表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/120

「それぞれの思惑」

「なんの騒ぎだっ! これは!」


 ホテル内に響く火災警報の音に、灰島がパーティ会場の控室でみっともなく叫ぶ。

 これからホテルの別室へと紅華を連れ込み、反主流派会合の前にささやかなお楽しみ時間を過ごそうと思っていたというのに。

 灰島は、父親である自分をして、息子の義和もああいう下卑た性根の男になってしまったことを自覚していない。

その自らの薄汚れた欲望が満たされなくなりそうな事に苛立ちを覚えていた。


 しかし、腐っても第一線の政治家である灰島は、この火事騒ぎがただの偶然であるはずがないことにもすぐに思いが及び、思考を私欲から政略へと戻す。


「九色刃の女はどうした!?」

「小久保が迎えに行っております」


 灰島の問いかけに、同行している秘書が同僚の名を告げて答える。


(まさかとは思うが……『北狼』が九色刃を奪いにきたのか?)


 であれば、それはそれで再びの軍部隊出動の証拠を掴めば、鬼島首相へのカードとなりうる。

 しかし、灰島は現時点での『北狼』襲撃を予見しておらず、手勢の戦力配備には不安があった。

 マスコミも多数集まるこのパーティに、堂々と攻め込んでくる筈はないと高をくくっていたのだ。

 呉近強は既にホテルを後にしている。

 九色刃・朱焔杖とその使い手を連れて、とにかくこのホテルを脱出し、安全を確保することが先決だった。


(『北狼』ではないにしても、これは鬼島の手によるものに違いない)


 これはチャンスなのだ。

 九色刃が相当な鬼島の弱みである証拠なのだ。

 なんとかこの窮地を朱焔杖と紅華とともに脱出し、この騒動が鬼島による指示であることが発覚すれば、これまでの積み重ねもあり、鬼島下ろしの材料は十分に揃う。


(やってやる。鬼島め。私を蔑ろにしたことを後悔させてやる)


 実は灰島は、政治思想的には鬼島に近い考えを持っていた。

 外国の脅威に対して、媚びへつらうばかりでは搾取されるだけだ。

 軍備を強化し、物理的な力を持つことによってこそ、国際的な発言力は強くなる。ひいてはそれが、相手国を牽制できるだけの軍事力を持つことが、戦争のないバランスのとれた国際平和に繋がるのだ。

 鬼島の考え方に灰島は大いに共感し、彼は民自党の党首選で鬼島に一票を投じたのだ。

 それだけではなく、自身の派閥の内外に強く働きかけ、多くの議員票を集めることに貢献したと自負していた。

 鬼島が与党党首となり、内閣総理大臣の座を得た後。灰島は当然、自分が閣僚入りできると思っていた。

 それだけの功が、与党民自党の党首選で鬼島を支援した自分にはあると考えていたのだ。

 だが、灰島は選ばれなかった。

 大臣の席はおろか、党内の主要ポストの端にも、彼の席は無かったのだ。

 内閣改造と党内ポストの再編結果が発表された夜。灰島は鬼島の執務室へと殴り込みをかけ、「なぜ、政権発足にこれほどまでに尽力した自分の席がないのか」と直談判を行った。

 しかし、鬼島の言葉は冷淡で簡潔だった。


「論考勲章だけで大臣を選ぶほどの余裕はない。有能な人材だけを登用する」


 それは、お前は無能だと言い渡しているのと同じ意味だった。

 灰島は屈辱にまみれ、臍を噛んだ。

 そして、鬼島への反発心と復讐の為だけに、灰島は民自党内で反主流派へと身を転じたのだった。

 そこに、CACCからの接触があった。

 工作員を通じてもたらされたデータは、バカげた娯楽小説のようなものだった。

 過去の大戦中に旧日本・ドイツ軍が共同開発した、神道と魔術・錬金術を用いて作られた軍用オカルト兵器、『九色刃』。

 そんなものが存在し、鬼島がそれを手に入れようと軍を動かしているというのだ。

 あまりに荒唐無稽で、自分はCACCにバカにされているのではないかと腹も立てた。

 しかし灰島はデータの中に、未来を予知・予言する力を持つ『白霊刃』なる九色刃が存在し、その予言をもとに、民自党の影のフィクサーとも言われている御堂組の当主は動いていたという内容を見つける。

 御堂組当主、御堂征二郎は鬼島に代わる前の民自党に多大な影響力を持っていた老人だ。

 彼の言葉に従って、政界で大きな影響力を持つようになった政治家や官僚は数知れない。

 その情報収集能力は驚異的で、進言の内容は適確だった。

 実際に、彼のアドバイスにより何度も、この国の舵取りは危機を乗り越えてきたのだ。

 未来に起きる出来事をあの老人は知っているのだ、と彼を知る者たちは冗談のように言っていた。

 実際に、『白霊刃』とやらの力で未来に起こる出来事を本当に知っていたのだとしたら?

