?」

「いや。結界が『ある』と分かれば、物理的に壊せばいいだけだ。あの時は隠された場所に結界や札を貼られていたから、見つけることができなかった。今回も同じだろう。だから、俺と紅華が敵陣に突っ込んでいる間に、君たちは隠された場所に結界がないか探してくれ。そして見つけ次第破壊するんだ。もし俺たちが視認できる場所に結界らしきものがあったなら、こっちで戦いながら破壊してしまうけどね」


 見えない手に心臓が握り潰されそうな結界の封縛に耐えながら、武士は思い出す。

 この堤体の上で直也たちが戦っている最中、武士たちは翠の操る蔦に捕まりながら、堤体の下方を調べた。

 結果、結界らしき痕跡は見つけられず、そうこうしている間に直也と紅華が同士討ちを装い戦いながら、堤体の表面に描かれていた陣を破壊できた。

 それで九色刃の力を封じる結界は無くなったと判断し、武士達はダムの堤体の上に飛び出してきたのだ。


(まさか結界が二重に……! しかも、ここを囲む山のすべてが結界だったなんて……!)


 この場所に接近する過程で、もう少し周囲の森を警戒していれば、あるいは結界の要を見つけることができたかもしれない。

二重の結界を見破れなかったのは、


(僕の責任だ……!)


 もちろん、直也は武士一人に頼んだわけではない。

 むしろ、武士の命蒼刃による力に頼らず済むように、武士のチーム、主にハジメと翠、葵の三人にそれを依頼したつもりだった。

 だが、武士は自らの力不足が原因で、皆がこの苦境に陥っていると思い込んだ。


 武士たちを囲む零小隊の兵士達。

 そのうちの一人、首の骨を折られ不自然な姿勢のままの兵士が構える銃口が、手足を地面について苦しんでいる、黒髪少女の頭部に狙いをつけた。

 このままでは数秒後に、武士を信じて支えてくれた少女の頭は柘榴のように砕けて散るだろう。


(僕のせいで……みんなが死ぬ!)


 蒼い光が、武士の脳裏に閃く。


 ――あなたも、大好きなものを守って


「うわああああっっ!!」


 ***


「……出たわね」


 監視塔の上で、氷のように冷たい微笑を浮かべた魔女が呟く。

 だが、その呟きには暗く燃える憎しみが滲んでいる。


「今度は見逃がさないわ……いつまでもアンタに、邪魔はさせない」


 魔女は蒼い光の柱を屹立させた少年の姿を睨みつけた後、その光景に目を奪われている義手の傭兵に視線を移した。


  ***


「なっ……!」


 武士の体から蒼い光が立ち上がる。


「これは、こんなっ……!」


 驚愕に目を瞠る神楽。

 光の中心で、武士が立ち上がり叫ぶ。


「葵ちゃん、ブーストッ!!」

「わかった!!」


 武士に寄り添うように、祈りを捧げるかのようにひざまずき、手を組んで目を瞑り、葵は意識を集中させる。

 二人を中心に輝きを増した光柱を中心に、霊波の風が渦を巻き、吹き荒ぶ。


「バカな……ボクの結界が……!」


 神威結界がその力を失っていく。

 人が築き上げた楼閣が、神の猛威でたやすく砕かれるように。

 スペックになかった命蒼刃の力を前に、少年のプライドの結晶は砂のように崩れていく。


「……いつまでも勝手な真似を!」


 深井が、霊波の風の中心に立つ武士と葵を狙って銃口を向ける。


 ガンギィン!!


 銃声が響くとほぼ同時に、鋼が銃弾を弾く音が響き渡った。


「ち……九龍の坊や!」


 魂の封縛から解き放たれた直也が刀を構え、命蒼刃の二人の守るように立ち塞がっている。


「御堂ッ! 翠さんッ!!」


 直也が吠える。


「……わかってるっ!」

「承知ぃっ!」


 ガォンガォン!


