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赤髪の皇子様

作者: 七海心春

 


「ヴィーズリン騎士団長、こちらにいらっしゃったんですね。統帥がお呼びです」

「え〜、俺今、すっごく忙しいんだけど……ふぁっ、あー、ねみぃ」


 ルディウスは自分を探しに来た部下のマルコをよそに、盛大に欠伸をする。

 初夏の新緑が霞むぐらい爛々とした癖のある赤い髪が揺れ、太陽にも負けない黄金の瞳に涙が浮かんだ。


「まったく忙しくなさそうですが」

「いや、忙しい。今日は昼寝するって決めていたんだぞ? なのになぜ休日出勤なんだ。本来なら部屋でゆっくり旅の疲れを癒せたっていうのに。……ったく」


 部下にこれ以上詰められないように、ルディウスはつらつらと理由を述べていく。

 さすがにマルコもルディウスが国境付近から貴人を連れて戻ってきたばかりだったことを思い出し、バツが悪そうに眉尻を下げた。


「統帥には一眠りしていくって言ってくれ」

「無理です」

「俺だって無理だ」


 ルディウスは「話は終わった」と言うように、マルコに背中を向けた。マルコは深々とため息を吐きながらやれやれと肩を竦める。


「そうですか、仕方ないですね〜。珍しく他国からの差し入れがあったんですが、ヴィーズリン団長はいらないってことですね。なるほどなるほど」

「俺がいついらないって言った?」

「だって、統帥室に行かれないんですよね?」

「いや、いく」

「早く行かないとすぐに無くなりますよ? なんでも香辛料をふんだんに使ってパンで包み込んだすごく美味しいものらしいです。オーディン王国からの使者がおっしゃっていました」

「それ、絶対統帥宛でなくて俺だろ」

「いいえ。第二騎士団への差し入れですので団長宛です」


 マルコが胸を張りながら、歩きだす。よっと身体を起こしたルディウスは渋々その後を歩き始めた。


 オーディン王国の使者とは、先日ルディウスが護衛についたオーディン王国の王女の使用人のことだ。王女は帝国の鉄道技術提供の対価の代わり、皇帝に嫁ぐことになった。女好きのジジイが考えそうなことだな…と嫌悪感を抱きながらも、与えられた職務はきちんと全うする責任感ぐらいはある。


「お、きたか」

「お、じゃないですよ。俺の差し入れはどこっすか?」


 第二騎士団の統帥であるランディ・パターソンが辺りを見回す。テーブルにはいつも統帥室で常備しているクッキー缶があるだけだ。マルコのいう香辛料たっぷりの肉や小麦の姿は見当たらない。


 たしかにそれらしき匂いは残っているが。


「さっき誰かが持っていったぞ?」

「誰だ、俺の差し入れ食ったやつは」

「はぁ、諦めろって。食ってなんかあったらそれこそ戦争だ」

「ぐぅ」


 ランディに肩を叩かれてルディウスは落ち込んだ。昼寝を邪魔された挙句、差し入れは食べられないときた。しょげるルディウスを見てランディは眉を下げる。


「で、お前を呼んだのは他でもない。また、お迎えにあがってほしい」

「また〜? 今度はどこっすか」


 ランディは溜息をつきながら、クッキー缶を開けてひとつ摘んだ。

 少ししっけたそれは、歯応えは悪くてもほんのりしたとバターの風味が広がり、口の中に優しい甘さが広がり始める。


「ペリドラン王国だ」

「ペリドラン〜?! って年明けじゃなかった? 王女がまだ成人していないって」

「姉の方を寄越すって言ってきたらしい。まだあの国だけだからな、なんにも始まっていないのは」


 グランフェルト帝国は、叡智武芸の神グラント・フェルドスを祀る国だ。

 その昔、戦争を繰り返し領土を広げてきた。よって、他国からは戦ばかりしている野蛮国と思われがちだが、技術革新にも力を入れている。


 たとえば、他国の爪弾きにされた技術者や研究者を受け入れて、新しい技術開発に力を注いだ。後進の育成やそれらに関わるノウハウも積み重ねられている。

 特に軍事力に応用したり、国力を上げるための研究者は予算も多く、そのおかげでどんどん国が豊になっていた。


 一方、ペリドラン王国は大地豊穣の神ペリドラン・ペトリフィスを祀る国だ。農業技術や作物の育成には長けているが、それ以外パッとするものがない。

 ルディウスもあまり詳しくは知らないが、かつての王が「国を戦場にしない」という盟約を神と果たしたことで、未だ武器を作らず軍事力も持っていないことから、他国から弱小国と舐められていることは知っていた。