 灰島は、CACCからもたらされたデータに胸を奮わせる。

 自分が白霊刃を手に入れれば、閣僚どころの話ではない。

 御堂征二郎のように影から、いや表からでも、日本を支配することが可能だ。

 そして、データを持ってきた工作員は、灰島にこう告げた。

 CACCは、過去に日本から奪った九色刃のひとつ、『朱焔杖』を引き渡すと。

 そして、それをカードに鬼島首相を引きずり落とせ、と。

 残念なことに、渡される九色刃は『白霊刃』ではなかった。

 しかし、もし『朱焔杖』が本当に超常能力を持った兵器であるならば、それは『白霊刃』も実在し、それを手に入れるヒントもまた手に入れることになる。

 なによりも、自分を貶めた鬼島に対して、強烈なカウンターパンチを浴びせることもできるのだ。

 灰島は、CACCの提案を受け入れるにあたり、CACCの連合評議会議員本人による直接の引き渡しを条件とした。

 面子を重んじる大陸の体質を考えれば、この条件を受け入れるのであれば、もたらされた九色刃の情報は真実味を増すだろう。

 そして、その条件は飲まれ、実際にこの情勢下で呉近強という評議会の中では若手ながら、序列高位の実力者が来日し、引き渡しは実現したのだ。


(ここまできて……潰されてたまるか)


 灰島は、国のことなど欠片も考えていない自分に気づくことはなかった。


「灰島先生、こちらですか!」


 灰島とSP達のいる控え室に、帽子に制服のホテルマンが飛び込んできた。


「先生、申し訳ございません。当ホテルで火災が発生しております。招待客の皆様とは別の避難経路で、お車まで私が誘導させて頂きます!」

「どの経路だ?」


 ホテルマンの言葉に、SPの一人がホテルの見取り図を広げ差し出す。


「はい、こちらの西階段より……」


 見取り図を指さしホテルマンは避難経路の説明を始めようとするが、


「待て。それより会場にまだ杖の女が残っていただろう。呼んで来い」


 灰島がそれを中断させる。

 このタイミングでの火災が偶然であるはずがなく、間違いなく朱焔杖を狙う者が起こしている。

 九色刃は、契約している管理者と使い手でなければ使用できない。

 管理者は必ずしも近くにいる必要がないとのことで、別の安全な場所での引き渡しが予定されていた。

 朱焔杖と使い手である紅華を確保し、脱出しなければ意味がない。


「それが……お連れの女性は先に、一般のお客様と同じ通路で避難をされました」

「なんだと!」


 灰島は色めき立つが、慌ててホテルマンは言葉を続ける。


「ああ、お連れの女性と一緒にいらっしゃった、先生の秘書の方でしょうか? その方と、SPの方お二人と、三人の男性がご一緒です。駐車場で合流しますと、男性からご伝言を承っております」