 ダブル・イーグルが吠える。

 ハジメの二丁拳銃から暴風のように放たれる、五十口径のマグナム弾。


「チィッ!」


 飛び跳ねて破壊の暴風から身を避けた深井は、蒼い光の風により術を解かれ、呆然と立ち尽くしている兵士の一人から、背負っていた防弾盾を奪い身を守る。


「させないよん!」


 翠の操る無数の蔦が、触手のようにうねり伸びる。

 零小隊の兵士たちを次々と拘束していく。

 そしてその無数の蔦は、防弾盾を構える深井にも襲いかかる。


「デタラメ人間どもがっ!!」


 深井は銃を収めて右腕でナイフを抜き放ち、盾に絡みついてくる蔦を斬り捌く。


「同感っ! コイツら反則だよなっ!!」


 ガンガンガン!!


 ハジメの容赦ない連射を、深井は盾で受け止める。


「うっさいハジメ、凡人は黙ってサポートしててよねっ!」


 その隙に、翠の蔦がナイフを持つ深井の右腕を絡めとる。

 そのまま、蔦は全身に巻きつき深井を拘束した。


「ぐっ……!」


 上半身を蔦で巻き取られ、身動きを封じられる深井。


「……すごい」


 灯太を背に守るように朱焔杖を構えていた紅華が、ボソリと呟く。


「これが命蒼刃の力……」


 驚いていたのは灯太も同様だった。

 広域に張られていた、周囲一帯の人間すべてを封縛し、九色刃の力を無力化する神楽の『神威結界』。それを、命蒼刃は一瞬で消し去ってみせたのだ。

 幾度となく神楽の封印を破ってきた灯太をもってしても、最後の山全体を利用した神威結界を相手に、今度こそ為す術がないかと思われた。

 だがそれを命蒼刃の蒼い光は、紙切れが如く一瞬で、鎧袖一触吹き飛ばした。


「信じられない……支配下に置いた零小隊を除いて、すべての人間の魂を封じ込めるあいつの結界が……」


 そこでふと、灯太は違和感を覚える。


(すべての人間……?)


 術者である神楽はともかく、零小隊以外にも神威結界の影響を受けていない人間がいた。これまでの会話から、神楽がその人物をわざわざ結界の対象外に置くとも思えない。

 そういえば、その人物は魔女から貰った力を持っていなかったか。


「終わりです、深井隆人。このまま大人しくしていれば、命までは奪いません」


 直也が、碧双刃の力で操られた蔦により拘束された深井に近づき刀を突きつける。


「命を奪わないだと……? 九龍直也、テメエはこの期に及んでまだ俺を愚弄しやがるか……」

「ダメだ九龍、その男から離れろ!!」


 灯太が叫ぶが、すでに遅い。


「にゃっ!?」


 手にしていた碧双刃から酷く不快な感覚が逆流し、悲鳴を上げる翠。

 深井を拘束していた蔦が一瞬で腐り落ち、自由になったナイフを持つ深井の右腕が、魔女から授かった義手の右腕が閃く。


「しまっ……!」


 ギィン!!