 だからこそ、ペリドランの王は早く他国に追いつこうとしているのだろう。

 先日嫁いできたオーディンは独自の造船技術を持っている。そこに帝国の鉄道技術が加わると随分と貿易の幅が増えるだろう。北のガルダナやネプテリアとの国交も開かれて、帝国を軸としてどんどん人の流入が増えているようだ。



「待ち合わせは1ヶ月後。場所はペリドラン王国との国境付近。南西門の方だ」

「またそっちか。あー、わかった。1ヶ月だから一週間前に出ればいいな。よし、最新の魔導馬車借りますよ」

「今整備に出しているから、戻ってきたら確認してくれ」

「へいへい。ってことで、もういいかい?」

「いいけどさ。屋敷には顔を出さないのかい?」

「また今度な。突然行ったら親父殿もびっくりするだろ」


 ルディウスはよっと腰を上げると手をひらひらさせて「じゃあな」と部屋を出ていった。その横顔や笑い方は若い頃の現皇帝によく似ている。


 ランディは疲れていると言う割に軽やかで顔色のいい彼を見送りながら溜息を吐いた。


「マルコ、ありがとう。おかげで手間が省けた」

「いえ。では私も職務に戻ります」

「おう」



 赤い髪は神に愛された証である。

 それはグランフェルト帝国に伝わる古い言い伝えだった。

 かつて神は、国を興し、多くの民を救った赤髪の青年を気に入り守護を与えた。

 それが今の帝国の始まりである。


 しかし、その言い伝えは薄れつつあった。

 と言うのも、かつて赤い髪を恐れた皇帝が、〝赤い髪は不吉の証〟といい、なんの罪もない赤い髪を持つ民たちを殺戮した歴史がある。

 その皇帝は赤い髪を持つ青年に殺された。手の中に揉み合った際に掴んだと思われる赤い髪が握りしめられていたらしい。犯人を探したが、その青年は見つからず、〝赤髪の呪い〟と国中が恐れた。


 だからこそ、ルディウスが生まれた時、帝都は大きく揺れた。

 赤い髪を〝神に愛された証〟と捉える者と〝呪われた証〟と捉える者に二分した。

 今の皇族は赤褐色の髪を持つ者が多い。現皇帝も赤味の強い茶色の髪である。

 しかし、ルディウスは目も眩むような赤だ。血の色そのものである。


「ーーあいつの未来がいいものであれば、わしはなんでもいいが」


 皇帝が戯れに手を出した下級貴族の女性との間に生まれたのがルディウスだ。

 彼は母親が亡くなるまで、城の片隅でひっそりと暮らしており、母親が死んだあとは、皇城に一室を与えられていたが、誰もルディウスをいない者として扱った。

 やがてその子どもを持て余した皇帝がルディウスを養子に出す。

 彼は未だ父に〝赤髪のせいで捨てられた〟と思っており、心の奥底で深く傷ついていた。


 本当は誰よりも国に対する強い愛情を持ち、この国を豊にしたいという思いが強いのに、ルディウスが表に出れば出るほど国が荒れてしまう。


 ルディウスを担ぎ上げようとする派閥はたしかにまだある。そして、彼はまた己の存在を家族に否定されることを恐れているのも事実だ。だからこそきっと矢面には立たない。


 国境騎士団という騎士団の中で一番過酷な第二騎士団に入団したのも、帝都から離れていようと国を守るためだ。こんなむさ苦しい男所帯の中に、華やかな男の存在は別の意味で目立つ。


 よくもまあ、襲われないものだなとランディですら感心するぐらいだ。

 もちろん、ルディウスはあぁ見えて、国一番の魔導剣士。麗しい顔で、厳つい剣に己の魔法を纏わせて、魔物も人も薙ぎ倒す。



「ぅわー、獣道じゃん。こんなところから来んのかよ」

「どうする? 豚みたいにこーんなふくよかな王女だったら」

「ある意味皇帝に食べられる、で正解じゃね?」


 ルディウスは、部下たちの戯言にひと睨みして深々と息を吐き出した。

 彼らは姦しい口はぴたりと閉じてバツが悪そうに顔を背ける。


 今ここには、ルディウスたち総勢三十名ほどしかいないが、どこで誰が聞いているかわからない。故に、王女の悪口、ひいては国を侮辱するような発言は、下手をすれば戦争にすらなりうるほど。


