「神威結界」
「……よし、灯太を確保できた。ここまでは、作戦通り」
後部座席を改造し、御堂組が持つ最新鋭の通信機器とパソコンを積んだ、移動するコンピュータールームとも呼べるバンの車内で、御堂継は呟いた。
バンが止められているのは、山の中腹にあるダムの管理棟からは五キロ以上離れた麓近く。とはいえ森は深く、人里は遠い。
舗装された道路からは外れた山中にまで踏み込んで駐車してあるため、道路からも視認できる場所ではない。
その車内で、継はインカムを通じ仲間と連絡を取り、モニターに表示されている地図と仲間と敵の推定位置を示す光点を見ながら、指示を出していた。
それにしても、灯太が神道使いの少年による封印をここまで破って、紅華に念話と朱焔杖の力を送ってこれた事は嬉しい誤算だった。
敵の意図や部隊配置は途中からほぼこちらに筒抜けとなった為、武士たちの陽動作戦を極めて効果的に行うことができた。
それで、直也・紅華コンビは無傷で灯太のいるダムの堤体にまで最速で辿り着くことができたのだ。
「後は、神道使いの捕縛と、深井隆人の制圧だけ。……けど」
(こんなに簡単に進んでいいのか?)
継の頬に、冷たい汗が流れる。
怖いくらいに順調に、作戦が進む。
敵はあの北狼部隊。そしてその向こうには、恐ろしい程の政略と知略でこの国の覇権を奪い取った、元国防軍司令にして現日本国内閣総理大臣・鬼島大紀がいる。
敵の指揮を執っているのが、経験の浅い子どもだったことをおいても、あの鬼島がここまで穴だらけの作戦を許すはずがない。
鬼島はメディアを操って御堂組の組織力を封じ、日本に潜入した麒麟の工作員を手玉に取り、三つの九色刃と管理者・使い手を一網打尽にできる機会を作った。
その最後の仕上げが、あんな子どもに任せた杜撰な作戦である筈がない。
(僕が読めていない、敵の真の意図が、あるはず……)
それはなんだ? と継が思考を深めていたその時。
『坊ちゃん、継坊ちゃん!! 逃げるっす!!』
インカムに、バンの外で周囲の見張りをしていた白坂の声が飛び込んできた。
(しまった……!!)
継は脇に置いていた短銃を手に取ると車椅子を少し下げ、身を屈めながらスモークが張られた窓の外を確認する。
そこには完全武装の一人の兵士が、銃を構える白坂の前に立っていた。
ヘルメットを目深に被りその顔はよく見えないが、胸が大きいやたらとグラマラスなシルエットから、明らかに女性兵士であることが分かる。
(女……?……いや、そんなことは関係ない。北狼部隊か? この周辺に展開している筈が……?)
「止まれ! 止まらなければ、撃つ……っす!」
無造作に歩みを進めてくる女兵士に、白坂は警告する。
御堂組の構成員の中で、白坂剛志は戦闘力は低い部類に属する。
しかし、それでも武闘派である御堂組で一通りの戦闘訓練は受け、荒事の経験も経てきている。
だからこそ、白坂には分かっていた。
この女兵士には、自分は絶対に勝てない。
女兵士が手にしている自動小銃の銃口がこちらを向く前から、確信に近い思いで白坂は彼我の力量の差を認識していた。
「……どうして、ここが分かった……っすか?」
であれば、なんとしてでも継だけは逃がさなくてはならない。
下半身が不自由な継でも運転できるよう、バンは改造してある。
なんとか時間を稼いで、脱出のチャンスを作らなくてはならなかった。
「……対策はしているようだったけどね。北狼の電子戦装備を甘く見過ぎだよ。お前達の使用している通信電波の特定は、難しいことじゃない」
女兵士は、白坂の問いに答える。
(答えた……? 神楽によって精神活動を抑えられている、零小隊の兵士が?)
インカムを通じて外の声を拾った継が、不審に思う。
そして、一瞬の思考の後に、継はある結論に達した。
「……白坂さん。銃を降ろして、下さい」
「!! 継坊ちゃん、出てきたらダメっす!!」
バンの扉を開いた継の前に、白坂は慌てて女兵士から盾になるように移動した。
「無駄ですよ。北狼の兵士を前にして、僕たち二人で逃げ切れるはずがない」
自動でスロープを降ろして、継は車椅子を操作し車外に出てくる。
「御堂継、か」
女兵士は手にした自動小銃を向けることもせずに、継に向かって淡々と話かける。
「そうだ。お前は北狼の、零小隊の兵士か?」
「ああ」
「けど、零小隊は神道使いに、精神活動を抑えられているはず。そうは、見えないけど」
「……零小隊の囲みはお前達に突破されて、隊長サマはそれどころじゃなくなったのでね。術の効果が弱まって、私の動きを悟られることもなくなった。やるじゃないか、刃朗衆。それに御堂組」
女兵士はニヤリと笑うと、言葉を続ける。
「色々と確認したいことがあったのでね。通信電波を辿ってここまできた。御堂継、君に会えるとは思わなかったよ。……それに」
「近づくな……っす!!」
バァン!