 油断していた直也の手から、弾かれた備前長船が宙を舞う。


「シッ!!」


 鋭い呼吸ともに繰り出される、ナイフによる刺突。


「ぐぁっ!」


 体ごとぶつかってきた深井のナイフが、直也の脇腹に深く突き刺さった。


「九龍っ!!」


 ハジメの銃が狙うが、深井は直也の体を盾に射線を塞ぐ。


「ち……!」

「姉貴!」

「ダメだ灯太、朱焔杖でも狙えない……!」


 灯太に促されるが、紅華の位置からも直也と密着した状態で対峙している深井を狙い撃つことは不可能だった。


「ぐ……あ……」


 苦しげな喘ぎ声とともに、ビシャッと吐血する直也。

 咄嗟に身を捻り、辛うじて急所は避けているものの、内臓に深刻なダメージを負っていることは明らかだった。

 鍛え上げられた肉体を持っている直也であっても、とてもではないが身動きできる状態ではない。


「小僧ども、どいつもこいつも、大人を舐めすぎだ」


 憎悪の念とともに、先の神楽と似た台詞を口にする深井。


「九龍先輩っ……!!」


 重傷を負った直也を目にした武士が、叫んだ。

 蒼い霊波の風が、再びさざめき始める。


「……田、中……?」


 体を貫かれたナイフで深井に抱えられた直也が、命蒼刃の力を感じて喘いだ。


「そういえば……他人も回復できるんだったな」


 深井が直也の体を盾にしたまま、走り出す。


「待てっ……テメエ!!」


 武士と葵に向かって、深井が突進している。

 深井の狙いを察したハジメは、一瞬の躊躇の後、デザート・イーグルの引き金を引き金を引いた。


 ガォン! ガォン!


 直也の手足に当たる程度は仕方がない、と深井に発砲するが、それでも味方を盾にされ、ハジメの狙いは精細を欠いた。


「チッ!」


 弾丸は深井の体を掠めるが、その突進を止めることができない。


「……仕方がない」


 朱焔杖を構え、武士達の前に出ようとする紅華。

 だが。


「いいのかい。『お姉ちゃん』!?」

「!?」


 ガンガン!


 ナイフを突き刺した直也の体を支えたまま、深井は左手で器用に銃を抜き、発砲する。

 狙ったのは、紅華ではなく。


「姉貴っ!?」

「下がって灯太っ!」


 灯太を守る為に、紅華は炎盾を発生させて銃撃を受け止めざるを得ない。


「檜の棒ッ!!」


 翠が放り投げた木片から、砲弾のような速度で木棒が深井に向かって伸びる。

 しかし、深井はナイフを手放して直也の体を投げ捨てると、右腕で最強の檜の棒を横なぎに払う。

 義手の腕に触れた瞬間、それは一瞬で木屑のように散り砕けた。


 深井の突進は止まらない。


「管理者の姉ちゃんが死ねば、不死身じゃなくなるんだろう? 『偽りの英雄』?」

「葵ちゃんを狙って!?」


 ナイフを構える深井。

 その兇刃の狙いは、ブースト状態で無防備となっている命蒼刃の管理者、葵。


「させない!」


 武士は霊波の風を命蒼刃に集約させ、葵の前に立ち塞がる。

 そして迫る深井に向かって、光の刃を形成し振り下ろす!!


「霊波天――」

「甘ぇよ」


 しかし、その動きは百戦錬磨の傭兵に予測され、義手の一振りで難なく霊波天刃は砕け散った。


 そしてそのまま魔女の右腕の掌が、葵ではなく、武士の右胸に狙って向けられる。


「……え?」

「悪いな坊主。ガキを殺るのは趣味じゃねえんだが」


『撃ちなさい』


 冷たい声が、深井の魂に響く。


 バシュン!!


「……えっ?」


 唐突に魂の力が行き場を失い、ブーストの手応えが消失してしまった葵が、瞼を開ける。

 目の前には、漆黒の杭に心臓を撃ち抜かれた武士が倒れていく姿が、スローモーションのように映っていた。


「な……に……?」


 倒れていく武士の向こうには、杭を打ち出した炸薬の煙とともに、闇に通じるかの如き穴を掌に開けた、魔女の義手を構える傭兵の姿。


「さようなら、だ」


 武士がコンクリートの地面に倒れ込む寸前に、深井はその体を蹴り飛ばす。


「――武士ぃっ!!」


 葵の悲鳴が空気を劈く。

 闇の杭打機で心臓を撃ち抜かれた武士が、ダムの堤体から落ちる。


 少年の体は大きな水音と共に、暗く深いダムの奥底へと沈んでいった。


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