 退屈凌ぎのため、なにか面白い話題を探していたバカたちの気持ちは分からんでもない。山ばかりで、かといって魔物が多いわけでもない。この辺りは本当に長閑で同じ国とは思えないほど静かだった。


「ヴィーズリン団長、五キロ先にペリドラン王国の王女が乗った馬車だと思われる

 一団がやって参ります」

「わかった。魔導馬車の点検、また荷物の移動に備えて、それぞれ持ち場についてくれ」

「「「「はっ」」」


 ルディウスに報告したのは、同じ騎士団に所属する女性騎士のカエラだ。

 彼女はニヤニヤしながら、ルディウスに肘打ちする。


「ペリドラン王国の王女は美人なんでしょ? あんた会ったことあるんじゃないの」

「知らねー」

「〝神に愛された証〟を持ってるんだって。ホンモノを見せてもらいなさいよ」

「だから知らねぇって」


 ペリドラン王国に王女は二人いる。

 しかし、ルディウスが見かけたのは妹の方だ。

 昨年、王の生誕55周年記念を祝うパーティーを開いた。当然他国からも参加があり、ペリドラン王国からは、王と王妃、そして第二王女殿下が参加した。

 第二王女はその際、皇帝に目をつけられたんだろう。


 カエラの揶揄いを適当にやり過ごしていると、やがて馬車が近づいてきた。

 たぶん十分華美な馬車だろうが、重たそうな馬車を引く馬は年を重ね過ぎており、なにより遅い。よくもまぁ、これで山を超えてきたなぁと馬に同情する。


「私は、ヴィーズリン公爵家次男、ルディウス・ヴィーズリンだ。グランフェルト帝国、第二騎士団の団長を拝命している」


 ルディウスは、相手を威嚇させないよう落ち着いた声で話しかけた。

 胸元にある魔道具のため、声はよく通る。先方はまだ距離があるにも関わらず、声が届いたことに驚いているようだった。


 やがて、馬車から護衛騎士らしき人物がひとり飛び降りて、こちらまで駆け出してきた。彼は第一王女を乗せた馬車であることを認める。


「わかった。それではお待ちしている。荷物等はこちらで手分けして乗せるので、手伝わせて欲しい。我々は高貴な方を安全にお送りすることに慣れているので安心して欲しい」


 少なくとも、王国の馬車より魔導馬車の方が乗り心地はいいだろう。

 スピードも出るし、揺れも少ない。それに通常の馬車なら、二週間かかる時間を魔導馬車なら五日程度に短縮できる。


「そ、そうですか。では、まもなく王女殿下がいらっしゃいますので何卒」


 素朴な顔立ちをした彼は、こちらの言葉に疑う素振りもなく馬車に戻って行った。もう少し怪しむ視線や探るような視線を向けられるかと思えば、まったくそんな気配もない。


「いいひとですね」

「そうだな」

「王女様も単純で扱いやすい人ならいいんですが」

「カエラ」

「今のなしで」


 オーディンの王女はルディウスを気に入り、同じ馬車に乗せられて一日中おしゃべりに付き合わされた。職務だからと途中で何度か逃げ出して、カエラに交代してもらったが、目がルディウスしか見ていなかったように思う。


 他の国、例えばグランフェルト帝国の北にあるガルダナ王国の王女は、まず馬車の乗り換えを拒否し、続いて道中の宿で何度か引きこもって出てこなかったことがあったらしい。彼女は後宮に入った後も部屋に閉じ籠り、皇帝を拒絶してるのだそう。