 ホテルマンの言葉を聞いて、灰島の隣で秘書が携帯電話を取り出す。


「……ダメです。繋がりません」

「おそらく、宿泊客が一斉に携帯電話を使っていらっしゃるのでしょう。こちらでSPに連絡を取ります」


 同室にいるSPは三人。そのうちの一人が、インカムで紅華についていた仲間に連絡を取ろうとする。

 しかし。


「応答ありません」

「ふざけるな! どういうことだ!」


 灰島は声を荒げる。

 まずい。これでは、九色刃を狙う敵の思う壺ではないか。


「おい、お前! その一般客の避難を中止させろ! 私が追いつくまでその場で全員待たせておけ、絶対に外に出すな!」


 理不尽な要求を投げかけ、灰島は部屋を飛び出してパーティ会場へと戻ろうとする。

 とにかく、九色刃と使い手だ。

 その二つの確保が最優先だ。

 しかし。


「先生、無理です!」


 後を追って廊下に出てきたホテルマンが叫ぶ。

 無視して進もうとするが、パーティ会場へと通じる廊下には、白い防火扉が下りて行く手を塞いでいた。

 通常、この手の防火扉には閉じ込められるのを防ぐため、簡単に反対側へと抜けられる小扉がついている。

 しかし、その扉は灰島が開けようとしても、ビクともしなかった。


「どういうことだ!」

「申し訳ありません。防火扉の動作とロックは、管理室で制御されてるはずなのですが、なぜか管理室と連絡がつかない状況でして……」


 ホテルマンの言い訳に、灰島は怒って床を蹴る。

 ますますもって、敵の策略に嵌っている状況だ。


「先生、ここはいったん避難を」


 追ってきた三人のSPのリーダーである男性が、灰島に避難を促す。


「おい、西階段側の防火扉は大丈夫なんだろうな!」


 別のSPの問いかけに、ホテルマンは頷く。


「はい、ここの電子ロックがあるのはこの扉だけです。この廊下は主賓控室へと通じますので、暴漢対策でもありまして……」

「灰島先生、まずは避難を。既に駐車場にいるメンバーに、一般避難客の中にいる紅華さんを探すよう、連絡を入れています」


 ホテルマンの言葉を最後まで待たずに、SPは灰島に重ねて避難を求める。


「……わかった。なんとしても、女と杖を押さえろ」

「杖……ですか?」

「お前ごときが知る必要はない! いいから早く、CACCの女と女の手にしている杖を確保しろと伝えるんだ!!」


 事前に説明のなかった情報に戸惑うSPに向かって、灰島は乱暴に叫ぶ。


「わかりました」


 それでも職務に忠実なSPは文句も言わずに、すぐにインカムで連絡を取り始めた。


「では、ご案内します。こちらでございます」


 ホテルマンが、灰島と三人のSPの前に立って廊下を歩き出した。

 SPのリーダーと、怒りに頭が沸騰している灰島が続く。

 その後に、仲間に連絡を取りながら二人のSPが続いた。


「……フェイズ2をクリアしました。ハジメさん、まもなくそちらにセカンドターゲットが向かいます」

「なにか言ったか?」


 先導するホテルマンが小声でブツブツと何か呟き、聞き取れなかったSPのリーダーが問い正す。


「いえ、なんでもありません。こちらの階段です。お足下にお気を付け下さい」


 非常階段に通じる鉄製の扉を開けながら、ホテルマンに扮した御堂組実行部隊のトップ、御堂征二郎の懐刀・時沢は薄く笑った。



「……君。悪いけどもう一度、言ってくれないか? 一応私は、日本語は完璧に理解しているはずなんだけど」


 紅華は、目の前に立つホテルマンに扮していた少年が今、何を言ったのかまったく理解できなかった。


「そうねん。あたしも最初は武ちんが何を言い出したのか、まったく理解できなかったよん」


 横に立つツインテールのウェイトレスが、奇しくも紅華に同意する。


「お人よしも極まれりっていうか、平和ボケのゆとり教育極まれりっていうか……」

「翠姉。そんな言い方は止めて。武士がこういう人だったから、私は今、生きていられるんだから」


 紅華を睨み付けながら、もう一人のホテルマンに扮していた、長い黒髪の少女が、ウェイトレスの言葉を遮った。


「もー、葵ちゃんてば、武ちんにラブラブなんだから! あれか? 青春か? 君たちの青春ラブコメにあたしは何時でも脇役ですか?」

「ちょ……翠姉!」

「翠さん、からかわないでよ。葵さん困ってるじゃないか」


 目の前で交わされる、少年少女たちの言ってみれば年相応の軽口に、紅華は杖を構えながら、


「あのさ。君たち……何をしにきたの?」


 呆れたように声を上げる。

 杖を構えながら。


「男の子はともかくさ。ねえ、パーティの間ずっと、私を見てたお嬢ちゃん。いくら軽口叩いてこっちを揺さぶろうとしても、私は絶対に警戒を解かないよ。……私はいつでも君たちを焼き払える」


 後半の台詞の冷たい威圧感に、武士は思わず息を飲んだ。


「それで、殺気を隠せてるつもりかな? お嬢さんたち」


 紅華は冷たく笑い、逆に翠は表情から笑みを消して、舌打ちをする。


「時間もそんなにないだろうから、もう一度だけ聞くよ。……私を助けるっていうのは、何の冗談だ」

「冗談じゃない」


 紅華の問いかけに、武士は一歩前に進んで答える。


「武士」


 葵が迂闊に動く武士を制止しようとするが、その葵を僅かな動きで翠が止めた。


「僕は田中武士。この国のただの高校生です。だけど、いろいろあって、今は刃朗衆の人たちと一緒にいます」

「『いろいろあって』って」


 武士の未熟で率直な物言いに、紅華は蔑むように鼻で笑う。


「紅華さん。僕はあなたの話を、とある人から聞きました。あなたは元々は普通の日本人だった。小学生の頃、ご両親とCACCを旅行中にテロに巻き込まれて、両親を亡くしたって」


 紅華は表情から蔑みの笑みを消した。

 しかし、それ以上の感情は表情からは読み取れない。


「そのままあなたは日本に帰ることができずに、CACCのマフィアに育てられた。そして、十五歳の頃。更にあなたはCACCの秘密組織『麒麟』に攫われた。『朱焔杖』の人体実験の対象として」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