話しながら継に歩み寄ってきた女兵士に向かって、白坂は危険を感じて発砲した。
「白坂さん!?」
だが、ほぼ瞬間移動とも呼べるスピードで白坂との距離を詰めると、女兵士は白坂の銃を持つ腕を跳ね上げ、そのまま関節を極めて彼を組み伏せた。
「いだだだだっ!!」
「白坂剛志……どうしてお前まで此処にいる?」
「痛だ痛だ……? は? ど、どういう意味っすか?」
唐突な女兵士の質問の意味が分からず、白坂は苦痛に顔を歪めながら問い返す。
顔色を変えたのは、継だった。
「どういうこと? 時沢さんならともかく、白坂さんなんて、裏社会でも無名もいいとこ。ただの構成員Aなのに、どうしてフルネームまで、知ってる?」
「うう……その通りだけどヒドいっす……」
あんまりと言えばあんまりな継の物言いに、白坂は地面に顔を押さえつけられながら静かに傷つく。
女兵士は、薄く笑う。
「無名? 当たり前だ。御堂征次郎がもっとも隠したい血脈だ。有名になる筈もない」
「何?」
女兵士の言葉を聞いて、継の頭脳が高速で回転する。
思考している継の様子を、女兵士はどこか楽しそうにも見える表情で眺めていた。
「……白坂さんに、この作戦に同行するように命令したのは、その御堂征次郎だ」
「……やはりね。ありがとう、これでパズルのピースが揃った」
そう言うと女兵士は、白坂の腕を離して立ち上がった。
「! このっ…」
「やめて、白坂さんっ!」
女兵士に喰ってかかろうとした白坂を、継が止めた。
「剛志、少し太り過ぎだ。まったくお前はガキの頃から……」
「はっ!?」
女兵士に顔を近づけられ、腹を摘ままれた白坂は、唐突に親しげな声を掛けられて目を白黒させる。
そして、その女兵士の顔をまじまじと見て、
「……もしかして、紅葉さんっすか!?」
白坂が女兵士の名を呼んだ瞬間。
「ハジメ!? どうした、ハジメ!?」
インカムを押さえて、継が叫ぶ。
それが引き金だったように、女兵士は唐突に動くと、継の手からインカムを奪い取った。
「何をす……」
「御堂継! 剛志! 管理棟へ来るんだ!!」
そう言い残し、女兵士は弾かれるようにダムに向かって駆け出していった。
***
「翠……お姉ちゃん……?」
「よかったぁぁ! マジで心配してたんだからねん、忘れられてたらどうしようって!!」
小柄な灯太の体を抱え、堤体の端の手すりに立った翠が歓喜の声を上げる。
「チッ…」
深井がその二人に銃を向けるより早く。
ガォン! ガォン!
二丁のデザートイーグルが火を噴く。
深井は横っ飛びで銃撃を躱し、素早く銃を構え直す。
互いの銃口が正確に相手を捕え膠着状態となり、二人のガンマンは動きを止めた。
「御堂組のダブル・イーグルか」
「伝説の傭兵が俺を知ってるとは、光栄だね」
ハジメは額に冷や汗をかきながらも、不敵に笑う。
シュルルルッと蔦がうねる。
堤体の下から、引き上げられるようにもう二人の影が飛び出してきた。
「灯太っ!」
「みんな、無事っ!?」
葵と武士が、翠と灯太の元に駆けつける。
「葵お姉ちゃん……」
「灯太、灯太、本当に灯太なんだね! ごめん、ごめんね、あの時、守れなくってごめん……!」
葵は翠ごと灯太に抱きついて、瞳に涙を浮かべる。
「……なんなんだ貴様達、灯太から離れろっ!」
「ちょ、姉貴」
紅華が今にも朱焔杖から炎を吐き出さんばかり勢いで駆け寄ると、二人の間から少年の体を奪い取った。
「な……、き、貴様ら……!!」
「動かない方がいい」
ワナワナと怒りに震える神楽の首筋に、直也の剣先が突きつけられる。
「九龍直也……お前達こそが、囮だったっていうのか……?」
「その通りだ神楽。最初に田中たちが囮になって、その隙に俺たちがここを襲う。お前が零小隊へ意識を向けられなくなったら、今度は碧双刃の力で彼らがダム堤体の下から接近し、灯太を取り返す。ここまでうまくいくとは、正直思っていなかったよ」
「この野郎……」
まんまと直也たちの作戦に嵌り、ギリッと神楽は勾玉の鎖を握りしめて悔しがる。
「おい、感動の再会は後にして……」
直也が神楽の動きを制しながら声を掛けたが、
「何すんの? 灯太を返して!」
「灯タンは私の弟だ! 刃朗衆は黙っていろ!」
「やめろバカ!」
「灯タン!? 今、灯タンって言った!?」
「灯太ごめんね! もう大丈夫だからね、今度こそお姉ちゃん達が守るから!」