 そんな話をしているうちに、馬車は目の前までやってきた。

 国境を跨がないように注意しながら、馬車が止まる。許可証は一名分しか発行していない。当然、パトリシア王女殿下のものだった。


「よろしければ、私がお迎えしてもよろしいでしょうか」

「あ、はい!」

「馬車はどちらに?」

「あ、三番目の馬車です」

「承知しました。あとは荷物でしょうか?」

「はい」

「お前たち、聞いていたか? 荷物を頼む」

「はっ!!」


 魔導馬車は、軽量化魔法がかかっているので、どれだけ荷物を乗せても馬に負担がない。おまけに馬車を引く馬は馬の魔物だ。彼らは生まれた時から人と生活をしているので、人間を襲ったりしない。また、身体強化魔法が備わっているので、王国の馬車より安全性は担保されていた。


「王女殿下、失礼致します。ーーグランフェルト帝国よりお迎えに上がりました。扉を開けてもよろしいでしょうか」

「……えぇ、どうぞ」


 ルディウスの掛け声に、少し躊躇いつつ返事が返ってくる。その声は、凛としており、どこか緊張した様子を滲ませていた。


 ルディウスは、壊さないように気をつけながら、重い扉を開く。


「どうぞ、お手を。足元にお気をつけください」


 高位の方の顔は凝視してはいけない。


 ルディウスがたとえ皇族の生まれであっても、今は公爵家の次男だ。

 そして、一介の騎士には王女殿下と顔を合わせることなど滅多にないだろう。

 しかし、驚異的な気配を感じて緊張感が走った。


(……なんだ、これは)


 なぜか武者震いする。言いようのない畏怖を感じて、思わず顔を上げた。

 太陽よりも眩しい、黄金色の髪が風に吹かれ、エメラルドより優しい翠の瞳と視線がぶつかる。


 彼女はルディウスを見て小さく息を呑み、ルディウスもまた、その瞳に吸い込まれそうになりながら、見つめ合った。


(……これが、神に愛された王女?)


 彼女の瞳には、見たことのない紋様が刻まれていた。仕事柄色んな人間に会うが、瞳に不思議な紋様を刻んでいるのは彼女だけだ。


 そしてこの紋様がなんとなくルディウスを試そうとしている。


(なんだこれは……)


 ルディウスは冷や汗を掻きながら、得体の知れない圧力に耐える。

 ややして、ふっと緩んだ途端ホッと肩から力が抜けた。


「え、えぇ。ありがとうございます」

「お礼は不要です」


 しかし、差し出した手に触れそうで触れないまま、彼女は動かない。不思議に思い顔を上げると、彼女は白百合が咲くように笑った。


「あなたの髪、苺みたいね。馬車はどちらかしら」

「……はっ。えっと、こちらです」


(苺? 苺だと……?)


 ようやく触れた冷たい指先にハッとして、ルディウスはその手を取る。太陽の下で美しく輝く髪を靡かせながら、王女は魔道馬車に乗り込んだ。


 ルディウスは、この髪が大嫌いだった。

 赤い髪を恨むあまり、十歳の頃、髪をすべて剃り落としたことがあるぐらいだ。

 赤髪はいつだって争いの元で、自分が望む望まないにも関わらず、面倒ごとが向こうからやってくる。


(俺は、〝呪われた第三皇子〟だっていうのに)


 ルディウスは、不思議そうに馬車に乗り込む王女を見ながら嘆息する。

 〝呪い〟だとか〝不吉だ〟と言われたことは多々あるが、〝苺〟と言われたことは初めてだった。その衝撃はとても大きい。


「まぁ、乗り心地がいいのね」

「我が国最新の魔導馬車です。旅の安全性と快適さは保証いたします」

「そう、ありがとう」


 王女はそう微笑んで、スッと窓の向こうに顔を向けた。

 ルディウスはもう一度あの瞳を覗いてみたい衝動を抑えながら、一礼して扉を閉める。


(不思議な人だ)


 お礼はいらないと言ったのに、律儀にお礼を言う。人の髪を見て「苺」だと宣った。


「なにを笑っているの?」

「い、いや。なにも」


 カエラに言われてルディウスは慌てて否定する。

 それでも不思議と嫌な気分ではなかった。


「それでは出発します」


 苺はどれだけ食べても腹が膨れない。だから特段好きではないが、この髪が苺だと言った王女には少しだけいい印象を持った。



近々、ヒロイン:パトリシア、ヒーロー:ルディウスで作品を公開します。

タイトル等はまだ仮の段階なのでお伝えできませんが、楽しんでいただけるように頑張りますので読んでいただけると嬉しいです。

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