「だから灯太に触るな!」
しかしその声は、一人の弟を囲む三人の「姉」達に届かない。
「ちょっと、あの、みんな……」
蚊帳の外気味に、オロオロするしかない武士。
「なあ、伝説の傭兵さんよ」
「なんだダブル・イーグル」
「俺たち……バカみたいじゃねーか?」
「そう思うんなら、お前がなんとかしろ」
銃口を向け合い、互いの挙動に神経を集中させながら硬直しているハジメと深井が、不毛な会話を交わす。
「……なんだ、これは」
灯太を囲んで、三人の女性がぎゃあぎゃあと叫んでいる。
直也に刀を突きつけられながら、神楽は呆然とその様を見ていた。
刃朗衆、御堂組、麒麟、そして九龍直也。
神楽はそのすべてを手玉に取り、鬼島司令の命を受けて、その使命を全うするはずだった。
九色刃を奪い取り、司令こそを英雄とする。
それができる力を自分は持っている。だからこそ司令は、自分にすべてを託してくれた。
予言に囚われた人形のような者たち。
血も繋がらないくせに、姉だ弟だと喚くバカども。
血が繋がっているくせに、司令の意志を無視する愚かな息子。
優れた自分が、全部斃す。
そうならなければならないのだ。
「いいかげんにしてよ、姉ちゃん達!! こんな事してる場合じゃないでしょう!?」
灯太。
出雲で生まれた、自分の兄弟。
予言に従い、刃朗衆に連れて行かれたのがもしも灯太でなく自分だったら。
あそこで「姉」に囲まれているのは自分だったのだろうか。
「ふざけんな……」
ふざけるな。
神楽が憎んだのは、灯太ではなく。
誰のことでもなく。
そんな事を考えてしまった、自分自身。
「……神威結界」
ゴウッ……
風がダムの上空を薙いだ。
カラン……と、直也が刀を取りこぼす。
「があっ……!!」
「く……っ!」
「な……く、こ、これは……!」
神楽を除いたその場の全員が、突如名状しがたい激痛に襲われ、膝をつく。
灯太と紅華、直也、そして過去には葵も、何度となく受けた神道の秘術による、魂の封縛。
「こいつは……」
否、全員ではなかった。
九色刃の超常の力を弾いてきた義手の右腕をもつ深井隆人だけは、その封縛を逃れている。
「く……バカな、結界の陣は……破壊した……はず……」
直也が苦しみながら、信じられないといった顔で神楽を見上げる。
「はははっ……あははははははは!!」
狂気の笑い声を上げる灯太の足元で、朱焔杖の熱線により破壊された陣が修復されていく。
「こ、これは……!」
魂の力を操る術に長ける灯太の瞳には、ダムを囲む広大な森と山の峰、その至る所で火柱のように上がる青白い光を確認できた。
神楽は嗤う。
「……おい九龍直也、お前は不思議に思わなかったのか? 命蒼刃の時にも、昨日の洞窟でもボクは、結界を張るのに大量の呪符を使っていた。今この場に札があるかい? ないだろう? なのにどうしてボクは魂の封縛をできていた? この場に描かれた陣なんて、結界の為のほんの一部に過ぎないのさ!! 本当の結界の要は、このダムを囲む山のすべてさ! このダム一帯のすべてが、ボクの作った神威結界そのものなんだよ!!」
勾玉の鎖と、拾い上げた神剣を天に掲げて、神楽は叫ぶ。
「……や、やめろ……神楽……」
魂が砕かれそうになる激痛に耐えながら、灯太が言葉を絞り出す。
「これだけの……力……お前一人で、支えられる……わけが……お前の魂も……砕け、る……」
「知ったことかっ!!」
神楽は血を吐くように叫ぶと、ジャラン!!と勾玉の鎖を振るい、神剣を地面に突き立てる。
「鬼島司令が、ボクに預けて下さった力……零小隊を、舐めるな!!」
「……なにっ!?」
深井が驚いて視線を向けた先には、いつの間にか堤体の端から駆けてきている、兵士の集団。
「……あい、つら……俺たちが、倒した……」
ハジメの言葉を、神楽は嗤う。
「バカな奴らだ。ちゃんと殺しておかないからこうなる!!」
一度はハジメや翠、葵に斃された零小隊の兵士達。
ある者は銃痕から血を流し、
ある者は首の骨を折ったまま、
ある者はあり得ない方向に曲がった腕に銃を持ち、
山全体を使った巨大な結界による神楽の術により、狂気の霊力で支配された北狼の兵士たちが、苦しみもがき、倒れ伏した武士達を包囲した。
孤独な少年は、嗤いながら吠える。
「覚悟しろ! お前達全員、殺してくれと泣き喚くまで、バラバラのグチャグチャにすり潰してやる……!」




